34.黒衣

 魔王と俺達の間には荒野以外何も無い。

 神剣を構え、倒すべき敵に狙いを定める。

 黒い衣の魔王イニティウムはディルクラムと同じくらいの大きさだ。巨大だが、ドラゴンほどじゃない。

 その内から放たれる気配と不気味さは目の前にするとよくわかる。

 得体が知れない異世界からの侵略者。

 だからといって、戦いをやめるわけにはいかない。


「そうだ。プラエ、これが終わったら。俺とソルヤの結婚式で、友人代表のスピーチを頼んでもいいか?」


 少し前から考えていたことを言っておく。これは大切なことだ。

 操縦席のプラエは少し背中を揺らし、こちらを見ないで答えを返した。


「それは……責任重大ですが、光栄ですね。わたしで良ければ、喜んで務めさせて頂きます」


 多分、彼女は笑っていたと思う。見えないけれど。


「全開でいくぞ……」

「了解。いつでもいけます」


 ディルクラムの全身から魔力が溢れる。先ほどの一撃と同じくらいの力があっという間に引き出される。

 生まれ変わったディルクラムにとって、これはそれほど難しいものじゃない。

 さっきは広範囲に放った攻撃を、神剣リ・ヴェルタスに集約して、一撃入れてやる。


『どうした? ここに来て息切れというわけでもあるまい』


 俺達に向かって、楽しそうに、面白い玩具を目の前にしているとでも言った風に魔王が言った。

 わざわざ挑発をするとは驚きだ。


「驚きました。挑発です……」

「俺もだ。どう思う?」

「準備は万端ですから、行くべきかと」

「俺もそう思う!」


 俺の答えと同時、ディルクラムが飛翔する。背中の魔法陣が青白い魔力を散らす。魔王との距離が一瞬で縮まる。今の俺達にとって、目に見える距離なんてあってないようなものだ。

 

「だああぁ!!」


 正面からの縦一閃。神剣が魔王目掛けて振り下ろされる。


『ほう……なかなか』


 山を切り裂き、新たな大地を作り上げるほどの威力を秘めた神剣は、魔王が両手から生み出した黒い刃によって受け止められていた。

 このくらいは想定内だ。


「プラエ。いくぞ!」

「はい!」


 魔力が溢れる。神剣と同時、ディルクラムの全身が輝く。


「おおおおおぉぉぉ!」


 背中だけで無く周囲に魔法が展開される。それは主に防御と補助のためのものだ。空中に魔力の盾を配置して、魔王目掛けて連続で斬りかかる。

 その速度は早く。神剣に込める破壊力はひたすら強く。

 地上と空中、あらゆる場所に位置を変えながら。

 一撃、二撃、数十撃、数百撃と連続で、神剣が光の軌跡を残して魔王目掛けて連続で放たれる。


 魔王は黒い刃でそれを全て受ける。反撃が混じることもあるが、それはプラエが操作した盾で阻まれる。


 押している。前とは違う。分け身に一方的にやられた時とは違う。

 

『む……ぬ……』


 何千という打ち合いの後。

 神剣に込められた魔力を解放すると同時、ディルクラムの光り輝く神剣が、魔王の黒い刃を砕いた。

 

「今です!」


 プラエの声に、俺は行動で答えた。

 武器を失った魔王目掛けて、神剣が突き込まれる。

 青白い魔力の輝きを放ちながら、黒い衣に神剣が刺さっていく。

 魔力同士が反応しているのか、辺りに激しく光が散った。


「ぐ……このままぁ!」


 神剣から魔力を注ぎ込んで、そのまま始末する。

 俺の意志を汲んだプラエが、水晶球を操作しようとした時。

 手応えが、消えた。


「……逃げられた?」


 返事はすぐにあった。目の前、ほんの少し距離をとった場所に、魔王がいた。

 転移魔法みたいなことをしたのか……。


『これは……驚きだな。この構成体では対抗しきれん』


 身体の中心に大穴を空けて、内側から神剣の魔力を漏らしながら、心底驚いたという様子で、魔王イニティウムはそう言った。


『いいだろう。私の予想を超えた褒美に。本気で相手をするとしよう……』


 直後、魔王の全身を覆う、黒い衣が解き放たれた。


○○○

 

 まるで世界の終わりが来たかのような光景だった。

 魔王イニティウムがその身に纏う衣を解き放つやいなや、周囲全ての空間が真っ黒になった。


「プラエ、どうなってるかわかるか!?」

「この周辺全体に、魔力による干渉を確認……これは」


 ディルクラムにも俺達にも異常は無い。

 大地に立ったまま、ただ、辺り一面が暗黒に包まれた。

 魔力の輝きすら吸い込んでいく、光の存在を許さない黒。

 それが、見えるものすべてだ。


「魔物の反応が……おかしい? いえ、魔王に還っている?」

「還って? ……確かに魔王は全ての魔物を生み出したものだが」


 プラエが観測している画面を俺にも見えるように映し出してくれた。

 周辺及び、ディルクラムの観測範囲の魔物の状態、そして魔王のいた場所の状態が表示されている。


 それによると、周辺から魔物が消え去り。急速に魔王の魔力が高まっている。


「魔物を吸収している……のか」

「そうとしか言えません。この反応ですと、観測範囲外からも、かなりの魔力を集めています」


 恐らく、魔物はこの世界を覆うくらい増えている。魔王はそれを力の源にしようとしている。


「もしかしたら、これが魔王の目的で本来の姿なのかもしれない……」

「……あり得る話です」


 魔王は異世界からの侵略者だ。

 この世界に降り立ち、世界を魔物で満たした。

 最終的に世界全部を飲み込んだら、魔物を莫大な魔力へと変換し、次の侵略へ旅立つというのはありそうな話だ。


「神剣の攻撃で、消し飛ばせるか?」

「わかりません。とにかく数値が不規則で……」


 俺達が対策を打ちかねている最中、声が聞こえた。


『ほう。思ったよりも落ちついているか……』


 直後のことだ。

 黒い闇が晴れ。黒一色の甲冑姿になった魔王がそこにいた。

 ディルクラムの鎧姿とは似ているようで決定的に違う。どこか生物的な外見を持った、禍々しい鎧姿の巨人。その背中にからは一対の黒く輝く翼が天高く伸びている。

 魔力の流れだ。魔王イニティウムは、今この時も、世界を覆う魔物から魔力を得ている。

  

『ふむ。これくらいならば、お前達を潰すことができそうだ。喜ぶが良い。お前達も、この世界も。この手で自ら砕いてやろう』


 厳かに、傲慢に、自信たっぷりに、その内側に暗い嗤いを含ませて。魔王イニティウムはそう言い放った。

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