33.決戦
復活したディルクラムが空を行く速度は速い。
要塞の向こう、『裁きの刃』で殲滅されて、魔物のいなくなった平原を一気に飛び越え、『神剣の大地』をあっという間に置き去りにした。
ドラゴンとは比較にならない速度は、すぐに『裁きの刃』の射程圏外に到達した。
「……これは」
「魔王軍の本隊です」
雲よりも高い上空から見下ろす大地。
そこは漆黒に染まっていた。俺達が殲滅した魔物軍勢なんてどうでもいいような大軍。大地を埋め尽くす悪夢の軍団がそこにあった。
「恐らく。魔王はここに戦力を集めていたのでしょう。最初からいたならば、『神剣の大地』にぶつけていたはずです」
「いきなりこれが来たら、俺達の世界なんてすぐに飲み込まれてたな……」
魔王も思ったように戦力を整えることができていなかったのは幸いだ。
それにしても……。
「あれが、海か……」
黒い大地の向こうに、太陽の光を反射する、青々とした大量の水が見えた。
『神剣の大地』にあった湖なんて比較にならない。魔物にすら侵しきれない青。
かつて、『海を見た者』は一月という時間をかけて海に到達した。
しかし、魔物のいない空を行くディルクラムなら一瞬だった。きっと、魔物のいない世界でも早くつくに違いない。
「わたしも見たのは久しぶりです。この世界は本来、とても美しいのですよ」
一瞬だけ、俺とプラエは海に見とれてしまった。俺達がこれから突撃をかける死地が目の前にあるというのに。
当然、穏やかな時間なんて長く続かない。
「こちらに接近する反応があります。アーク・ドラゴンの群れです」
「……すまない。観光してる場合じゃなかったな」
見れば、画面上にこちらに向かって上昇してくるアーク・ドラゴンの群れが表示されていた。その数は数十。いや、これからもっと増えるだろう。
「魔王の反応は?」
「もう少し向こうのようです。現在探索中」
「わかった。まずは、あれを片づける」
「了解。グラン・マグス接続。いつでもいけます」
ディルクラムの全身に魔力が漲る。背中の魔法陣が発光する。
俺達の邪魔はさせない。
「まずは、なぎ払う!」
俺が両手の水晶球に込めた意志に、ディルクラムが応える。
両手の籠手に填められた巨大な宝玉が輝く。内部で魔法陣が展開し、俺の得意な魔法が発動する。
「いけぇぇ!」
ディルクラムの両手から強大な魔力によって生み出された、巨大な竜巻が生み出された。
竜巻はどんどん幅を広げていき、百ミルを越える巨大な魔力の渦となる。
轟音を上げる巨大な渦はアーク・ドラゴンの群れを一瞬で飲み込み、そのまま地面に激突。
大地に蠢く魔物の軍勢を丸ごと攪拌する。
「安定しています。竜巻内のアーク・ドラゴンの反応。残り七、四、三、一……」
プラエがゼロと言う前に、竜巻の魔法は展開を終えた。
静かになった空間にバラバラになった魔物とアーク・ドラゴンの死骸がばらまかれる。
地上の魔王軍も一画が削り取られていた。
「強くなったな……」
「はい。このくらいでなければいけません」
俺が選んだのは今のディルクラムにとって、それほど強力な魔法じゃない。
それで、群れなすアーク・ドラゴンを一掃だ。桁違いに強大な力、怖れを抱かないと言えば嘘じゃない。
だが、これは必要な力だ。
「プラエ、次はどうする?」
「少々お待ちを。索敵範囲を広げています。恐らく、そう遠くない位置に……」
水晶球を操作するプラエ。彼女が魔王の発見を告げるよりも先に、次の敵が見えた。
巨大で、黒い、鈍重そうなドラゴンだ。全長六十ミルくらいだろうか。ディルクラムよりも大分大きい。
それが三匹、こちらに向かって飛んできている。
「ドラゴン・ロードと呼ばれる種です。魔王軍の切り札ですね。移動中に分析しましたが、要塞にも一体が攻撃をしかけていたようです」
「あんなのを相手にしたのか……」
もっと早く帰ってきたかった。……いや、やめよう。
俺が皆の分まで戦って、ここで結着をつける。
「探索範囲を更新。ドラゴン・ロードの向こうへお願いします」
「わかった」
こちらに向かってくるロード目掛けて、ディルクラムを前進させる。
互いの距離はすぐに縮まる。眼下の光景は地を埋め尽くす黒。
魔王軍の上空だ。ここで地上に降りれば、雲霞のごとく押し寄せてくる魔物と戦うことになるだろう。
「ドラゴン・ロード接近。アークとは比べものになりません。先ほどの竜巻では撃破は困難です」
「じゃあ、これならどうだ!」
ディルクラムの背後が輝き、周囲に数十の魔法陣が展開される。
「グラン・マグス接続。……目標捕捉」
「よし、撃て!」
魔法陣から長大な光の槍が打ち出される。
ただの槍じゃない。当たった瞬間に魔力が発射され、アーク・ドラゴン相手なら、そのまま背後まで貫く攻撃魔法だ。
光の槍は狙い違わず三体のドラゴン・ロードに直撃。
目映い爆発がいくつも画面内に輝く。
「……目標健在。打撃は与えましたが、致命的ではありません」
「化け物だな……」
操縦席から見えるドラゴン・ロードは大した傷を負っているように見えなかった。
むしろ、怒りを増してこちらに突っ込んでくる。
こんなところで時間を費やすわけにはいかない。
「……武器を使おう」
「賛成です。とっとと片づけてしまいましょう」
相棒の了承の言葉と同時、ディルクラムの両手が天に向かって掲げられた。
まるで、何もない空間から剣を引き抜くかのような動きに、両手の宝玉が呼応して輝く。
青白い光が腕に沿って満ち溢れ、徐々に形状を顕わにしていく。
「ドラゴン・ロード。接近」
プラエの淡々とした声が聞こえた。
真っ先に突っ込んできた一匹が、こちら目掛けて牙を剥く。
だが遅い。
「……行くぞ」
ディルクラムの両手に握られるのは、白銀の刀身を持つ両手剣。
かつてと同じく優美な意匠の柄と中心に輝く宝玉。
しかし、その全てが強く、大きく、輝く。
宝玉からは青い魔力が迸り、白銀の刀身からはその魔力が散る。
神剣リ・ヴェルタス。
ディルクラムと共にあり、『神剣の大地』を守護した剣もまた、蘇った。
「神剣よ! その力を示せ!」
剣が完成したのと、ドラゴン・ロードが目の前に来たのはほぼ同時だった。
眼前にはこちらの三倍はある体躯のドラゴン。
そこ目掛けて、再びこの手に帰ってきたその武器を縦一文字に振り抜く。
刃から放たれる青白い光条は、違わず真正面からドラゴン・ロードを切り裂いた。
「…………ッッッ!」
悲鳴すらあげることができずに、最強のドラゴンは真っ二つになった。
「残り二体。片づける!」
「はい。そのまま前進を。探知を続けます!」
接近するドラゴン・ロードは二体。巨大だが、動きが遅い。
縦横無尽に空を駆けるディルクラムの敵じゃない。
正面から来た一匹を軽く躱し、すれ違いざまに首を両断。
「ひとつ!」
そのまま空中で加速。こちらに食らいつこうとしていたもう一匹を回避。空中でとって返し、背中から神剣の突きを叩き込む。
「ふたつ!」
背中を貫くと同時、神剣から強力な魔力の一撃がドラゴン・ロードの体内を流れ込む。
内側から破壊されたロードはそのまま地面に向かって落下。
「撃破を確認しました。レイマ、進路を北に。恐らく、そちらです」
「わかった!」
戦果を確認することなく、俺達は北へ向かう。
そして、次の妨害が来る前に、プラエは魔王の居場所を探知した。
「いました。ここから北方。そこが魔王軍の中枢です。そこに魔王イニティウムの反応があります」
「邪魔が入ると面倒だな」
プラエの言った場所は確かに魔王軍の中枢らしかった。これまで以上に強力な魔物が蠢いている。
魔王と戦う上で、厄介な存在だ。
「道を拓きましょう。神剣の一撃で」
プラエが両手を動かす。水晶球がそれに答えて輝く。
瞬間、神剣リ・ヴェルタスがこれまでにない青い輝きを放った。
ディルクラムも同様だ。とんでもない魔力が溢れ出している。
「これは、かつて『神剣の大地』を生み出した時の再現です。これを挨拶代わりに食らわせてやりましょう」
「神話の一撃か……」
まさか、そんな再現を自分ですることになるとは思わなかった。
眼前に神剣を構えるディルクラム。生み出された莫大な魔力は全て神剣の中で次の一撃を待ち構えていた。
高度を落とす。
眼前には地を埋め尽くす魔物の軍勢。その向こうには魔王がいる。
「さあ、行くぞディルクラム! これが最後の戦いの合図だ!」
上段から、神剣が振り下ろされる。
同時、解放された魔力が、青い閃光となり、辺り一帯を埋め尽くす。
この攻撃は、任意の相手を破壊する。
伝説では大地を生み出した一撃だが、今回は眼前の魔物だけを、全てなぎ払った。
一瞬で、道は拓かれた。
冗談のようにすっきりした地面は、魔物の進軍の影響で、荒野と化していた。
そして、画面上に小さな黒い影が一つだけ映し出される。
拡大するまでも無く、その存在が何かはわかる。
神剣の一撃を受けて、無事なものなど、一つしか無い。
「これで終わりにするぞ。魔王イニティウム……」
「今度こそ……。この世界から消えてもらいます」
ただ一人で、荒野に佇む魔王に向かって、ディルクラムは飛翔する。
○○○
魔王イニティウムは心の底から苛ついていた。
この世界の全てが気に入らなかった。
小さな世界だ。神も一柱しかおらず、生きる生命も大して強い力を持たされていない。
そのはずだった。
全てが誤算だった。
ゼファーラとかいう小神によって生み出された生命は、驚くほど団結し、反撃をしてきた。
そして、気に入らないことに、神も全力で、自らの子に力を注いだ。
それは、あのディルクラムとかいう鋼の巨人だけではない。
この世界では、魔王はアンデッドを生み出せない。現地の生命体を再利用するアンデッドは、手っ取り早く戦力を拡充できる上、相手に恐怖を植え付けることが出来るというのに。
しかし、何をどうやっても、今この時も、アンデッドは生み出せない。
あの神が、力を殆ど失いつつある死に損ないの神が、残る全てを捧げて、この大地を守っているからだ。
自らの子を命に代えても守り抜くという、決死の覚悟。それを象徴するかのようで気に入らない。
おかげで目覚めてから戦力を集めるのに時間がかかり。あの巨人が復活する時間を稼がせてしまった。
「……まあいい」
自身の中の怒りを、魔王イニティウムは一言で押さえ込む。
そう、この世界は気に入らない。だが、それはそれだ。
だからこそ、これから全てを破壊しつくせば、とてもすっきりするだろう。
ちょうどいい事に、今、魔王の目の前には復活した白銀の巨人がいる。
あれを倒せばこの世界の生き残りは絶望するだろう。
そこをじっくりと頂くのはさぞ甘美な時間に違いない。
「……面白い。潰してやるぞ。小さき神の使徒」
地獄の底から響いてくるような声を漏らし、魔王は迫り来る白銀の巨人を迎え撃つ。
この世界における、最後の戦いが始まった瞬間だった。
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