32.白銀
そこからは、組織だった戦いは最早不可能だった。
ゴーレムを倒すことができても、魔王軍が要塞に押し寄せるのは止まらない。
地上に降りたドワーフ戦士長は生き残った者をその場でかき集め、防衛用に残したドワーフ戦士団と共に最後の壁となった。
ばらばらになった騎士団は戦場のそこかしこで小さな集団となり、突撃を繰り返す。
老兵混じりの軍勢は最後の瞬間までその場に踏みとどまり、魔物と刃を交わす。
剣も槍も魔法も弓も、全てが尽きかけた頃。
新たなドラゴンの群れの飛来によって、要塞の守りは崩壊した。
ついに門が破られ、そこから魔物の軍勢が『始まりの街』へと進軍を開始する。
要塞内も魔物がなだれ込み、そこかしこで局地的な戦いが繰り広げられる。
最早、戦いとも呼べない蹂躙が始まり。勢いを得た魔王軍はそのまま『始まりの街』へなだれ込んでいく。
要塞と『始まりの街』までの距離はそう遠くない。ゆっくり歩いて半日かからないくらいだ。
勢いのまま突き進む魔物達は、紅い目を輝かせ、殺意と暴力の渦となって、人類世界の入り口へ接近した。
勿論、『始まりの街』からも攻撃は始まった。この瞬間まで練り上げられた儀式魔法。防衛のために出撃する軍勢。
そのどれもが、力が弱い。これは、戦力の殆どが要塞に集中していたからに他ならない。
だが、戦う人々の心に絶望はなかった。
それは、空が白み始めているから。
七日目の夜を越えようとしているから。
目の前で蠢く理不尽を砕く力がもうすぐやってくるからと、信じられるからだ。
朝日が昇る少し前。
青白い光が、『始まりの街』から空へ向かって立ち上った。
その光が現れた時。騎士団長は最前線のただ中にいた。
彼の目の前にいるのは三ミル近い体躯を持つ、オーガ・ロードだ。ここぞという場所に突撃した際に出会えた、魔物達の中でも強力な個体である。これを倒し、魔物の軍勢に混乱をもたらす。それが目的の戦いだ。
しかし、騎士団長に騎馬はなく、その腹にはオーガ・ロードから突き込まれた槍が刺さっていた。
致命傷だ。周りには最後まで付き従ってくれた騎士が数名。最早これまでという状態だった。
そんな時に、突然、背後に暖かいものを感じた。
目の前のオーガ・ロードから目を離すことはできないが、何が起きたかはよくわかった。
何故ならば、その場の魔物すべてが怯えと共に動きを止めていたからだ。
背後、『始まりの街』のある方向からもたらされる暖かい光。
朝日よりも明るく、それでいて眩しくない不思議な輝きの正体。
待ち望んでいたいた時が、ついに来た。
生命の炎が消えかけた騎士団長の全身に力が漲った。
「おぉおおおおぉおおお!」
身体の一部のように手放さなかった右手の魔剣が、振り抜かれる。
狙い違わず、遙か彼方を見て、呆けていたオーガ・ロードの首が地面に落ちた。
それでようやく騎士団長の存在を思い出した魔物達が浮き足立つ。
そこに目掛けて、戦場全てに響けとばかりに叫ぶ。
「我らの勝利だ! 貴様らの恐怖そのものがこれから来るぞ!」
魔物達が武器を構え、殺到する。
騎士団長と残る騎士は剣を構え、それを正面から迎え撃った。
薄れゆく意識の中、エルフの長老はそれを感じ取った。
正直、自分がここまで頑張れたことに驚いていた。
ドラゴン・ロードを討ち果たすだけでも十分なのに、その後も身体を動かすことができた。
エルフの呪いを解き、再び身体を変じての戦い。
まるで英雄譚の登場人物のような活躍ぶりだ。自分には過分すぎる。
……良かった。役目を果たせたようですね。
安堵と共に。そう思う。
身体を樹木へと変え、少しでも魔物を押しとどめようと必死に意識を保っていたが、それももう必要ない。
かつて、見送るしかなかった友人が帰ってきてくれた。
その手伝いが出来ただけで十分すぎた。未熟で弱く、勇気もなかった過去の自分に誇りたい気分だった。
……プラエ。貴方にもう一度会えて、本当に嬉しかった。どうか、無事に……。
声を発することのできないその身で。友の身を案じながら、エルフの長老の意識はゆっくりと薄れていった。
ドワーフ戦士長は、要塞の片隅で戦っていた。
編成した部隊の大半はやられてしまい、要塞内も魔物にほぼ制圧されつつあった。
皮肉なことに、撤退を繰り返すうちに、戦士長は要塞内に戻り、防衛戦をすることになった。もう戻らないと決めていたというのに。
司令部近くの会議室を最後の砦として、仲間達と立てこもっている時に、戦場の変化に気づいた。
「戦士長! 光です! 『始まりの街』から光が!」
部屋から直通の見張り台に出ていた者の叫びが聞こえた。
生き残りの者達の間に、歓喜や安堵といった表情が浮かぶ。
「……お前さん。光で伝言を飛ばせるかの?」
「か、簡単なものなら」
「よし。ではの、頼みたいことがあるんじゃが」
勝利の高揚もなく。ドワーフ戦士長は、ただ一つの言葉を紡ぎ出す。
○○○
目が覚めたら。操縦席は青白い光で満たされていた。
「……これは。終わったのか?」
俺は意識を失う前と同様に、前の席に座る半精霊に言葉をかける。
「はい。レイマが眠ってから七日が経過しています。ディルクラムの再構築は完了しました」
「そうか……。確かに少し変わったみたいだな」
再構築というのは正しい表現らしい。操縦席のそこかしこが変わっていた。
外を見るための画面が広く。俺とプラエの席がまるで空に浮かんでいるような造りに変わっている。
そして、
「なんか? 服も変わってないか? 俺」
乗り込んだ時は灰色だった法衣が、白に変わっていた。細部も異なっている。
「ディルクラムを乗りこなすために再構成しました。それと……できるだけ気をつかったのですが、目が……」
「目? 見えてるぞ」
「瞳の色が青くなっています。それ以外は元のレイマのままです」
「そうか。その程度なら、問題ないな」
青はゼファーラ神の色で、神聖なものとされている。
ディルクラムと一緒に身体を作り替えられるんだから、見た目が全く変わるくらい覚悟していた。瞳の色くらい何の問題もない。
そんなことより、大事なことがある。
「外の状況は? 皆はどうなった?」
「わかりません。私も目覚めたばかりです。全ては、この光を解除しなければ……」
ならば。やることは一つだ。きっと、皆が待っている。
「やるぞ。プラエ」
「はい。勿論です。グラン・マグス接続」
俺の意志を受け、プラエが操縦席の巨大な水晶球に手を触れる。
プラエの瞳が青く輝き、呼応するように操縦席の画面に無数の魔法陣が現れては消える。
「ディルクラム……起動」
そして、目覚めの言葉が画面上に現れる。
その言葉は、初めて乗った時と、ほんの少しだけ変わっていた。
『人の祈りと共に来たる 我らは世界を守護する者なり』
操縦席から光が消え、外の世界の光景が現れる。
ディルクラムは空を飛んでいた。
再構築によってディルクラムは大きく外見を変えていた。
無骨な鎧姿から、流麗な白銀の騎士へ。
その背に光り輝く魔法陣は翼のように空を行くためだけでなく、強力な魔法を発動させるためのもの。
変わらない漆黒の瞳が、七日間の戦場を静かに見据える。
最初に目に入ったのは、大量の魔物だ。そして、それよりも少ない沢山の人々の姿。
そこかしこに見える破壊の爪痕と、彼方には半壊した要塞が見える。
「…………」
「…………」
七日間。それをどのように『神剣の大地』の人々が切り抜けたのか。それがどれほど過酷だったのか。一目で思い知らされた。
両手に力が籠もる。操縦用の水晶が、俺の意志を受けて自然と輝いた。
「行くぞ。全てを終わらせる」
「行きましょう。これで終わりにするために」
俺とプラエのやりとりに答えるように、ディルクラムが動いた。
『守護者の名において命ずる 裁きの刃よ 来たれ』
背後の魔法陣が一瞬だけ発光し、魔法が発動した。
それは、大きく広く強く。
生まれ変わったディルクラムの力を示すように、空全体を覆うような魔法陣が生み出された。
それからは、今までと同じだ。
長大で鋭利な無数の光の刃が、戦場全体に降り注ぐ。
地平線の彼方まで埋め尽くそうとしていた、魔物達を黒い軍勢に容赦なく、区別無く、確実に仕留めていく。
軍勢にまじったドラゴンやゴーレムも容赦なく。生まれ変わったディルクラムの『裁きの刃』は仕留めていく。
「…………強いな」
「……このくらいでなければ。戦った方々に顔向けできません」
一掃。そんな言葉が相応しい光景だった。
魔王イニティウムを倒すために得た力だ。
だから、俺達はその役目を果たす。
「全てを終わらせよう。プラエ」
「はい。目標、魔王軍中枢、魔王」
背中の魔法陣を輝かせ、ディルクラムは空を行く。
一瞬で要塞上空に到達した時、光が見えた。
「今のは?」
「伝令用の信号です。『武運を祈る……』とのことです」
最後の瞬間まで諦めなかった人々の激励だ。応えないわけにはいかない。
「必ず、倒してみせる……」
俺の呟きに、プラエが静かに頷いた。
光の軌跡を残しながら、ディルクラムは真っ直ぐに、こちらの調べた魔王軍の中枢へと向かっていく。
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