31.黄昏

 作戦の始まりは、七日目の夕刻からと決まった。

 日中は魔物の攻撃が緩やかなので、その間に可能な限り準備を整えた上で夜が来る前に最後の戦いを挑む。それからは時間との勝負だ。

 朝日が昇れば、守護神騎が帰ってくる。

 それまでもたせる。そのために人々は動いた。


 『始まりの街』から大量の物資が運び込まれ、装備が整えられる。既に強力な魔法具の多くは失われていたが、ここぞとばかりに秘蔵の品物が集まった。

 戦いの時まで既存の戦士達は砦を全力で守りに掛かる。幸い、ドラゴンもゴーレムも接近していない。力を振り絞り。最後の時間を稼いだ。

 

 ドラゴンとゴーレムによって被害を受けた要塞は最小限の修理を行い。残った魔法使い達は最後の儀式魔法の準備を行う。攻城兵器の使い手達も、残った武器を使い尽くす覚悟である。

 そして、要塞下部。

 そこでは武装を済ませた老兵達が時を待っていた。

 その数は三千を超える。かつての鋭さは失われたかもしれないが、今でも戦う力が失われていない歴戦の強者達がそこにいる。


 その中にはレイマと共に発掘現場にいた、あのドワーフ三人組の姿があった。


「上手いこと潜り込めたもんじゃのう」

「まあ、ワシら、経歴は学者じゃが、歴戦じゃからの」

「何にせよ。出番があって良かったわい」


 そうじゃそうじゃ、と装備を調えた三人はそれぞれ頷く。

 三人とも重装備だ。全身を覆う鎧兜。手には長大な槍。どちらも魔法の装備で見た目より軽く、強い。背中や腰など、各所に魔法具を取り付け、彼ら三人でドラゴンの数匹くらい余裕で退治できるだけの威力がある。

 勿論三人とも、全ての武器を使い切るつもりである。


「若先生と娘さんの晴れ舞台を見たかったのう」

「うんむ。大先生に報告せにゃならん」

「なに、吉報を持って行けると思えばいいんじゃ。出番があって良かったじゃろ?」

「確かにのう」

「そうじゃのう」


 三人とも思いは一緒だ。あの日、発掘現場で死ぬはずだった自分達が生きながらえ、生きるべきだと思っていた者が死んだ。


 ならば、ここは命の使い時。どうせ近いうちに墓に入る予定なのだ、少し早まるだけなら、華々しいくらいが調度いい。

 その場の誰もが進んで死にたいわけではないだろう。だが、覚悟を決めてしまった。

 後は時間を待つのみだ。


「夕方か。……一晩もつかのう?」


 その問いかけに、残りの二人は答えなかった。

 

 そして、夕刻は来た。

 七日目、人類の運命を決める、最後の夜が近づく。


「よぉし! 撃て!」


 立場上、前線に出ることができず、不本意ながら司令部から指揮を飛ばすドワーフ戦士長によって作戦は始まった。

 

 最初に放たれたのは儀式魔法だった。

 要塞の上空に魔法陣が展開し、光の刃が魔物の軍勢目掛けて降り注ぐ。

 光の刃はゴブリンやオーガだけを的確に打ち抜き、人類は害しない。


 それはディルクラムの『裁きの刃』を参考に作られた大魔法だ。神官と魔法使いが力を合わせて使う、乱戦の時の切り札。威力も範囲もディルクラムのそれには及ばないが、この攻撃は確かに要塞前に少しの空白を創り出した。


「今じゃ! 開門!」


 戦士長の指示に従い、要塞の門が開かれた。

 決死の突撃。戻ることは期待されても、約束されていない者達の進軍が始まる。

 最初に飛び出したのは騎士団だ。騎士団長を戦闘に、数百の装備を整えた騎士達が、青い魔法の輝きと共に魔王軍の軍勢目掛けて突撃していく。


 雑兵ならば軽く蹴散らすこの突撃を楔として、人類の反撃は始まる。見張りの報告では、今のところ、ドラゴンとゴーレムの姿はない。できる限りいけるはずだ。

 騎士団に続いて要塞から出撃するのは老兵混じりの徒歩の戦士達だ。

 一部の者は背負った魔法具から、明かりを生み出しながら前に進む。これから来る夜をできるだけ明るく、戦場を照らしながら進軍していく。


 この攻撃は上手くいった。

 大物を欠いていた魔王軍は一時的に崩され、騎士団を中心として『魔王軍殴り込み部隊』は敵陣の奥へとどんどん斬り込んでいった。


 しかし、魔王軍の最大の武器である数の力の前に、進軍は止まる。

 要塞から離れた場所で一塊となった人類の軍団は支援の望めない状況で、魔物の軍勢に囲まれ、孤独な戦いを繰り広げることになる。

 だが、それこそが狙いだ。魔物達は、要塞ではなく、出撃した部隊に確実に吸い寄せられている。自分達の戦力が徐々にすりつぶされようと、時間が稼げるなら本望だ。


「騎士団は我のもとに集まれ! 敵の厚いところに突撃をかける!」


 既に満足ともいえない装備の騎士団と共に、騎士団長は確実に消耗していく作戦をとった。装備も身体も傷だらけだが、心だけは迷い無く透き通っている。 

 それは、この場の騎士達も同じだ。


「我らの加える一撃が、勝利を近づける! 行くぞ!」


 その手に魔剣を持ち、僅かばかりの援護魔法を受けながら、騎士団は突撃を敢行する。

 

 夕刻が過ぎ、魔物の時間である夜が訪れてなお、人類はよく戦った。

 このまま要塞に近づけず、朝を迎えることができるのではないか、一部の者にはそんな思いすら生まれるくらい順調だった。

 だが、その希望的な考えは、覆された。

 

 アーク・ドラゴン混じりのドラゴンの群れが報告されたのである。

 既に強力な魔法具を使い切りかけている人類にとって、それは致命的ともいえる攻撃だった。


 夜空から飛来した黒い巨大なドラゴンは、要塞から飛び出した部隊に対して容赦なく攻撃を加える。

 数日前にあったドラゴンを地面に叩き落とす儀式魔法の準備などもはやない。

 手持ちの武器と魔法で、空からの攻撃にどうにか対抗する。

 ここぞとばかりに秘蔵している魔法具や、老魔法使いが練り上げた一撃限りの大魔法が炸裂し、ドラゴン達が何とか、少しずつ仕留められていく。

 そこまでで、限界だった。


 空を舞うドラゴンが同時に息吹(ブレス)を吐き出したのだ。

 とっさに魔法使い達が防御の魔法を使い、上空に盾を作るが、それも儚く砕かれる。

 息吹(ブレス)を吐いたドラゴンは数匹だったが、突撃隊の陣形が崩れるには十分な威力だった。


「クソッ、このままでは持たない!」


 騎士団を的確に導き、息吹(ブレス)を回避した騎士団長が叫ぶ。

 今や手元の魔剣と愛馬だけが武器となり、アーク・ドラゴンを討伐するには力不足というしかない。


 ……このままでは総崩れになる。これでは早すぎる。


 自分達の目的は朝まで持ちこたえることだ。ドラゴンの存在はそれを難しくしている。


「ゼファーラ神よ、我らに加護を授けたまえ……」


 騎士団長をして、もはや神に祈るしか手段のない状況だった。

 そして、祈りに答えるように、空から来るものがあった。


 最初に聞こえたのは、甲高い咆吼。周囲を飛び回る黒いドラゴンの恐怖を呼び起こす低いうなり声のそれとは違う、誇り高き叫び。

 騎士団長は、追い詰められて幻聴が聞こえたのかと思った。


「馬鹿な……。おい、今の聞こえたか?」


 隣にいる老騎士に聞いてみれば、彼は空を呆然と見上げていた。


「団長……信じられません。白いドラゴンです」


 その視線の先へ騎士団長も目を向ける。

 紅い目を輝かせる黒いドラゴンが飛ぶ空。その中に、不似合いともいえるくらい白い鱗を持ったドラゴンが混ざっていた。

 アーク・ドラゴンを上回る巨体の白いドラゴンは次々と黒いドラゴンを叩き落としていく。


「よくぞ無事で……。いや、違うか」


 よく見れば。白いドラゴンは傷だらけだ。その飛び方も弱々しい。ここまで飛んで現れただけでも、奇跡のようなものに見えた。 


「全員、地上に落ちたドラゴンに突撃をかけるぞ! まだ勝機は失われてはいない!」

 

 口から出た言葉に自身を叱咤しつつ、騎士団長は再び攻撃の準備をかけた。


 白いドラゴン、エルフの長老の加勢で『魔王軍殴り込み部隊』はそのまま深夜になるまで踏みとどまって組織的な抵抗を続けることに成功した。

 だが、限界は来た。

 白いドラゴンが最後のアーク・ドラゴンと共に地面に落ちたのがその合図だった。


 これで一山越えたと思ったその時に、ゴーレムと共に新たな魔王軍の陸の軍勢が到着したのである。

 それは、これまでが何だったのかと思うほどの夥しい数だった。

 赤く光る目を輝かせ、悪夢のような数の暴力が、人類の軍勢を飲み込んだ。


 地に落ちた白いドラゴンが最後の力とばかりに、自身を巨木へと変化させ、攻撃を押しとどめる壁となることを試みる。

 騎士団長が叫び、敵の気勢を削ぐべく突撃をかける。


 しかし、そのどちらも力が弱かった。エルフの最後の呪いも、騎士団の決死の突撃も、押し寄せる大波の如き侵略に飲み込まれていく。

 要塞から出撃した『魔王軍殴り込み部隊』の横を巨大なゴーレムが素通りしていく。

 

 日の出まであと少しのところで、人類の守りは瓦解した。


「あのゴーレムは、止まらんのう……」


 要塞司令部で報告を聞いた戦士長は小さくため息を吐いた。

 ここに来ての敵の大攻勢だ。出撃した部隊は予想外の援軍もあって、思った以上にもったが、これで限界だろう。

 巨大ゴーレムの足は思った以上に早く、もうすぐ要塞に到達する。巨体から繰り出す攻撃で要塞が崩されれば、一気に『始まりの街』まで攻め込まれる。

 それだけは、何としても避けねばならない。

 

「ゴーレムはこの要塞で始末する。後は可能な限りここで足止めじゃ」


 伝令にそう伝えると、戦士長は足下に置かれた自分の装備品を手に取る。


「戦士長……」

「あのゴーレムを仕留められるのはワシしかおらんじゃろう? 家宝の魔法具を食らわせてやるのじゃよ。すまんが、ちと席を外すぞい」


 司令部に反対する者はいなかった。

 戦士長の本質は戦う者だ。むしろこれまでよくぞ椅子に座って我慢していたものだ。

 味方に危機が訪れる度に、ドワーフ戦士団を率いて戦いたい気持ちを抑え、ずっとここにいてくれたのだ。


「お気をつけて。お帰りをお待ちしています」

「うむ。皆も達者での」


 それぞれの思いを伝えるやり取りをして、戦士長は退出した。



 戦士長が司令部を出てすぐに、全長五〇ミルを越える巨大ゴーレムは要塞の目の前に到達した。

 石と鉄が混ざり合った、不格好な人型の巨人が、その巨大な拳を要塞へ叩き込んだ。

 轟音と振動が膨大な軍勢を防ぎ続けた要塞を揺らした。

 要塞を上から見下ろせる巨体の一撃だ。ひとたまりも無い。

 人類世界を守る壁の一部に大穴が穿たれる。

 このままゴーレムの拳をいくつか打ち込まれれば、守りは崩壊する。その場で踏みとどまる戦士達にそう思わせるには十分な一撃だった。


 人類に、より大きな絶望を与えるべく、ゴーレムが再び拳を振り上げた時だった。

 要塞の屋上、ゴーレムの前に、人影が一つ現れた。


「魔王の玩具如きが。好き勝手してくれるのう……」


 怒れるドワーフ戦士長がそこにいた。

 全身に鎧を着込んだ完全武装。そして、その背中には自分の身の丈ほどの戦斧。両の手にはメイスのような武器を手にしていた。


「ふん。正面に来るまで気づかなんだか。うすのろめ」


 ゴーレムの顔がこちらを向いたのを見て、罵しりつつ、両手の武器を掲げる。

 先端が巨大な球状をしたそれは、魔法具だ。戦士長の一族が研究開発したもので、目標にぶつけると、相手の魔力に反応して起動する。


「好き勝手できると思わんことじゃぞ!」


 両手の魔法具が投擲される。

 巨大でかつ、目の前にいるゴーレムはそれを避けることすらしない。

 少し間抜けな金属音が響き。魔法具が発動した。


 メイスの内側から魔法が放たれ、巨大ゴーレムの周囲が光り輝く霧のようなものに覆われる。

 そこから起きたのは崩壊だ。

 ゴーレムの手と足、末端部分からその巨体の崩壊が始まっていく。


「ゴーレムは魔王が創り出した魔法の塊じゃ。解除とまではいかんが、台無しにするくらいならできるというわけじゃな」


 これこそが、ドワーフ戦士団が幾多のゴーレムを倒してきた秘密である。

 強力に魔法を弱めるこの魔法具は数こそ少ないが、有効に機能してきた。


 要塞に向かってゆっくりとゴーレムが倒れ込む。

 重さはあっても力のないその動きでは、要塞はびくともしない。

 ゴーレムが要塞に対してもたれるようになると、戦士長は迷わずその背中に飛び乗った。

 背中の巨大な戦斧を両手で持ち、叫ぶ。


「今のお前はその辺の岩よりも脆いデカ物じゃ! ワシに砕けん道理はない!!」


 戦斧から魔法の輝き満ちる。

 戦士長の渾身の一撃が、その背中に炸裂。

 魔法の戦斧から放たれた破壊の力が、ゴーレムを内側から崩壊させていく。

 

 急速に崩れ、足場としての役割を果たせなくなるその上で、戦士長は満足気に自分の髭を撫でた。


「これじゃあ、司令部に戻ることはできんのう」


 このくらいの高さから落ちた程度で、自分は死なない。だが、地面に落ちる。

 ならば後は、地上で可能な限り暴れるだけだ。


 自らの居場所目掛けて、ドワーフの戦士は落下していく。

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