30.決死

 ドラゴン・ロードが止まったことは物見からの報告で司令部にもたらされた。

 同時に、白いドラゴンとなって一人戦場に赴いたエルフの長老がもう帰らないであろうことも、知らされた。


 要塞の面々はその事実を前にして、嘆く余裕すら無かった。

 エルフの長老は確かにドラゴン・ロードを押しとどめ、数多のドラゴンを倒した。

 しかし、足りなかった。


 五日目の夜が訪れた頃、ドラゴンとアーク・ドラゴンの群れが要塞に接近した。

 要塞に残った人類は疲弊しながらも、残された魔法具と儀式魔法で迎撃。

 最後は今だ意気軒昂な騎士団の出撃により、どうにか攻撃を押しとどめた。


 しかし、六日目。ついに人類側の防衛が崩された。

 きっかけは、数匹のアーク・ドラゴンとゴーレムの接近を許したことだった。

 これまでの戦いにより疲弊し、矢も魔法も尽き掛けていたため、仕方ないとも言えるだろう。


 アーク・ドラゴンの息吹(ブレス)により、迷いの森が焼かれ、陸の魔王軍が要塞に接近。それを援護するように一体のゴーレムが現れ、要塞に巨大な拳を叩き付けた。


 不利な状況にも関わらず、人類は反撃した。


「大丈夫じゃ! 準備していた魔法を使え!」


 最後の瞬間まで諦めなかった魔法使い達の儀式魔法によって、アーク・ドラゴンは撃退。

 そして、砦に接近しすぎたゴーレムは魔法具を用意していたドワーフ戦士団によって、破壊された。


 大物をどうにかしても、劣勢を覆せるわけではない。

 この段階に至って、人類側の防衛は一気に限界に近づいた。

 要塞の前でひたすら耐えるドワーフ戦士団と騎士団。それを援護する者達。

 繰り出す攻撃は確実に魔王軍を押し返し、削ることはできるが、それ以上に押し寄せる敵が多すぎた。


 押し寄せる魔王軍は更に数を増していたのである。

 戦いは数が多い方が勝つ。それを極端にしたかのような暴力を前に、人々は思い始めていた。


 あと一日。その一日すら、もたないのでは……、と。


 要塞司令部内で、指揮官達と会議をしながら、ドワーフ戦士長は呟いた。


「……それでいくしかないのう」


 その言葉に、その場にいた面々は息を呑んだ。

 すでに指揮官も数が減り、会議に参加できたのは片手で数えられる程だ。騎士団長は、今も外で戦い、この会議のための時間を稼いでくれている。


 その会議内で出た結論はこうだ。

 恐らく、いや確実に、このままでは七日目をこえられない。

 守護神騎が帰ってくるまでの時間を、このままでは稼げない。

 ならば、策を打つしかない。


 既に戦力もなく。魔法具も底を尽き掛けている状態で考えられる策が一つだけあった

 ドワーフ戦士長は、少し悩んでから、それを決めた。

 確実に多くの者の命が失われるその策を。


○○○

 

 今集まれる者に号令をかけて、その作戦の発表は行われた。

 会議室に集まった者は二十あまり。誰もが傷ついていた。回復魔法を使える神官が圧倒的に不足していた。


 そして、要塞の外からは戦闘の音が断続的に聞こえてくる。戦いは今も続いているのだ。

 傷だらけの戦士達の前に現れたドワーフ戦士長ははっきりと言った。


「このままでは、ワシらは七日目を越えられん」


 室内に広まるざわめき。不安が絶望に変わり、あからさまに肩を落とす者もいた。


「じゃから、作戦を考えた。……打って出る」


 再びざわめく室内。しかし、先ほどとは違う戸惑いだ。「そんなことができるのか?」という問いかけを、全員が静かに発していた。


「これから援軍が来る。それと要塞にいる選ばれたものが合わせて、魔王軍へ突撃するのじゃ。それで可能な限り要塞への魔物の接近を減らす。要塞も守備の人員を選抜し、外れた者は『始まりの街』の防衛に入って貰う」

「援軍なんて。そんなのどこにいるんです?」


 椅子に座ってぐったりしていた者が、投げやりに聞いた。


「それはの……」


 その時だった。

 伝令の者が室内に入ってきた。

 彼は戦士長を見て、何故か戸惑いながら言う。 


「失礼します。えっと……」

「どうした。おかしなことでもあったかの? はっきり言って構わんのじゃぞ」

「はい。『始まりの街』から援軍が来ています。ただ、その……」

「はっきり言っていいんじゃ。……言いなさい」

「援軍として来たのは、武装した老人達です……」


 室内に驚きと戸惑いが満ちた。

 それを察した戦士長が説明をする。


「彼らはこの戦いに参加するべく集まってくれていた老兵達じゃ。戦いたいと来てくれていたが、流石に歳での。後方支援をお願いしていたんじゃが、ここで働いて貰うことにしたのじゃよ」

「そんな、無茶ですよ!」

「いや、怪我と疲労でボロボロのお前達に突撃させるよりはよっぽどマシじゃ。年老いても武器を振れる者、かつての戦士の集まりじゃからのう」


 嘘では無かった。この作戦は以前から準備しており、最後の手段として用意されていたものだ。集まってくるのは老兵といえど、一度くらいなら戦える者達だ。

 捨て駒として。時間稼ぎのため。それを理解した上で、彼らは援軍としてやってくるのである。


「まあ、なんじゃ。こう見えてワシも歳じゃからな。息子や孫みたいな者が死んでいくのを見るのは割と辛いんじゃよ……」


 髭を撫でながら、優しい祖父が孫に言い聞かせるような口調で戦士長が言葉を続ける。


「だからのう。ここは一つ、老いぼれどもの力を、信じてくれんかのう」

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