終話「from」
煤けた扉が、軋みながらゆっくりと開く。
その隙間からくたびれたカゴがのぞき出た。ローブをまとった腕に抱えられている。
出てきたのは少女だ。
子どもというには落ち着きすぎて、女というにはまだあどけない。そんな少女だった。
少女は外に出てくると、寒さに驚いたように身震いし、擦り切れたローブの前を合わせた。
息が白く上がる。ローブの隙間からのぞく顔は、肉付きが、薄く青白い。しかし、はしばみ色を湛えた目だけは、しかと開かれており、勝ち気そうな雰囲気をまとわせていた。
カゴを両腕で抱え直すと、腰で扉を押し閉め、歩き出す。
少女は細い通りへと出た。
灰色に染まった陰気な街並。泥で判を押したかのような、似通った小屋が並んでいる。今しがた少女の出てきた家も、既に見分けがつかなくなりそうなほどだ。
路地を抜けると、少女は太い通りに当たった。迷わず左に折れようとし、ふと反対を振り仰ぐ。
少女と似たような着古しや、ボロをまとった人々が、ぽつり、ぽつりと流れていく。
どことなくざわついた空気。
くっきりとした少女の眉が、わずかにしかめられた。
視線の先には、鬱蒼とした路地。
遠くに見える屋根屋根の隙間から、黒い煙が立ち上っていた。
人々は煙の方へ流れていた。
悩むように目線を落とす少女。
やがて頭を振り、踵を返そうとして――
「やァお嬢さん。こんな日に、急いでお出かけかィ」
耳を逆なでするような声に、少女はビックリして立ち止まった。
背の高い男だ
漆黒の上等そうな外套を痩身にまとい、指にはすき間なく指輪がはめられている。
少女が男を見上げると、細い顎先と、軽薄に吊上げられた唇が見えた。真っ白な羽根飾りのついた帽子を目深に被っており、表情は伺えない。
色褪せた街にこびりつく、黒い染みのようだ。
明らかに、周囲から浮いている。
少女は眉に力を込め言い返す。
「仕事よ。見れば分かるでしょ」
「ふむ。今日は祝祭じゃァないのかィ?」
硬い声も意に介さず、男は顎先を撫でながら、とぼけた声で尋ねた。
少女の眉間に皺がよる。
「祝祭? 年またぎまで、一週間もあるわ。……あなた、塔の人? ずいぶん嫌味なのね」
「おおっと、こいつは失敬、そうだった。君たちは取り上げられたんだったねェ? だいじなだいじな、年に二回の祝日だったのにねェ?」
少女の表情が凍りついた。
男は饒舌に続ける。
「いやねェ。お察しの通り、俺は塔から来た者でねェ? 今、ちょうど人を募っているんだが――」
男は腰をかがめ、グイ、と少女の顔を覗き込んだ。
蛇のような男の視線が露わになる。男は真っ赤な舌で薄い唇を濡らし、芝居がかった調子で続けた。
「どうだィ? お嬢ちゃん。塔でクリスマスを祝いたくないかィ? 上階級になれば、祝えるんだがねェ?」
男の瞳の中で、少女の顔が強ばり、視線が揺れている。
少女の腕に力が入り、カゴが微かに軋みをあげた。
自分を覆う男の視線から、少女は目をそらせない。
男の唇がつり上がっていく。
その時だ。
ふと少女の視線が、男の目を通り過ぎ、背後の空へと流れる。
何かが舞っている。
白い欠片だ。
それは次第に数を増し、灰色の空を白く覆っていく。
ヒラヒラと舞い散る、白い欠片。
少女は、知らず、顔を綻ばせていた。
「いいえ、結構よ。クリスマスなら、もう来ているもの――!」
男の薄ら笑いに、怪訝な色が混じる。白く舞うものに気がつくと、空を見上げた。
少女は男の傍らを足早に去る。
街の反対側、小高い丘へと続く道を、ずんずんと進む。
白い花びらが少女を包み、舞う。
少女は駆け出した。
丘の上、細い鋼線のたなびく塔へ向かって。
空の独房 地底人ジョー @jtd_4rw
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