Taberu ~後味の悪い話~

螢音 芳

肴代わりの与太話


 情報を得ることは、食べることに非常によく似ている。



 君もそう思わないかい?

 え? いつもの御託かって?

 その通りなんだけど、聞いていきなよ。時間の無駄にはならないさ。

 ……たぶんね。


 情報は身に着くものだ。

 食べるのと同じ、摂取すれば生きていく力に変じていく。

 情報がうまく身に着くかどうかは手持ちの調理器具次第だ。

 調理器具は身に着いている知識のこと。

 種類が豊富であればいろんな切り口から情報という食材を切り分けたり、あるいは複数の情報を混ぜ合わせたり、必要な分だけ醸成させたり、口当たりのいい、咀嚼しやすい料理へと情報を変貌させることができる。

 調理器具が不足しているとどうなるか?

 調理しきれずに食べることになるだろうね。口当たりの悪い食事になったり、消化不良を起こして身体から流れてしまう、なんてこともあるかもしれない。丸呑みなんて豪快な人もいるかな、それも身体に悪そうだ。

 そうか、知識を調理器具と僕は例えたけど、情報をかみ砕くための最低限の知識は、歯、と言えるのかもしれないね。



 ◇



 情報が自身に定着するよう工夫すること、つまり情報を料理するには時に高度な知識が必要になる。

 あんこうは知ってるかい? 正しく料理すれば、非常に美味な魚なんだけど、見た目はグロテスクだし、捌くのも一苦労な代物だ。

 しかし、手間をかけずにおいしく食べたい。なら、どうするか。

 答えは簡単、捌いて調理してくれる人のところに行くのさ。

 情報も同じことで、自分で解釈することが難しい情報なら、誰かがわかりやすく整えてくれたものを頼った方が手っ取り早い。

 そういう意味では、報道って人が考えた概念で、一番の発明じゃないかい? 情報を幅広く伝えるだけでなく、万人に理解しやすいよう丁寧に解説してくれるんだから。

 最近では、うまく情報を発信する人も増えてきたから、一概に報道だけを指すのは不公平だろうけど。

 まあ、万人にわかりやすいってことはさぞかし口当たりがよくておいしいんだろうね。

 ただ口当たりがいいっていうのは自分が理解しやすい形になっているというだけで、情報を正しく理解していると言えるのかっていうと……。

 ふふ、どうなんだろうね?



 ◇



 おいしい情報ってなんだと思う?

 知りたい情報……。うん、二重の意味で正解だ。

 君がスパイをしていたとして、敵対している組織の情報を得たかったとしよう。聞き込み中に運よくその情報に出くわせたら、それはまさしくおいしい情報だ、とハードボイルドな笑みを浮かべて話を聞くだろうね。

 あ、その苦い顔は、情報を得ることは食べることに似ている、という話の続きをしていることに気づいてくれたね。

 ふふ、うれしいよ。

 情報を得る、イコール食べるとするなら、味の良し悪しってなんだろうか?

 答えはすでに君が言ってくれている。

 そう、その人にとって知りたいかどうかだ。

 おいしい食べ物はまた食べたくなるだろう? 同じことで知りたい情報はもっともっと知りたくなるものさ。

 反対にまずい情報ってなんだろうか。

 逆説的に考えればいい。

 答えは、知りたくない情報だ。そうだね、もっとわかりやすく言うならば感情的に聞きたくない情報かな。

 まずい食べ物は避けようとするだろう? 子どもが好き嫌いすることと一緒さ。聞きたくない情報は、避けようとするものだ。

 けど、味の良し悪しって身体の健康につながるわけではないよね。

 良薬口に苦しというじゃないか。

 真実に近い情報であったとしても、それがその人にとって知りたくない情報だとするならば、きっと受け入れられることはないんだろうね。



 ◇



 万人においしいと言わせられるレストランは繁盛する。

 単純な道理だ。経済学なんて関係ない、実にシンプルな話だ。

 レストランが繁盛すれば、その規模は大きくなるだろうね。より多くのお客さんを囲い入れて、噂にもなるだろう。

 あのレストランに行けば間違いないってね。

 繁盛して噂まで立つ店は、一種のブランドのような信頼感が生まれるものさ。

 これが、情報だったらどうだろうか?

 誰しもが理解しやすくて耳心地が良い情報を紹介してくれる、何か。

 あそこの情報なら間違いない、って信頼口コミもある。

 賢い君なら気づいていると思うけど、おいしいということは、正しいこととイコールではないのは話したとおりだ。

 出された料理のなかに、実は原材料の違うものが混ざっていたり、天然ものと言いつつ養殖だったりするかもね。

 まあ、綺麗に飾り付けられた料理からは、見分けなんて付きにくいだろうけど。

 それでもいいじゃないか。

 だって、そのお店は間違いなくおいしいって言われてるのだから。

 食べに来ている人だって、おいいしいもの聞きたいことだけを求めて食べに来ているのだろう?



 ◇



 情報はいずれ知識に変わる。

 知識は身体を構成する栄養でもある。

 新たに情報を得るための糧となっていく。

 けど、人生、おいしいものだけ食べていきたいよね。

 気持ちはわかる。僕もジャンクフードだけ食べて生きていけたら最高だよ。

 ああ、わかってる。そんなことをすれば栄養は偏ってしまう。

 好きなものばっかり食べていたら、いずれ味覚障害を起こして他のものを受け付けなくなっていくし、咀嚼しやすいものばかり食べていたら、固い食べ物は食べれなくなっていく。

 歳を重ねても、きちんとかみ砕ける歯が残っていたらいいけど。あ、手入れを怠ってぼろぼろだったらまったく残らないだろうね。噛まずに飲み込むしかなくなるかも。

 ああ、耳の痛い話だ。

 健康に気を使う人は無農薬にこだわるって言うよね。そこまで徹底するつもりはないけれど、最近は原産地もよく調べないと、店に届くまでにどんな農薬を使っているのかわからないっていうし。

 この間、近所に子どもが生まれた話を聞いたけど、奇形児だったそうだ。なんでも、食べ物を輸送する途中にかけられた農薬が原因だった、てさ。

 ただ、ご両親とも独特な食の好みを持っていて、食べ物が偏っていたという噂だ。普通の人が摂取する量であれば、問題にならない農薬量だったのに、って医者から不思議がられたそうだけど。

 ん? どうしたんだい? 君、顔が真っ青だよ?

 ああ、今の農薬云々はあくまで食べ物としての話さ。

 今までの例え話はどこへ行ったのか? 君が話したいなら話題を広げてもいいけど……。

 やっぱりやめておく? そうだね、それが賢明だ。

 心配しなくていいよ、僕のくだらない話はここまでさ。

 付き合ってくれてありがとう。

 おかげで気持ちよく酒が進んだよ。今夜はいい気分で寝れそうだ。


 あ、そうだ、最後に一つ尋ねたいのだけれど。




 ――僕の話は君にとって、どんな味だったかな?





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