第5話 飛翔

 二次予選を終えた時、祐輔は燃え尽きたと思った。本選進出の知らせも、どこか他人事のようだった。

「おめでとう!」

 麻優の祝福にも、あまり浮かない顔だ。

「どうも……」

「どうしたの? しょげてるみたい」

「咲いてないんですよ」

「……え?」

「むらさきの花が、です」

 ついこの間、むらさきの花が咲いていた茂みに花はなく、緑の葉身ようしんばかりがひしめいていた。

「ほんとね……でも、そんなことで落ち込んでいるの?」

「いえ、花の命は短いと思ったんです」

「そう……少し息抜きでもして、本選に備えたら?」

「本選には……出ません。棄権します」

「なに言ってるの、気は確かなの!?」

「すみません。……明日からしばらく実家に行って、それからドイツに戻ります」

 麻優はため息をついた。

「止めても無駄なようね……」

 祐輔は一礼して麻優から離れた。


✈︎ 数日後……


 羽田空港チェックインカウンターで荷物を預けた時、「菅野君!」と呼びかけられた。

「すみませんでした……」

 祐輔は頭を下げるが、麻優はかぶりを振った。

「謝ることはないわ。フォークト先生のカンカンに怒る顔が目に浮かぶけどね」

「……柏葉先生からうまくフォローしてもらえませんか?」

「嫌よ、こってり絞られなさい。そうそう、渡すものがあったの。これ……」

 それは、むらさきの花を押し花にしたしおりだった。

「うわあ、これ先生が作ってくれたんですか? すごくきれいです。ありがとうございます!」

「そうよ、わざわざ探したんだから。この前落ち込んでいるのを見たら、いたたまれなくなったのよ」

「心配おかけしてすみません。……あ、それじゃあそろそろ行きますね。わざわざ見送りに来てくれてありがとうございました」

「元気でね。しっかり勉強して、大きくなって帰って来てね。……待ってるわ」

 祐輔は何か憑物が落ちたような、清々しい笑顔でゲートをくぐった。麻優は展望デッキへ駆け上がり、愛弟子を乗せた飛行機を、雲に隠れるまでしっかりと見守った。

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むらさきの花 緋糸 椎 @wrbs

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