ある夏の日の駅前
竹槍
ある夏の日の駅前
某駅のターミナルに隣接する某百貨店の西館2階、俗に言う駅前デッキからよく見える場所にあるカフェに、真夏の日差しをあの手この手で避けつつ書店の袋を片手に入店する。
この店は、1500円出してフレンチトーストとアイスココアとチョコレートパフェが注文すると、自販機で適当なソフトドリンクを買えるくらいの釣り銭が返ってくる為、予算が潤沢とは言えないが、定期的に少し豪華な軽食を取りたくなる私には大変ありがたい場所だ。
「ん!」
店内に入り空席を探していると、驚いたような声が耳に入った。
何気なく声のする方に目をやると、一人の私服姿の少年が席についたまま私を凝視していた。
「月森、月森じゃねえか!」
私は、その少年の正体にすぐに勘付いた。
月森浩輔。中学時代の部活仲間で、俺の数少ない友人の一人。
中学を卒業して一年と少し。しばらく疎遠になっていたが、よもやこんなところで出会おうとは思わなかった。
「あっ、やっぱり笠原か。いや久しぶりだな」
「こりゃまたこんなところで奇遇な。あ、席ご一緒してもいいやつか?」
「ああ、俺一人だし大丈夫。とりあえず先に注文入れて来たら?」
「そうするわ」
幸い連れがいないようなので、彼の向かいに荷物を置き、カウンターに注文を入れに行く。
いつも通りのメニューを頼み、呼び出し用の端末を受け取って席に戻るや、月森が尋ねてきた。
「お前彼女でもできたのか?」
「いきなりそれか。できるわけないだろう」
そう答えると、旧友はパンケーキを食べる手を止めてわざとらしく目を見開く。
「じゃあなんでお前がこんなカフェを使ってるんだ!」
「悪かったな、くたびれたネルシャツに裾よれよれのカーゴパンツで前髪が目にかかってるとかいう青春が裸足で逃げ出しそうな格好した冴えない男子高校生がラノベ買った帰りに独り寂しくこんな小洒落たカフェに入店して」
「まあまあそう興奮するなって。早口は相変わらずだなお前」
自分から煽っておきながらぬけぬけとそんな事を言う旧友。
「お前の減らず口も相変わらずだな。こんなことなら中学の時に衝動のままに口を縫い付けとくんだった。家庭科の成績2だったけど」
やり返しつつ、月森の服装に目をやる。
白いTシャツに黒いジャケットを羽織り、やはり黒のピッチリしたジーンズを穿き、首からは銀色のリングを黒糸に通して引っかけている。
髪も整えすぎず崩しすぎずといった絶妙な具合で、私と彼のファッションセンスが雲泥の差である事を改めて認識する。
まあコイツがモテてた記憶なんて私には欠片もないが。都会の目が肥えた女子高生相手となれば尚更だろう。
「で、都会の
「妙に横文字の発音いいのがムカつくな。それにモダンボーイって……」
俺の皮肉に苦笑いする月森。
実際問題、市部のおとなしめな都立の進学校に進んだ私と違い、月森は区部の、中高生からは「パリピ高校」だの「陽キャ高校」だのと呼ばれ、親世代からは「チャラい高校」などと言われるような、そんな私立高校に進んだ。
遊ぶ場所にも遊ぶ相手にも不自由はしないだろう。
そんな彼が一人こんなところでパンケーキを食べているのは少し違和感があった。
「うーん、なんだろう? 里帰りって奴かな。まあ住んでるのはこっちだから里帰りってのも変だけど。てか都会がどうのこうのって言ってるけどここも十分都会じゃないか? ショッピングモールがあるし、中央線の駅があるし」
深い理由はないようで、質問に雑に答え、逆に私に疑問を呈する月森。
「は! ここが都会? いいか月森、我々は低層住宅と畑に囲まれて生まれ育ったせいで五階建て以上の建物が複数建っている場所を都会だと誤認してしまう風土病にかかっているんだ。目を覚ませ、1ブロック進めば親の顔より見た低層住宅の群れだ」
23区の高校に進めば完治するとの話も聞くが、どうやら彼は手遅れだったらしい。
「いや駅前っていうのは十分都会だろ」
「こんな大きくもない駅が?」
「車両基地があって始点終点になってるぞ」
「中央特快停まらないけどな」
「……じゃあ都会じゃなきゃ何だって言うんだよ。田舎って言うほど未開でもないだろ」
「こういうのはな、郊外って言うんだ」
「なるほどな」
そうは言いつつも、月森はどうにも飲み込みきれないという表情をしている。
「お、できたか。行ってくるわ」
とその時、左手で握っていた呼び出し端末がバイブ音を発する。
ちょうど話のキリもいいので一旦席を立つ。
「うーん、なんていうか方向性としてはインスタにあがってそうなんだけどそれにしてはショボいな」
トレーにフレンチトーストとアイスココアとチョコバナナパフェを載せて戻ってきた私を見て、パンケーキを食べ終えた月森がそう言った。
「別にあげるつもりはないけどな。あのあたりの日の当たる若者文化にはついて行けない」
「ああ、俺もついて行けない」
「こいつは驚いたな。あの学校で生きていくのには必須だと思うんだが」
「一応、一通りその手のSNSのアカウントは揃えてる。TwitterとLINE以外ろくに使った覚えがないけどな。インスタは流れてくるクラスメイトの投稿に適当にいいね付けときゃ大丈夫だから。ただバランス良く付けとかないと知らない間に味方認定や敵認定をされたりするからそこだけ注意だな」
「なんか深淵が見えたぞ」
なかなかどうしてInstagramも大変らしい。
私のような人間からすると、たかだかSNSのいいねにそんな意図があるとは到底信じられないが、SNSのいいねに「たかだか」では済まない意義を見出す人間も存在するという事だろう。
「お前の学校はどんな感じなの? なんか変な話とかがあれば……」
「変な話か……」
今度は私に尋ねてくる月森。
「やっぱ進学校だとそういう話は……」
「いやそれはない。日比谷みたいな本気で勉強やってる所にも結構変な話があったりする」
「いや本気で勉強してない進学校ってなんだよ」
思わず困惑の表情を浮かべる月森。
「進学校って言ってもピンからキリまで色々ある。予備校って揶揄されるようなところがあれば、進学校を名乗ってはいるけど自称止まりで誰にも認めて貰えないところもあるし、珍しいとこだと完璧に進学校を演じきって方々からもてはやされてるけど、その実内部の人間は教員も生徒も進学校だなんて思ってないようなところまである」
「へえー」
「うちも進学校っつってもギリギリ進学校って感じだから大したことは無い。まあ自称進学校じゃないだけまだマシだが」
「なるほどなぁ。あっどうも」
月森は、パンケーキの皿を下げた店員にさっと会釈しながら新鮮そうに頷く。
彼の総合的な学力は私と同等だった為、うちの高校も多少背伸びすれば狙えたはずだが、反応を見るに端から眼中の外だったようだ。
「うちはそもそも学校のコンセプトが迷走気味でな。新時代を牽引するにふさわしい新たなる社会人をとか言ってるけど結局何がしたいのかよくわからん」
「バッサリ言い切ったな。なんでそんなことに」
「私立無償化で生徒の奪い合いが激化しそうだから都立中堅高はなんとか個性を出そうと必死なんだよ。学力面では上位校に敵わないから」
芸術方面やスポーツ方面に力を入れたり、総合的な学習がどうとか言い出したりとパターンはあるが、いずれも芳しい成果はあまり聞かない。
「その結果迷走したと」
「そういうこと。まあ腐っても進学校だから授業のレベルはそれなりに高いし、進学実績も偏差値相応にはある」
「進学実績ねえ。お前は大学どうすんの?」
「やっぱ国公立かな。さすがに私立を目指す金はない。目指す気もないし。多分地方に行くと思う」
「ほえー。まあ多分俺も進路はそんな感じになると思う」
自分の進路について少し考えてみながらアイスココアを啜ると、コップが空になっている事に気がつく。
「結構経ったもんだな」
「てか笠原、俺らそもそも最初何の話してたっけ」
「……忘れた。まあいいだろ。どうせ大した話じゃないんだ」
もともとファッションか何かの話をしていたような気がするがよく思い出せない。
「まあいいや。そろそろ帰るか」
私のスプーンがパフェのグラスの底を突っつき始めたのを見てそう持ちかける。
「そうだな。もう四時か」
往生際悪く長柄のスプーンでアイスクリームを余す事なくすくい上げてから、私達は席を立った。
外に出ると、もう四時だと言うのに太陽はまだまだ高い位置にあった。
「ここが少し豪華な軽食を取る以外に、独り身同士で中身のない話をするのにも持って来いだとわかったのは収穫だったな」
「中身のない話をする独り身仲間がいるのかい笠原君」
「いない事はないぞ。まあいっぱい居たらみじめになるだけだろうけどなそんな奴」
「ハハ、確かにな」
しょうもない話をしながら並んで歩く私達。
「この後予定があるんで俺はこっちだわ」
「おう、じゃあまたな」
改札を通ったところで、上りホームへ足を向けた月森がそう切り出す。
「なあ、またどっかで会えるか?」
下りホームへ歩き出しかけた私に、月森が背後からそう声をかけた。
「さあな。多分会えるんじゃないか。確証はないけど」
「まあそんなもんか。じゃあな」
人の少ない駅の構内で、真後ろの足音が遠ざかるのを認めて私も歩き出す。
故郷を長く離れた事のない私だが、里帰りも悪くない。
そう思った夏の日だった。
ある夏の日の駅前 竹槍 @takeyari
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