第20話 詠唱

魔術師と言うからには、魔術を使えるのは勿論、色々な魔法に精通してなくてはならない。私はネイルがしたくて魔術師を選んだぐらいなので、ほぼ一択で魔法陣に特化した魔術師になりつつあるが、他はまた色々だ。


ヤンくんは、最近私に釣られて魔法陣関連に携わることが多いものの、本来は詠唱の専門だ。


「あの、厨二病みたいな詠唱をどこまで弄れば使えなくなるか知りたくて。」


……いや、本来は一言一句変えてはいけない筈だよ?


「だって、恥ずかしくない?あの人達、ダンディなオジ様も、ザ・筋肉!みたいな奴も、皆あの長ったらしく恥ずかしいだけの詠唱を口ずさむんだよ?……だから、どうにか恥ずかしくない文言に変えられないかを究めたくて、ですね…」


何故に、敬語。


「将来的には無詠唱で発動したら良いなぁ、と。その点、魔法陣は描くだけで召喚できるし、組み合わせによれば詠唱に応用できるかな、と思ってね。」


確かに、詠唱は中々に転生してきた者達にとっては高いハードルになる。その耐性がある人なら何のことはないが、転生前にある程度の年齢まで生きた記憶のある人にとっては、羞恥心と常に戦わなくてはならない。


そう、主に精神面のハードルが、高い。とはいえ、あのザリオ様でも、無詠唱で発動とはいかないのだから、詠唱と言うのは大切なものだと理解はしている。だから、これは一種の我儘でしかない。


私は特に意識していなかったのだが、そう言われてしまうと、どうにも気になってしまう。クネさんと言う、ダンディなオジ様魔術師は、詠唱を得意として戦うのだが、彼は現代でいう声優さん並みの良い声で詠唱するから凄くかっこいい。だけど、その真似をしようとすると、やはり恥ずかしさが勝ってしまう。


逆に恥ずかしくないのは、なんだ、と考えて、頭に浮かんだのは。


「お経みたいに、唱えれば良いんじゃない?あれも、ある意味詠唱みたいなものだし、独特な節はあるけれど、あれはあまり恥ずかしいとか思わないじゃない?」


「まあ、それはそうだけど、正直どんな感じだったか、覚えてないわ。日常的にあまり会わないじゃない?お坊さんって。それこそ私がもう少し歳を取っていたら、何度も聞く機会はあったと思うけれど。」


ヤンくんは、そう言えば前世は若くで亡くなったのだった。


私と似たようなもの、と思ってはいたけれど、そこの差は少し関係しているかもしれない。まあ、ただ単にウチが早死の家系ということもあったのかもしれないけれど。


お経が難しいなら、歌とか?厨二病と思うと恥ずかしいから、節を変えてしまうとか?区切る位置を変えてしまうとかね。文言が同じなら術自体に問題はない筈だし。


「でも、詠唱を、弄ることについてはあまり良い顔をされていないから、それぐらいならゆるしてもらえるかもしれない。」


ヤンくん曰く、魔術師の中には詠唱第一主義のような人達もいて、その人達からは目の敵にされているそう。


「詠唱こそが魔術、とか言い始めてるから。彼らにとっては、魔法陣関連も、邪道なんだろうね。」


それを否定すると、ザリオ様の立場がないような気がするのだが。だってあの人、第一人者でしょ。魔法陣に特化した魔術師の頂点だよ。


「ザリオ様は、魔法陣ばかりではないよ。それ以外にも凄いから魔術師の長なんだよ。もしかして、知らなかった?」


ヤンくんからは少し呆れたような顔をされた。その顔を見るのは久しぶりだ。


そう言われてみれば、私は昔から興味のあること以外には無関心すぎて、周りに呆れられることが多かった。


「ザリオ様の書かれた本は、魔法陣ばかりじゃないからさ。今のが読み終わったらいくつか貸してあげる。魔法陣に応用することができるかもしれないし、面白いと思うよ。」


ヤンくんは呆れながらも優しい。


私は前世の無念を引きずりすぎて周りが見えなくなっていたことを少しだけ反省した。

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どうしてもネイリストになりたいので魔術師を目指します mios @mios

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