第19話 人体実験
人体実験と言うと、聞こえは悪いが危ないことはしないつもりだ。だって、私のミシェルに何かあったら大変だから。
かと言って、これを疎かにしてしまうことも、私がネイリストになる、と言う念願を成就することを放棄することになるので、しない。
魔力の全くない人が魔法陣にならないものを施された時にどんな反応を返すか、という実験だからだ。
これまで危険を考慮して、魔法陣は魔力制御ができる魔術師に限られた扱いだった。それを単なるおしゃれとして、扱えるかどうかの、実験だ。
ここをパスできなければ、私の夢は、絶たれてしまう。
ミシェルは緊張して、顔は強張っていたが、私が目線を合わせて話しかけると真剣に話を聞いた上で、協力してくれた。
私は体に少しでも異変があれば、ちゃんと申告することを約束させ、取り掛かる。
毎日の手入れによって、ミシェルの手は血行も良くなり、ツヤツヤしている。今一番魔力を通しにくいとされている色は、パステルカラーで、試しに塗って見ることにする。
どの色が好きか聞くと、黄色を選んだのでそれを施す。剥がすのは簡単なので、まずつけてみる。
観察するに、特に変化はない。
「ミシェル、気持ち悪いとか、ない?」
ミシェルは爪を見たまま固まっている。
「ミシェル?」
ミシェルは、顔を上げ、私に言った。
「きれいです。」
「うん。ミシェルによく似合ってる。」
ミシェルの大きな瞳から涙がポタポタ落ちた。
「ミシェル?どこか痛いの?」
ミシェルはブンブンと首を横に振る。
「いえ、少し思い出したことがあって。ひどく懐かしい記憶を。」
そう言ったきり、ハラハラと泣き続ける。ミシェルの頭を撫でると、ミシェルはまた泣いた。
涙が収まると、実験の続きをした。黄色を取り、違う色を何回か施したが、彼女の体には何の異変も感じ取ることができない。
ミシェルはもう泣かなかったが、思い詰めたような顔をしていた。力になりたいと思ったが、ミシェルから話してくれるのを待つことにした。私はミシェルは罪の内容は知らないが冤罪だと勝手に思ってるので、頼られたらちゃんと守るつもり。でも、こちらがやりたくても、ありがた迷惑と言う可能性もある。
本人から助けを求めてもらわないと、動けない。ミシェルの心の傷を安易に広げない為にも。
その後、他にも色を塗ってみたけれど、体に変化はないようで、とりあえず一安心。亀の歩みかもしれないが、大変大きな一歩を踏み出せたと思う。
長時間様子を見ようと一つの指にだけ、色をつけたままにしているが、大丈夫そうだ。
私がこの世界でネイリストになった暁には、ミシェルに第一号のお客様になって貰おう。勿論、お代は日頃のお世話で先に払って貰っているから不要だ。
ミシェルの爪だけでなくて、他にも綺麗にしてあげたいけれど、仕事に関係ないことは嫌がられそうだ。
磨けば光るのに、勿体無いと思うけど、ミシェル自身が必要としていないなら、余計なことになってしまう。そして、多分ミシェルは、断ったことを気にしてしまう、優しい子だから、彼女のために、強引なことはしないと誓った。
困らせたいのではない。
夜になっても、ミシェルの身には特に何も起こらない。レポートを作成している私の背後で起きているので、振り返って言った。
「もう、寝ていいよ。」
ミシェルの部屋を借りているため、落ち着かせなくて申し訳ない。
ベッドに入ろうともしないから、手を繋いで、ベッドに寝かせて、子守唄を歌ってあげる。ルイが小さい時に聞いていた、この世界の子守唄。
ミシェルは、ふふ、と笑ってそのあと、少し考えるような難しい顔をしたあと、目を瞑って寝入った。
すうすうと、寝息が聞こえると、レポートの作成に戻る。
寝顔はやはりあどけなく、可愛らしい。自分と変わらない歳の子の人生に何があって、そんな身分になってしまったのか、知りたいと思うのと、同時に幼い自分が知ったとして、何ができるか、考える。
でもわからない。
力になりたいのに、人生はままならないものだ。
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