第18話 私のもの

除去魔法について、ザリオ様が組み立てた魔法式はチームに公表され、共有された。


私が関わったことは特に言わなかったのだが、何人かはすでに知っていて、感心された。


少しして、ザリオ様に呼ばれた。今度はなんだろうと、上司の好奇心に戸惑いながら、扉を開けると、そこに、小さな女の子がいた。


私の研究を手伝ってくれると言う。私はルイぐらいにしか見えない、その女の子に、挨拶をした。


「はじめまして。ルイです。よろしくね。」


私が差し出した手を不思議そうに、見つめて、「よろしくお願いします。」と消え入りそうな声で返事する。


緊張しているようだ。


私はそんなに気には留めず、ザリオ様に向き直る。ザリオ様は、爽やかな顔を惜しげもなくさらして、笑顔になった。


「彼女は、君付きにするから、よく面倒を見るんだよ。」


ああ、私の…ん?

どう言うこと?


「あ、あの、僕付きってどう言うことですか?」


「君専用の使用人、と言う意味だ。彼女の住まいは研究所内にあるから、家までは無理だが研究に関わることなら、彼女を使えば良い。助手みたいなものだよ。」


えー、そう、ですか。でも、私見習いなのですが、見習いの助手っておかしくないですか?


と、言ったところで、ザリオ様の考えが変わるわけもないのでありがたく頂戴しておく。


彼女にもう一度向き合うと、少しでも緊張が解れるといい、と思いながら、ニッコリと笑う。


「君の名前を教えてくれる?」


彼女の緊張が解れたのかはわからないけれど、酷く小さな声で「ミシェルと申します。」と聞こえた。


「ミシェル、よろしくね。」


うん、まあ、少しずつ、慣れていってもらおう。ミシェルは、話しかけると、答えてはくれるが、とても大人しい女の子だった。平民だから貴族のルイに対して、怯えたような態度なのか、と安易に考えていた。


それが、全く別のものだと知ったのは、彼女との契約書にサインしろ、と言われた時だ。使用人と同じように、雇用主との契約を交わすのだと思っていたのだが。


雇用は雇用でも、奴隷契約、だった。この国には、奴隷は存在しない。しかし、それが大罪を犯した者の場合、刑の一つとして、奴隷と言うものがある。


話によると、奴隷になるだけの大罪を犯した者が、研究所と契約することはあるらしい。今回のように、個人と契約することは稀だが、研究所内で保護される奴隷と言うのは、奴隷の中ではとても好待遇らしい。


三食、住まい付で、少しのお金も貰える。所内ではあるが、買い物したり、研究に必要な勉強も教えて貰えることもある。


異世界に転生したのだから、これまでにも日本の時と違うことはあったが、今まではそんなに困ることではなかったから、見逃していたけれど、今更ながら、ここは異世界だと、思い知らされた。


奴隷契約ってあるんだ。


え、こんな小さい女の子が?大罪人なの?


え、何かの間違いなんじゃ?


頭の中では絶賛大混乱中で。奴隷契約中は、勿論、契約した主人の指示なしでは、彼女が個人的に何かしたりはないのだが、私は彼女を見て、怖いとか、そう言う感情は一切ない。今だって怯えた顔をする彼女に可哀想とか思うべきなのかもしれない。


私は自分で思っているより、性格に欠陥でもあるのだろうか。奴隷と言うパワーワードに心を動かされてはいるが、彼女に一番に思うことは、彼女の爪をきれいにしたい、ということだけだ。


私の研究に関わるから、とまずはハンドケアを義務付けよう。傷は、できるだけ治してしまおう。あと、足も爪のケアを施してあげたい。漸く見つけた家族以外の、女の子なのだ。可愛がって何が悪い。


私は異世界で、愛でられるばかりではなく、自分が愛でることのできる存在を手に入れた。はじめこそ、抵抗しようとしていた彼女も、当たり前だが、抵抗できないとなると大人しく受け入れた。


よく前世でも、どれだけ疲れていても、指先が綺麗にしてあるだけで、心に余裕が生まれて、もう少し頑張れることがある、とお客様も言っていたし。


同じように、ミシェルにも、少し楽に生きてほしかった。少しずつ自分を取り戻して欲しかった。


研究所内で作られているハンドクリームの試作品を彼女に使う。今までのハンドクリームは、匂いがキツいか、全くないかだったのを、匂いをまろやかに変えたものを作ったのだった。


リラックス効果があるはずだ。


試作品と言っても、ほぼ完成品なのだが、それだとミシェルが使いたがらないので、試作品と言い続けている。


ミシェルはしっかりしているように見えて、ぼんやりしている所が多く、だからこそ、冤罪を受け入れてしまったのではないか、と彼女の犯した罪の内容も知らずに思っていた。


彼女は、ハンドクリームを毎日つけて、教えた通りにハンドマッサージをし、毎日手を労った。ある程度出来たら、足も同じようにケアして貰った。


下準備が終われば、いよいよ人体実験である。ミシェルは魔力がなかった。


大罪人だから魔力を封じられているのかと思ったら違うらしい。元々ないのだと、話してくれた。ミシェルは、私についているうちに、顔色が改善した気がする。


ハンドマッサージで、リンパの流れが良くなった、とかそう言うことなのだろうか。


顔色が良くなったミシェルは、可愛くてすっかり私の癒しになった。ルイの妹のアデルのように、きっと大きくなったら、綺麗になるだろう。

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