体育祭の朝!


 次の日、私は寝坊することなく電車に乗ることができました。そのことをメッセージアプリで伝えると、すぐに既読がついて、猫のスタンプが返ってきます。私もお揃いの猫のスタンプで応答します。

 亀池駅でみゆきちゃんと合流し、朝の澄んだ空気を吸いながら彼女と公園を歩きました。そして彼女の家に行き、彼女のお母さんに挨拶をしてお弁当づくりを始めました。

 彼女のお母さんを見て、私はみゆきちゃんはお母さん似かなと思いました。顔の形や目つきが似ていて、全体的な雰囲気も共通点が多くありました。ですが性格は少し違っていて、話し方も違っていました。みゆきちゃんがいつか「私の親は良くも悪くも放任主義なの」と言っていたのを思い出しました。彼女は何だかとても仕事ができそうで、でもそれをひけらかすこともしなさそうな、余裕を感じさせる大人な雰囲気を纏っていました。

 お弁当づくりを始める前に、みゆきちゃんは私に見るからに美味しそうな牛肉を見せました。彼女はこれをフードプロセッサーにかけて挽肉にするのだと言いました。挽肉は家で作れるものだとは知らなかったので私はとても感動しました。彼女はこのほうが美味しくできるのよと鼻を高くして言いました。そのようにして私たちのハンバーグ作りは始まりました。

「こだまは玉ねぎのみじん切りをお願い」

「はぁい了解かしこまりました理解」

 しばらくしてみじん切りを終えた私が涙目になって彼女の方を見ます。

「うう、朝から涙が止まらないよ、みゆきちゃん」

「冷静に考えると、フードプロセッサを使えばよかったわね」

「確かに……。でも、これで私もみじん切りができることが証明できたよね」

「そうね。認めるわ」

 彼女の料理の手際はとてもよく、それは私が台所に立っても変わりませんでした。彼女は全体的な料理の進行を完全に把握していて、作業の進捗を見ながら私に仕事を割り振りました。そのおかげで私は与えられた仕事だけに集中することができました。

 ハンバーグを成形する段になって、私は今更ながらあることに気がつきました。

「みゆきちゃん、このお肉高くなかった? 私が今持ってるお金じゃ足りないかもしれない」

「……お金? ああ、牛肉にかかったお金のことなら、別にいいわよ」

「ええ、でもそういうわけにはいかないでしょ」

「本当にいいのよ。これは私の趣味のようなものだから」

「でも、でも……」と私は粘り、結局スーパーの牛肉の値段換算で支払うことで決着がつきました。

「私はそれ以上はもらえないわ。こだまに内緒で買ったのだし」

 彼女がハンバーグを焼いている間、私は他のおかずをお弁当箱に詰めていました。他のおかずのうちのいくつかは前日の夜に彼女が作ったものであり、そこで私は改めて彼女の手際の良さを知りました。そしてハンバーグの美味しそうな匂いが漂い始めました。

「ハアンバアグ……」

「あ。ハンバーグ星人は制服に匂いがつくといけないから、離れていたほうがいいと思うわ」

「ハンハンハンバアグバアグバグハンハン(こんなに美味しそうなハンバーグの匂いならついても構わないよ)」

 当然伝わるはずもなく、彼女はクスクスと笑いました。

「まったく、ハンバーグ星人の文法はどうなっているのかしら」

 彼女がハンバーグをひっくり返し、私もあらかたお弁当を詰め終えた時、みゆきちゃんのお母さんがリビングにやってきました。

「あらあら美味しそう。ねえ、母さんの分はあるの?」

「まあ、多めに作ってあるから、いくつかは余ると思う」とみゆきちゃんが答えると、彼女は嬉しそうに微笑みました。そしてソファに座ってテレビをつけました。テレビでは天気予報をやっていて、今日は全国的に秋晴れとなるでしょう、と気象予報士が言っているのが聞こえました。その様子を見て「普段はテレビなんて見ないのよ」と彼女は小さな声でつぶやきました。

 ハンバーグが焼き終わると彼女はそのフライパンで野菜を炒め、ケチャップとソースを入れてハンバーグのソースを作りました。私は程よい温度になったご飯でおにぎりを握り、美味しくかわいいおにぎり作りを模索しました。時刻は七時を回り、お弁当作りは締めの段階に入りました。

「はい、こだま。味見してみて」

 私が振り向くと彼女はお皿にハンバーグを一つのせ、箸で一口分にして待機していました。私はソファの方をちらりと見てから口を開けると、彼女はハンバーグを箸で運び口の中に入れました。

「どう?」

 噛んだ瞬間、私はこれはとても美味しいハンバーグであると確信しました。噛むほどに肉汁が溢れ、適度な歯ごたえがあり、ソースとの相性も抜群でした。みゆきちゃんが選び、私が刻んだ玉ねぎもいい味を出しています。私は天にのぼるような気持ちになってしばらく言葉を失っていました。これは私の知る限りでの最高のハンバーグだったのです。

「とっても美味しい」

 私がそういうと彼女は少し顔を赤くして「それならよかった」と言いました。

「信じられないくらい美味しいよ。食べちゃうのがもったいないくらい。ねえみゆきちゃん、もしこの後どこかで私のほっぺたが落ちているのを見つけたら、拾っておいてくれる?」

 彼女はふふ、と笑いました。「もちろんよ。ちゃんと拾って、責任を持って育てるわ」

「返してくれないんだ……」

 それから私も彼女に一口ハンバーグを食べさせてあげました。彼女は顔を赤くしたまま恥ずかしそうに小さな口を開けるので、私は緊張して照準がずれそうになりましたが、なんとか彼女の口の中に収めることに成功しました。彼女はよく味わって食べてから「うん、美味しい」と言いました。彼女にとっても納得の出来だったようです。

 そうして私たちはお弁当を完成させました。時間は結構経っていて、私たちは急いでお弁当の箱を包んだり、水筒のお茶を用意したりしました。みゆきちゃんはまだ朝食を食べていないらしく、「こだまも一緒に食べる?」と聞きました。朝食はビスケットを一枚食べただけでした。みゆきちゃんのお母さんもぜひというので、ありがたくいただくことにしました。

 三人でテーブルを囲み、朝食をとりながら、私はみゆきちゃんのお母さんとお話をしました。内容はもちろんみゆきちゃんのこと。私は学校での彼女の様子や、よく勉強を教えてもらっていることなどを話しました。彼女はしきりに頷き、時々嬉しそうに笑いました。私は初対面の人と話すのは苦手なのですが、話題がみゆきちゃんのことだったので、不思議と自然に話すことができました。当のみゆきちゃんは気恥ずかしいのか、時計の針が早く進むことを願っているようでした。

 朝食を食べ終えるとみゆきちゃんは準備をすると言ってそそくさとリビングを出て行きました。その少し後にみゆきちゃんのお母さんも食べ終わり、私は食べるペースが遅くて申し訳ないと思いながら小さなハンバーグを大事に食べていました。彼女は食べ終わっても座ったまま動かず、私の食べる様子を興味深そうに見つめました。私は「彼女」の母親に見つめられていると思うだけでとても緊張しましたが、彼女はしばらくすると優しく微笑んで席を立ちました。そして「私もこれくらいはしなくちゃね」と言い、私たちの使った調理器具を洗い始めました。とはいえ、半分くらいはみゆきちゃんと私で調理の合間を見て洗っていました。やはり彼女は要領がいいです。

 みゆきちゃんの支度が終わり、私の支度も終わると私たちは学校に向けて出発しました。玄関にいるとみゆきちゃんのお父さんが眠そうな顔で起きてきて、私を見て驚いたのか目を丸くして、リビングから漂うハンバーグの匂いを嗅いで「ハンバーグか」とつぶやきました。私は改めてみゆきちゃんの両親にお礼を言い、二人で一緒に登校しました。


「まだこれから体育大会があるんだね。私はもう一日の半分は終えた気分だよ」

「何言ってるの、こだま。まだまだこれからじゃない」と彼女は元気に言いました。

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みゆきとこだま かめにーーと @kameneeet

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