一枚上手
ねえみゆきちゃん、と私は彼女の名前を呼びます。
「話、聞いてくれてありがとね」
「いいのよ。というか、私から聞き出したのよ。礼なんていらないわ」
「えへへ、ありがと」
「もう、礼はいらないって言ったでしょう。人の話はちゃんと聞きなさい」
「はあい……了解かしこまりました理解」
「そうよ。やればできるじゃない」と彼女は満足げに言いました。
「みゆきちゃん、実はこの返事の仕方結構好き?」
「……ええ、まあ、結構好きよ。だからこれからも使ってちょうだい」
少し考えてから「うん、わかった」と私が言うと彼女はなんとも悔しそうな顔を浮かべました。それがおもしろくて、私はクスクスと笑ってしまいます。
駅が見えたところで私はもう一度彼女の名前を呼びました。
「嫌な話もして、ごめんね」
彼女は静かに私の顔を見て「構わないわ」と言いました。
「みゆきちゃんのあまり考えたくないことだったかもしれない」
「だからそのことはいいの」
そして彼女は静かに言いました。
「……人は死が頭をよぎったとき、生きる意味を考えるものよ」
いくつもの死線をくぐった兵士のような彼女の声をしみじみと聞いていると、ややあって、
「……いや、今のは冗談だから」
と言いました。
「え? 冗談なの?」
「ええ、だから忘れて頂戴」
「えっと、人は死が頭をよぎると……」
「繰り返さなくていい」
「でも何か、いいこと言っていたような……」
「言ったあと、恥ずかしくなってきたから」
「え、でも……」
「と、に、か、く」
と言って急に立ち止まったみゆきちゃん。
「ちゃんと駅まで送り届けたんだから、明日寝坊したら承知しないわ」
「わ、そんな」
「わ、そんな、じゃありません」
そう言って彼女は向き直ります。そして手を繋いでいないほうの右手で私の左頬を、円状になぞるようにして触り、微笑みました。
「明日はちゃんと早起きすること。いい?」
「……うん」
息が詰まるような距離感で私はかろうじて返事をします。
「ちなみにね」
「ん……」
「私、こだまが悩んでることに気づいてたって言ったでしょ」
「うん」
「あれ、嘘よ」
「……え」
「ふふ。どうやら私たち勝手に悩んですれ違う傾向にあるみたいだから、カマかけてみたの」
「……え!」
「私もまさか本当に悩んでるとは、思わなかったわ。何事も聞いてみるものね」
満足げに微笑むみゆきちゃん。少しいたずらっぽく笑う彼女の表情が、実は私は結構好きなのです。私は彼女の策に溺れつつも、みゆきちゃんのその表情をじっくりと楽しむ術を心得ています。
「……じゃあ、半年いつも見てたからってのは……」
「人が悩んでるかどうかなんて、半年見たくらいじゃわからないわよ」
「そうなんだ……あれ、結構嬉しかったのに……」
「それは残念ね。人の気持ちが簡単にわかったら苦労しないわ」
人の気持ちは簡単にわからない、と言いながらもみゆきちゃんはどこか少し嬉しそうに見えます。
「むう……。でもそう言うみゆきちゃんも、何か悩んでるね?」
「ええ」
「……え、そうなの?」
私の下手なカマかけに引っかかって逆に困惑します。彼女は急に真剣な顔になって、
「……こだまが帰っちゃうのが、本当は寂しい」
「……な」
「一人であの家に帰るのが、本当は寂しい。…………とか言っちゃうと、こだまが困るだろうなっていうことがわかるから、悩ましいわ」
苦笑を浮かべるみゆきちゃん。そんな彼女に対して私ができること。
私は繋がれた右手をほどき、彼女をぎゅっと抱きしめました。コート越しにぬくぬくと暖かく、それは離れがたい寂しさを表しているように思われましたが、
「……明日、朝一番でいくね」と私が言うと、
「……うん。……迎えに行くから」と彼女も返します。
私は今一度みゆきちゃんを見つめてから、「じゃあね、また明日」と言いました。みゆきちゃんは静かに頷きます。
私が身体を離し、いつものように手を振ると彼女もいつものように胸のあたりで小さく手を振りました。彼女はしばらくその場に立ち止まり、私が駅構内に入ったところでようやく踵を返しました。
みゆきとこだま かめにーーと @kameneeet
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