第2話 再会

「ともかく、状況を整理しましょう。」


 ドンっという効果音がなりそうな、リーズウェルの言葉に少し冷静になれた気がする。


「一つ、城での転移魔法は何らかの原因で失敗して人間の領土へ転移された。

 二つ、転移された際にデーモンである魔王様とスケルトンである私は人間種に転生された。

 三つ、先ほど試してみたのですが、以前の姿と変わりなく魔法及びスキルが使用できる。

 四つ、向こうにある掲示板をスキル"鷹の目"で見たのですが、ここはアウラッツと言う都市の様です。記憶が正しければ王国の南方の商業都市の様です。」


 リーズウェルが冷静に淡々と状況整理を行う。


「ふむ、一つ目だが、転移魔法をした時、魔方陣の下から別の魔方陣が出てきた。見たことが無い魔方陣だったし、描かれていた文字は古代語だったと思う。

 二つ目はそこの読み取れなかった古代語での魔法だろうな。種族ごと変化させる魔法なんか聞いたことないな…。」


「では事故ではなく嵌められた可能性がありますね。」


「十中八九そうだろうな。」


 俺は溜息をつきながら答えた。


「三つ目はリーズウェルが使用して使えているから、この姿と前の姿の身体能力は変わらないって事だろうな。四つ目は、不幸としか思えないな。王国南部と冥界までかなり距離があるぞ。」


 俺はまた大きな溜息をついて、疑問になっていた事を確認した。


「ただ、わからないのは俺の服装と持ち物だ。」


 俺は改めて自分の姿を確認する。

 ごく普通の人間の服装。ポーチ。そして腰にかかる妙な剣の存在。


「嵌めるはずなら、何でこんな用意がいいんだ?」


 俺は剣を抜刀してみる。

 そこには刃こぼれ1つもない、見事まで美しく白く光る剣があった。


「これは…凄い神聖武器ですね。」


 リーズウェルがごくりと唾をのむ。

 それほどまでに珍しいマジックアイテムという事を物語る。


「……。いたたたたたた!」


 俺は剣を持つ手が段々と刺すような痛みを感じた。

 その痛みは剣を持っていられないくらいで、思わず地面に剣を落としてしまった。


「え、なにこれ!めちゃくちゃ痛いんだけど!」


「失礼します。」


 リーズウェルは屈んで地面に落ちている剣に手を伸ばし、剣に手が届く前に俺の方へ顔を向けた。


「二つ目を訂正します。我々は人間種になったようですが、根本的な種族は冥界の種族のようです。神聖系が元々弱点である我々ですので魔王様の手の痛みも剣から漏れ出す神聖系のオーラが原因かと。」


 最悪だ。人類が我々冥界に対抗する手段が神聖系魔法やマジックアイテムだ。

 こちらの世界では冥界とは比べ物にならないくらい神聖系魔法も発達しているし、活発に使用されている。

 つまり、どこにいてもいつ何時神聖系魔法を浴びてしまうのか分からない状態だ。


「これは、冥界にたどり着く前に浄化して溶けてしまうな…。」


 俺は落ちている剣をそっと持ち上げ、すぐに鞘に閉まった。


「できる限り避けるしかありませんね。当面は冥界に向かって進みましょうか?」


「ああ、でもまず人間の振りをして情報収集が先か。」


「御意。」


 と言いながら、リーズウェルは俺の方へ手を差し出す?


「え、なに?」


 嫌な予感がして俺は一歩後ろに下がる。


「お金下さい。メイド服じゃ何かと目立つので服を調達してきます。道中情報収集もしてきますので。」


「お、おう!金か!」


 俺は体中を弄ると、ポーチの中に30枚程度金貨が入った袋があった。


「あ、あった。すげー準備いいな。」


 っとその瞬間、袋は光の速さでリーズウェルに奪われた。


「魔王様がお持ちになると、ろくな使い方をしなさそうなので財政管理は私が行います。」


「えー!そんな!!」


 嘆く俺を無視してリーズウェルは背を向けて大通りの方へ向かう。


「魔王様はこちらでお待ちください。1刻しない程度で戻りますので。」


 そう言い残し立ち去っていくリーズウェルの後ろ姿は、気持ちスキップしているように見えた。


 ……

 …


 遅い。1刻しないうちに戻ると言ったリーズウェルが全く戻ってこないのだ。

 流石に、ずっと路地裏の石畳みに座っているのも、ケツが痛くなってくる。


「ちょーっと向こうの通り見てくるか。少し離れてもリーズウェルは追跡スキル持ってるから大丈夫だろ。」


 そう言って路地裏から面した広い通りに出た瞬間、

 横から誰かにぶつかられた。


 俺は体勢が少し崩れたくらいだったが、ぶつかってきた人間は尻餅をつきそうな倒れ方をしていた。


「危ない!」


 俺はとっさに手を伸ばし、その人間が倒れる前に支える事が出来た。

 とっさの事だったので、手がその人間の腰に回っている事に一瞬遅れて気づいた。


「っとと、大丈夫か?」


「あ、ご、ごめんなさい!」


 俺は体勢を整えて立っている人間の顔を見て血の気が引いた。


 その人間はついさっきまで自分を殺そうとしてた人物。

 見覚えのある黒色の髪は

 勇者その人であった。


(何で?何で?こいつまで転移で一緒に飛んできちゃったって事?やばい、正体ばれたら殺される!)


「ボク、急いでてちゃんと前を見ていなくて、本当にごめんなさい。」


(早急にここから離脱しないと、首だけどっか飛んでしまうぞ!)


 勇者はモジモジしながら何か言っているが、何を言っているのかは全く頭に入ってこなかった。

 俺は流れ出る汗を感じながら、ゆっくりと後ろを向いて、気配を殺してその場から逃げようとした。


「あ!あの!」


 後ろから制止する勇者の声にビクっと体が反応する。


「い、いきなりこんな事聞くとか変ですけど、お、お、お名前とか伺ってもいいでしょうか?あ、ボクはアイリアっていいます。」


(え、こいつ確認してきたよ!逃げようとした事がバレたか!怪しまれない程度に答えて逃げよう。)


「俺は……ベラド…もとい、ベレスと申します。ぶつかった事はお気になされず。では」


 俺は振り向かず、足早にその場から離れた。


「あ…。ベレスさん…か…。」


 聞こえない程度の大きさでに勇者アイリアが呟いた。



 俺は早歩きから駆け足、そして全速力で勇者から逃げた。


「なんでこんな目に合うんだよー!死ぬかと思ったー!」


 街中を走りながらリーズウェルと早く合流する手段を考えていると、丁度見覚えのある様で見覚えのない女性が宿屋らしき建物から出てきた。


「おお!リーズウェル!グッドタイミング!!」


 俺は急ブレーキかけて地面を滑りながらリーズウェルに指を指した。


「何ですか?藪から棒に。埃を立ててほしくないのですが。」


 物凄く冷めた目で見られている様に感じたが、構わずさっき遭遇したアクシデントの事を話そうとした。


「待ってください。街中ですし、大きい声で余計な事を言ってしまいますと収集つかなくなる可能性もあります。今日はもう日が暮れそうですし、ここの宿を取っていますので中で話をしましょう。」


 リーズウェルの制止に今自分がどれだけ焦っていたのかを認識させられた。


「分かった。ありがとう。リーズウェル。」


「いえ、迎えに行こうとしていた所で、面倒くさ…、おっと、わざわざ来ていただいたので手間が省けました。有難うございます。」


「何か余計な言葉が聞こえたんですけど…。」


 俺の言葉を無視するようにリーズウェルは宿屋に戻っていったので俺もついて行く。


 宿屋の中は1階は酒屋、2階は宿泊部屋という作りで、人間種の宿屋としてはごくごく普通の宿屋だった。

 部屋に行くものと思っていたが、リーズウェルはドカッと酒屋のテーブルに座った。


「えっと、どうしたんですか?リーズウェルさん?」


「100年ぶりに空腹を思い出しました。早い話、お腹がすきました。人間種になったせいでしょうね。」


 俺はゆっくりとリーズウェルの対面に座る。


「それで、何があったのですか?」


 俺はつい先ほどまで城で一緒にいたはずの勇者と出会った事の顛末を伝えた。


 ………

 ……


「なるほど、そうすると勇者だけではなく、あの場にいた一行も全員こちらに飛ばされた可能性がありますね。気になるのは我々は種族まで変化しましたが、勇者はそのまま人間種だったのでしょう?魔方陣の中にいた者だけ影響するのでしょうかね。」


 リーズウェルはパンをかじりながら話す。


「まぁ、種族の話はともかく、ここにいちゃヤバいだろ?勇者と対面したさっきは本当に生きた心地しなかったぜ?さっさと逃げた方がいいんじゃないか?」


「結構広い街ですし、一晩くらいなら会わずに済みそうでしょう。」


 楽観的なリーズウェルの返答があった時、俺の背中で宿屋の扉が開く音がする。


「いやー、とんでもない目にあったなあ。」


「で、何でこの緊急事態にアンタはずっとニヤニヤしてんだよ。」


「ににに、ニヤニヤなんかしてない!してない!」


「今日は取りあえず酒飲んで明日考えよー!」


 新たに来た客が話しながら入ってきた。


 一瞬、背中で感じた客のせいで言葉が止まってしまったが、俺は気にせず会話を続ける。


「いやいや、お前はすぐそばにいなかったからそんな冷静でいられるんだよ。俺はあいつが心底怖かったよ。顔とかもう冥界のどの種族の顔よりも怖かったぜ。」


 俺はそう言うと安っぽい葡萄酒をグッと飲んだ


「そうですか、その恐ろしい顔とはあんな感じの顔だったのでしょうか?」


「ん?」


 リーズウェルは俺の後ろに指を指したので、俺はその指を指す方向を確認するために振り向いた。

 俺と10mくらい離れたくらいの場所で黒髪の女性が仲間と一緒に葡萄酒を飲んでいた。


「おー、そうそうあんな感じあんな感じ。」


 俺はそう言うとまた葡萄酒を飲んだ。がしかし一瞬遅れて口から葡萄酒を零しながら言った。


「うん……。っていうか本人じゃん?」


「やっぱりそうでしたか。」


 リーズウェルはシチューを飲みながら、冷静に、というより半ば諦め気味に言った。


 俺は頭をかつてない程フル回転させて、バレずにこの場から立ち去る方法を考えていた。

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聖職系な元魔王殿 @ponkichiT

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