なんでもない日々 2/2
「全然終わんないんだけど。こんなにレポート出すとか教授に人の心はないんじゃない? あー、もー!」
夏休みを獲得してはや二日。十畳ほどの俺の部屋に幼馴染の悲鳴が響く。
曰く、単位をかけた期末レポートをしっかりと手元で寝かせていたらしく、提出期限まで残すところ十何時間だとか。
「一昨日の夜、飲まないで俺と一緒に片付ければ良かっただろ。っていうか、そんなにヤバいなら来るなよ」
「いや、ここに来れば手伝ってくれると思って」
「いや、学部違うんだし、力になれないだろ」
俺がそう言って、先日の風香の様に冷蔵庫の缶チューハイに手を伸ばそうとすると、その手をがっしりと摑まれる。
「四年で卒業できなくなってもいいの?」
「五年目の大学生することになるのは俺じゃないんだよなぁ」
「あんたの可愛い可愛い幼馴染がピンチなのよ」
「自分で言っちゃうのかよ」
いや、まあ、否定はしないけれども。
風香に甘い自分に呆れるようにため息をついて、冷蔵庫の扉を閉める。
「まあ、専門科目は無理だが、一般教養系なら協力してやるよ」
「さすが、コウ。やっぱり持つべきは幼馴染ね」
「毎年の恒例行事にするのはやめてほしいんだよなぁ」
そんな軽口と共に、プリンターに資料を吐き出させて、パソコンを立ち上げる。
「そう言いつつも、毎年手伝ってくれるよね」
「じゃあ、今年は手伝わない方がいいか?」
「男に二言はないでしょ」
「あとでなんか奢ってくれよ」
「それも毎年聞いてる。今年もかき氷でいい?」
その言葉に思わず笑いがこぼれる。
確か、最初は小学校2年生の夏休みだったはず。
夏休みの暮れにある地元の納涼祭の前日に、俺の部屋に真っ白な宿題を持ってやってきた風香。宿題に手を付けてなかったことがバレたらしく、終わらなければお祭りには行かせないと言われて、泣きついてきた。
お祭りのかき氷で手を打ってやるなんて言って、二人でボロボロになりながら、ワークを片付けたんだっけか。
それ以来、祭りのかき氷一杯で、期日ギリギリのなにかを手伝わされている。
「祭りやるのか? 去年は中止になったけど」
「今年も中止だってさ。かき氷は来年にお預けね」
去年と一言一句たがわぬ言葉にさようですか、と返してキーボードを叩く。
失われた日常が取り戻され、二年分のかき氷が支払われるのはいつになるのか。その時になっても、彼女はこうして隣にいるのか。
余計なことを考え出した頭が止まれなくなる前に、また小難しい哲学の資料をへと目を通す。
* * *
小さなローテーブルの向こうで印刷した資料を睨みつつ、キーボードを叩く彼のことが気になりだしたのはいつからだろう。
小さい頃から変わらず文句ばかり出てくる口。文句の後に決まって出てくるしょうがないなぁに私は何度救われたことか。
好きなところを挙げろと言われたら、一つしかないクッションを私に貸して、自分は床に座っちゃうような優しさとか、私のわがままに付き合ってくれるところとか、キリがないくらいに沢山ある。
ただ、それと同じくらいに気に食わないところもある。私の事を女として見てないような態度とか、とりあえずめんどくさいって言うところとか、それこそ挙げだしたらキリがない。
高校受験の時と同じように、志望校の話を一切しようとしないコウの受験先をおばさん経由で聞き出して、同じところを受けようとしたのがもう二年以上前の話。コウ君をモノにしなさいと背中を押されて実家を出たはいいものの、想像していた大学生活の舞台となるキャンパスには一度も足を踏み入れないまま、とうとう一年半が過ぎた。
それは、履修登録の最終日に心細さを拭えなくてこの部屋に押しかけてから、それだけ経っているということでもある。
生活様式はあっという間に変わって、それに慣れてきてしまったけれども、私たちの曖昧な関係は、いつ変わってしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、私もキーボードを叩く。
* * *
「終わったー」
そんな言葉と共に机に倒れこむ風香。現在時刻は23時を回ってしばらくといったところ。本当にギリギリだったが、画面には提出済みの文字が映り事なきを得たことが分かる。
「コウも手伝ってくれてありがとね。手伝ってくれなかったら、単位がいくつ犠牲になったことか」
「今度からは計画的に片付けてくれ」
「はいはい。今はそんなことよりも終わったことを祝って飲もうよ」
「まあ、いいけどさ」
資料とパソコンが乗っかっていたローテーブルには、スナック菓子が机の上に広げられ、プチ宴会が始まる。
「じゃあ、夏休みを無事に迎えられたことを祝して、カンパーイ」
「おうって、あれ? 俺の酒は?」
「ごめん、この間飲んだ後、補充してないや。飲みかけだけど飲む?」
口移しでもいいよ、なんて言ってくる風香に思いっきりデコピンを放つ。
俺と風香は付き合っている訳ではない。幼馴染という名の腐れ縁が、本来なら、新しく築かれる人間関係によって切られるはずの縁が、新しい生活様式によって維持されているだけ。
関係を決める一言を口に出せないまま、今日も一緒にいる。
「……はぁ、コンビニ行くか」
「じゃあバニラアイスと甘い缶チューハイで」
「誰のせいでコンビニ行くことになったと思ってんだよ」
悪びれる素振りも見せず、最後の一缶をちびちび飲みながら莫迦な事をいう彼女に再びデコピンを放つ。
「いったぁー。二回もデコピンして、傷ついたらどうすんのさ?」
「質問に質問で返すようで悪いがどうして欲しいんだ?」
「えっ?」
「まあ、そのなんだ、買い取り希望なら買い取らんこともない」
「それって……えっ!?えぇーーぇ!」
「うるせぇ。んじゃ、コンビニ行ってくるから」
「あっ、ちょっと待って。私も行くから」
関係を明確にする言葉は今日も伝えられないまま、深夜の道を歩く。生活様式は変わってもじめっと纏わりつく暑さは変わらないらしい。
俺たちの関係は生活様式のように変わるのか、季節のように変わらないままめぐり続けるのか。
まあ、その結論を出すのは、後ろから聞こえる足音の持ち主との部屋飲みを楽しんでからでも遅くはないか。
なんでもない日々 夜依 @depend_on_night
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