第9話 「小悪魔」「インドア派」「物書き」「プロフェッショナル」「返事はいらない」
「わたしにたましいをささげなさい。」
「え?」
これが僕と彼女の初めての会話だった。
4歳のころ、父親の仕事の都合で今のマンションに引越してきた。僕は友達もおらず、砂場で1人で城を作っていた。
するととてとてと同い年くらいの女の子がやってきてそう言ったのだ。当時流行っていた子供向けの魔女アニメの台詞だったので僕にも聞き覚えがあった。
「えっと、きみはだれ?」
「わたしはあくま。」
「いや、なまえを。」
「あなたがなりたいものはなに?」
会話が繋がっていないような気がしたが、僕は小さいなりに頭を動かした。
「うーん。」
なりたいもの……。戦隊モノのヒーローだろうか。でも僕は仮面ライダーにもなりたい。ポケモンマスターにもなりたい。ああ、そういえばこないだ見たディズニーの王子様もかっこよかった。
「なんでもいいの?」
「言ってみてよ。」
「じゃあ、かっこいい大人になりたい。」
「けーやくせーりつね。」
「え?」
「へんじはいらない。」
彼女は長い黒髪をかきあげてすたすたと歩いて行った。
次の日から僕は彼女、愛理と遊ぶようになった。
小学校に入ると6年間同じクラスだった。
中学に上がって一緒の塾に通った。同じ高校に入った。
そして今、彼女と同じ道を帰っている。
「今日の映画、良かったな。」
「うん!アクションのシーンの画角がこうね!グイーッってきてドンって感じで!」
今日は午前授業だったが、そういう日は陽が暮れるまで一緒に映画をみることにしていた。
「映画を作るのってどういう脳みそしてたらできるんだろうな。絵コンテとか切るんだろうけど二時間分のカメラの動きを考えるなんて全然想像がつかない。」
「いやいや君もたいがいでしょ。高校生作家さん?」
「映像を文字にするのとそれをそのまま映像として出すのはわけがちがうよ。」
僕は気晴らしに隠れて文章を書くという趣味があったのだが、ある日眠れないから一緒に遊べと部屋に突撃してきた(深夜二時)彼女に見つかり(ついでに僕は様々なものに使っているパスワードを彼女に知られていたことに青ざめた)、褒めちぎられ、(気分をよくしてしまったのは否定しない)あれよあれよという間に小説コンテストに投稿され、いつの間にかプロの物書きになってしまっていた。……といっても高校生の間は学業に集中するために二作目を書かないという僕と親と編集さんの間での約束がある。
「謙虚だねえ。まあ知ってたけど。」
これで愛理との付き合いも14年だ。お互いのことはなんでもよく知っている。かわいいもの、特に猫やぬいぐるみが好きなこと、いまでもわりと中二病が強く、ゴスロリの服を隠し持っていることなどだ。
「あ、猫」
塀の上に黒猫がいた。愛理は何度かにゃあ、にゃあと呼びかけ、塀から降りては来たのだが、そっぽを向いて行ってしまった。
「あっ、待て!」
すぐに彼女も追いかけて走りだした。
「やれやれ」
僕は呆れたがすぐにあとを追いかけた。頬の筋肉が緩んでいることに気付き、彼女に見つかる前に押し戻す。次の角を曲がったところに彼女は立っていた。
「うりうり~、捕まえたぞ~!」
愛理の腕の中で放せとばかりに猫が暴れている。いや、どうやったら人間が猫を捕まえられるんだよ。
「ウチのマンション、ペット禁止だろ、放してやれよ」
そう言ったときだった。耳になにか音が入ってきた。脳のどこかが緊急事態だと告げている。なんだ?周囲を見回す。暗い。なにも見えない。いや、違う。もう一度音を思い出す。右から聞こえたはずだ。トラックが来ている。壊れているのか、ライトはついていない。数メートル。運転手は気付いていない。おそらくあと数秒で愛理にぶつかる。
世界がコマ送りになる。何を考えたのか、いや、何も考えていなかった。体を動かしたのは理性ではない。本能だ。僕は体を投げ出していた。愛理に死んでほしくない、その一心だった。それを見た愛理がトラックに気付いた。だが、間に合わない。もう車体が愛理の手に触れようとしている。僕は目を閉じた。
……なにも音がしなかった。
目を開ける。彼女の鼻の先で車が止まっている。
……なにが起こった?
「契約したじゃない。忘れたの?」
「え?」
『わたしにたましいをささげなさい』
『わたしはあくま。』
『けーやくせーりつね。』
「とりあえずそこ、どいた方がいいよ。そんなに長くは止めてられないから。」
愛理に引きずられてその場を動くと、何事もなかったかのようにトラックが走り出した。
「私は悪魔だって説明したじゃない。」
「いやいやいや!なんで最初の一回しか言わないんだよ!」
「聞かれなかったし。」
「そんなこと聞くわけないからねえ!」
しかし先ほどの光景を見てしまったからには認めざるを得ない。先ほどの状況はそうでないと説明がつかない。
「で、さっき車を止めたのはその力なのか?」
愛理はこくりと頷いた。
つまり僕が飛び込まなくても愛理は助かっていたということか?飛び込んだときにできた膝の傷が痛んできた。
「はは、かっこわりい……。」
「いいや、かっこよかったよ。君がかっこよくないと私は力を発揮できなかったもの。」
悪魔の力なんだろ?
「私は悪魔のなかでも位が低いからね。対価がないと力が発揮できないの。」
『じゃあ、かっこいい大人になりたい。』
僕は彼女から見てかっこいい大人になれていたのだろうか。
怒涛の展開に頭がキャパオーバーを起こしていたが、とりあえず落ち着いたので深呼吸をする。ふう。顔を上げる。
「魂を取るんだっけ?」
「ええ。一生一緒にいてもらうから。」
……?……、……。
「え、アレそういう意味だったのか!?」
「返事はいらないわ。選択肢はないもの。」
そう言うと彼女は悪魔らしくにやりと笑った。
僕の彼女は、小悪魔だ。
身内でN題噺をやったときできた作品を掲載する @aquaharuka
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