恋の七

 俺と隆一君、そして佐和子さんの三名は、渋面面の一同に向かって静かに礼をすると、そのまま廊下に出た。 


『有難うございました』廊下に出ると隆一君と佐和子さんが改めて俺に頭を下げる。

『なかなかのもんだったぜ。君があれほどの言葉を口にできるとはな。』

『いえ、僕は本当のことを言ったまでです。それもこれも乾さんと、そして・・・・』


 彼は佐和子さんの手を固く握りしめ、彼女を目を見ながら言った。

『佐和子さんがいてくれたからです』


 佐和子さんはしばらくその手を握って離さなかった。目元をほんのりと染めて恥じらっている。

『ちょっと、待っていて下さる?』

 そう言って彼女は廊下を歩き、どこかに消えたが、二分ほどして戻ってくると、大きな黒いバッグを片手に下げて戻ってきた。


『佐和子さん、それは?』

『私の荷物は既に整理してありましたから、持って出るのはこれだけですの。あと少し残りはありますけど、落ち着き先が決まり次第送らせるように手配は済ませてあります。』

 女の決断と行動力には恐れ入る。俺は改めて感心した。

『どうする?』

 隆一君に訊ねると、彼はきっぱりした口調で答える。

『勿論、僕の家に来て貰います。この間引っ越したばかりで、まだ散らかってますが』そう答えてから、小声で、

『実はもう大分前から二人で決めていたんです』と頭を掻いた。

『そんなことだろうと思った。ま、しっかりな』

 俺は隆一君の肩を叩く。

 彼は頷き、佐和子さんの手からバッグを”僕が持つから”と受け取る。

 俺達三人はそのまま玄関を出ようとした。


 


『お祖母ばあちゃま!』

 ふいに後ろで高い足音と声がした。

 振り返ると五人の子供・・・・上は中学生、下は幼稚園くらいまでが、肩を並べて立っていた。

『貴方たち・・・・・』佐和子さんは思わず声を詰まらせる。

 彼女の孫と、そのイトコたちだ。

『お祖母ばあちゃま、もうここには帰ってこないの?』

 一人が心配そうに言う。

『あのね。お祖母ばあちゃまはこの方の所にお嫁に行くのよ。今はとっても幸せなの。もう逢えないかもしれないけれど、みんな元気でね』

彼女の言葉に孫たちは素直に頷き、

『お父さんやお母さん達が何を言ったか知らないけれど、僕らは皆お祖母ばあちゃまの味方だよ』

『そうよ、だから元気でいなくちゃダメよ。』

『お手紙ちょうだいね』

と、口々に激励の言葉を述べた。

 佐和子さんの目に涙が溢れる。

『有難う、ごめんね。ごめんね・・・・』彼女は膝を折り、孫たちの肩を抱きしめて涙を流した。


『お兄さん、お祖母ばあちゃまを大切にしてあげて下さいね?』

『結婚式をやるなら、僕ら、何があっても行きます。お父さんたちが反対しても!』

 彼らは隆一君に向かって目を輝かせながら言った。

『有難う!いつまでも大切にするよ!』

 隆一君は子供たちの目を見て、しっかりした声で答えた。

 大人たちは下衆な人間ばかりでも、子供たちは捨てたもんじゃないな。俺は思った。


 門から外に出る。

 いつの間にか雨は上がり、空は実にいい天気だ。


 俺は携帯でジョージを呼び出し、迎えに来てくれるように頼んだ。

『何でもいい。ピカピカの新車で頼む』

『あいよ』

 奴は何の文句も言わず、承知してくれた。

『佐和子さん、前言を撤回します』

 電話をかけ終わった後、俺は彼女に言った。

『やっぱりクリフォードはあんな奴でした。コニーの方が立派ですよ』

『まあ・・・・でもメラーズがいてくれたこともお忘れなく』嬉しそうに笑いながら、彼女はそう付け加え、そっと隆一の腕に触れた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ここから先は、余談中の余談だ。どうでもいいことだが、とりあえず記しておく。(読みたくないと思ったら、無視して貰っても構わん)

俺だってたまには読者サーヴィスぐらいはせんとな。


何が起こったかって?

 

 何も起こりゃしない。

 二人は同棲を始め、間もなく役所に婚姻届けを提出し、受理された。

 その間様々な厄介ごとはあったが、粘りと信念で潜り抜けて行ったという。


  半年後の事だ。

 俺のところに披露宴の招待状が舞い込んだ。

 誰の?

 決まってるじゃないか。


 『新郎・椿隆一。

  新婦・佐和子』である。


 俺は本来、依頼人と必要以上に親しくはしないんだが、同期の小野寺一等陸尉からの頼みでもあるからな。出席するしかあるまいよ。

(頼まれると断れない、そんな性格の俺がまた出た)

 

 彼の卒業と就職を待って、式は挙行された。

 おかしかったのは出席者の面子メンツである。


 新郎側は両親兄弟、そして親戚が揃っていたが、新婦側は何と、全員子供ばかりだったことだ。


 上は15歳を頭に孫とそのイトコ、合わせて五人。

『お父さんやお母さん達は上手く誤魔化して来たから大丈夫!』彼らは口を揃えてそう言っていた。

 

 俺の手元に挙式後の写真が二枚ある。

 一枚は新郎新婦二人の、もう一枚は集合写真だ。

 新郎は黒紋付に縞の袴。隆一君、頭の天辺から足の先まで緊張しまくっているのが直ぐに分かる。

 新婦は白無垢の花嫁衣装。そして、式を挙げたホテルの美容師さんの粋な計らいで、彼女は地毛のまま、髪を結い上げたのだ。

 シルバーヘアがこれほどまでに白無垢にマッチするとは思わなかった。

 俺?

 俺はひな壇の一番後ろで借り物の略礼服で相変わらずのポーカーフェイスで写っていたよ。

 集合写真はどうも苦手だ。

(結婚かあ、悪くないか・・・・)

 またちらりとそんなことを考えながら、引き出物を肴にネグラで一杯やった。

”just married!”

 そう呟いて、グラスを上げる。

                                 


                               終わり


*)この物語は全てフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀髪の花嫁 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ