第72話 新しい厄介ごと

 男湯は死屍累々の有様だった。

 僕とアルテミシアのエロ話に触発されて暴挙に出た結果、悪魔たちに撃退された男たちに、ハーゲンが頭を抱えている。

 まるで汚物を見るような目でプカリと浮かんだ仲間と御者を見るアルテミシアさんは戦力にならなかったので、しかたなく僕とハーゲンさんで仲間の二人を運び出すことにした。

 先ほどまでタラリフに半殺しになっていたというのに、元気な連中である。


「というか、嬢ちゃんは先に服を着てこい!」

「いや、服着たら僕重さで潰れますよ?」


 全裸のまま仲間を運ぶ僕を見て、ハーゲンは目を覆う。

 正直言って、この程度の裸体、ミィスの足元にも及ばない。

 ちなみにミィスは筋力不足だから、最初から戦力外である。

 僕が裸のままなのは、無装備特典が無いと大人を運ぶなんてできないからだ。


「それよりみんな重傷を負った直後なんですから、自重してくださいよ」

「シキメ嬢ちゃんに言われるとは思っていなかった」

「悪魔たち、そこのおバカたちは治しておいてね」

「グギィ」


 悪魔たちは一応僧侶系魔法も中位まで使いこなす。

 覗き防止で焼いたからには、治しておかないと禍根を残してしまう。

 悪魔たちはせっかく焼いたのになぜ治すのかと少し不満そうにしていたが、召喚主の僕には逆らえないため、渋々回復魔法を飛ばしていた。

 それからきちんと衣服を整えていると、ハーゲンは今日の移動を断念していた。

 回復魔法で治した直後はそうでも無かったようだが、温泉に浸かった途端に疲労が噴出してしまったのだろう。


「とりあえず今日はもう移動は無理っぽいから、ここで夜営するぞ」

「りょーかーい。ミィス、テントの用意だ」

「はぁい」


 馬とロバのイーゼルも温泉で温まっていたので、これから働かせるのは酷というものだろう。

 それに僕も、別の仕事が存在していた。


「エルトンさん、馬車の状態はどうです」

「よくありませんね。あの爆発をもろに浴びてしまいましたから。横倒しになったおかげで破壊は免れましたが……」

「修理は必要みたいですね」

「困ったものです」


 タラリフの奇襲で瀕死の重傷を負っていたエルトンも、僕の回復魔法で今は元気だ。

 しかし回復魔法でも馬車を直すことはできない。


「錬金術系の魔法なら直すこともできそうですから、僕がやりますよ」

「いや、ぜひよろしくお願いします。もちろん報酬は別途支払いますから。シキメさんがいてくれて、本当に助かります」

「直すのは馬車だけですからね?」

「いや、ははは……」


 馬車が横倒しになったのだから、積んでいた商品にも相応にダメージが入っている。

 その分は売り物にはならないため、エルトンの丸損となる形だ。

 正直彼にとっては災難極まりないが、盗賊に命や財産を根こそぎ奪われることを考えれば、まだマシである。

 そう考えて気持ちを切り替え、馬車の修理に乗り出したところは、さすが旅慣れた商人というところか。


「今なら馬も繋いでませんし、ちょっと見てみますね」

「いや、本当にありがとうございます」


 エルトンにそう断りを入れて、僕は馬車の周囲を見て回る。

 荷台部分にいくつかひびが入っているが、これは差し迫った状態というほどではない。

 続いて馬車の下に仰向けになって潜り込み、下部の損傷具合を診断した。


「あー、これは……」

「どうです?」

「できれば足元から覗き込むのはやめてほしいです」

「あ! いや、これはそういう意図ではなく!」

「すみません、冗談です。車軸にひびが入っていますね。それと車輪の留め具にもダメージが見えます」

「車軸と留め具ですか。留め具は予備がありますが、車軸となると難しいですね」


 僕の言葉にエルトンは腕を組んで悩み出す。

 その間に僕は馬車の下から抜け出して、もう一台の馬車をチェックしていった。


「こちらの方は、荷台にかなりのダメージがあるようです。下の方は……ああ、車軸折れてますね。擱座かくざしなかったのは幸運だったかも」


 もう一台の馬車は車軸が完全に折れていた。しかし折れた面が奇跡的に噛み合うように食い込んでいたために、どうにか最悪の事態は免れていたという状況だった。


「こっちは町まで帰るどころじゃないです」

「なんということだ……」


 馬車が破損してしまうと、そこに乗せていた荷物も諦めねばならなくなる。

 いくらかは売り物にならなくなってしまったが、それでも生き残っていた商品はある。

 それを諦めねばならないというのは、さらに彼に追い打ちをかけていた。


「まぁ、直しますけど?」

「ハ? あ、いや、ご無理をなさいませぬよう――」

「いや、どっちも車軸と荷台くらいでしょう? 錬金術で加工すれば直りますよ。ついでに強化しておきます?」

「え? ええ?」


 車軸と言えば重要な部品ではあるが、要は一本の棒の左右に車輪を取り付ける部分である。

 見本となる部品もあることだし、見様見真似で試作することは可能だ。

 問題となるのは耐久性と滑らかな運動性だが、これもイーゼルの荷車を改造した経験がある。


「問題は素材ですね。元は木の軸を使用してますけど、今後の旅を考えると金属製にしておきたいし」

「そ、そこまでの改造を?」

「手持ちにある金属だと、オリハルコンとかアダマンタイト、ミスリル、ヒヒイロカネ、マナテクタイトとか……」

「は?」

「あ、いや。鋼鉄でいいですね。ハイ」


 うっかり希少金属を使用した車軸とそれに付随するベアリング機構やダンパーなんかを考えてしまったけど、それをエルトンに知られるのは非常に危ない。

 彼は旅に同行しているだけの商人であり、そこまで手をかけてやる義理は無いのだ。


「鋼鉄と言っても、かなり貴重ですよ。この近辺には存在しないかと」

「ああ、それだったら手持ちに――ん?」


 試作用にいくつか鋼鉄のインゴットを取り出そうとしたところで、僕は奇妙な物がインベントリーに入っていることに気が付いた。

 インベントリーに記載されていたアイテム名は、憤怒の結晶というらしい。


「これは……いつの間に紛れ込んでいたのか?」

「なんです、その緑色の石は?」


 僕はその覚えのないアイテムを、拡張鞄から取り出す振りをしてインベントリーから取り出した。

 深い、黒に近い緑色をしており、油が浮いたような虹色の光を反射している。

 この色合いには覚えがあった。


「うわ、これ強欲の結晶の親戚かも」

「えっ、あのナッシュさんが暴走する元になった!?」


 エルトンさんの言葉に、ハーゲンとアルテミシアがこちらに視線を向けてくる。

 残り二人の仲間と、もう一人の御者は気絶したままだ。

 どうやらこの石、タラリフを倒した際に自動回収ルート機能によってインベントリーに取り込まれたらしい。


「どうも、さっきの男が持っていた物を、悪魔が回収して僕の鞄に放り込んでいたようですね」

「悪魔が? なら、悪気はない……んでしょうか?」

「召喚悪魔ですから、悪意はないはずですよ」


 僕は全ての濡れ衣を悪魔たちになすり付け、知らん振りをすることにした。

 周囲に撒き散らされている不穏な気配を見るに、これもきっと強欲の結晶と似たような呪いのアイテムに違いない。

 どうせ町まで戻るのだから、封印台座に引っ付けてギルドに押し付けておこう。


「しかし、だとするとあのタラリフという商人、ひょっとするとその石にあやつられていた可能性もあるな」

「そうかもしれませんね。少し悪いことをしたかも? あ、でもミィスに手を出すような奴に手加減は無用ですね」

「嬢ちゃん、容赦ねぇな」


 拳をぎゅっと握る僕を見て、ハーゲンの額に一筋の汗が流れ落ちるのだった。

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TS少女は堕としたい 鏑木ハルカ @Kaburagi

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