第71話 つかの間の休息
僕たちは国境の町に引き返す前に、ひと風呂浴びていくことになった。
暢気な、と思うなかれ。正直言って今の僕たちは、僕以外は満身創痍の状況だった。
魔法で怪我は癒したとはいえ、爆風で吹っ飛ばされたのだから泥だらけである。
この状況を身体を拭くだけで収めるというのは、いささか不快感が残る。
幸い適温の温泉が湧き出してくれたおかげで、湯治には困らない状況だ。
「泉質は……お、意外といいですね。微量の炭酸泉で血行に良いみたいです。有毒物質も無し」
「そうなのか? こういう時に鑑定能力のある奴がいると助かるな」
「ただ炭酸ガスが溶け込んでいてこの水量ですから、ガス中毒は注意しないといけないかもしれません」
いかに微量のガスとはいえ、湖になるほどの水量である。
空気中に放たれる二酸化炭素の量は、油断できない量になるだろう。
幸い僕が周囲の山ごと吹っ飛ばしていたので、風通しは非常に良い。無事だった山からの吹き下ろしの風もあるので、中毒になる可能性は低いと思われる。
それでも念のために、互いを監視するくらいはしておいた方がいい。
「窒息したりしないのかしら?」
「互いに見張っておけば、危ないことは無いと思いますよ」
「じゃあ、シキメちゃんは私と一緒に入るのね?」
「それは無理です。僕はミィスと一緒に入りますから」
「む、じゃあミィス君も一緒に入ろ?」
「ぼ、ボクは男ですよ!?」
「そういうのは、僕が身の危険を覚えるくらいの狼さんになってから言ってね」
僕がおどけてミィスに告げると、彼は言葉を失ったように黙り込んでしまう。
その顔はありありと不満が浮かんでおり、ふくれっ面になっていた。
まぁ、このくらいの年頃の少年は、大人として扱ってほしい年頃なのだろう。
もっとも、大人だったら僕の誘惑を放置するはずもないので、やはりミィスは子供なのだ。
「あ、でもハーゲンさんたちはこっち来ちゃダメですからね。悪魔くんたち、ちゃんと見張っておくように」
「グギッ!」
僕の胴体ほどもある六本の腕で、器用に敬礼してみせる上級悪魔×三十六体。
その壮観とも取れる光景に、ハーゲンたちは一歩後退って、壊れた人形のように首を振って頷いていた。
実際、上級悪魔たちはその戦闘力相応に体格も巨大なので、威圧感だけは半端ない。
その巨体と剛腕を利用して、土砂を積み上げ、温泉湖の沿岸部に壁を作り出す。
多少湯が汚れてしまったが、お湯はいまだに噴出を続けているので、すぐ流されてしまっていた。
「それじゃ、こっちが女湯兼ミィス湯で、そっちが男湯ということで」
「ミィス湯って何!?」
「え、ミィス汁の方がいい?」
「その表現、すっごくヤダ!」
「往生際が悪いなぁ」
僕に羽交い絞めされたミィスが、ジタバタと最後の悪足搔きをしている。
しかしその程度では、僕から逃れることはできない。何せ背後には三十六体の悪魔が控えているのだから。
大人しく連行されるミィスに、ハーゲンはしみじみと最後通告を行った。
「諦めろ、坊主。それにな……」
「それに?」
「お前さんと一緒に風呂に入ったら、男としての自信が無くなるから、俺たちもイヤだ」
「……………………」
この言葉に、ミィスすら反論できずに黙り込んでしまう。
確かにミィスのサイズはかなり凶悪な物がある。
しかも形状もしっかり実用レベルというか、利用目的に最適化されたえげつない形をしていた。
それを眼前で披露されたら、ハーゲンも自信喪失するだろう。
問題はそれをどこで目にしたのかということだったが、よく考えたらデュラハン騒動の時にミィスは全裸でギルドのホールに放り出されていたので、その時に目撃していたのだろう。
「そんなわけでレッツゴー」
「分かったから! 入るから後ろから抱き着かないで!?」
「だって放したら逃げるじゃない」
「逃げられないよ! 悪魔が見張っているのに」
ミィスの言葉通り、悪魔の一体がこちらを見張ってくれている。
残り二体は男湯の監視を行っており、残る三十三体は周辺の監視をしてもらっていた。
正直バカでっかい図体なので送り返したいと思うのだが、町で説明するためには実際に見てもらった方が早い。
なので、送り返すわけにはいかなかった。
「召喚魔法が、狙った対象を呼び出せる魔法だったらよかったのになぁ」
「特定の悪魔からランダム召喚ですもんね」
魔術師系の召喚魔法は、下はインプから、上は魔神と呼ばれる存在まで、多種多様な悪魔を呼び出せる。
そう言われると凄い魔法と思われそうだが、実際は魔法を使った際に何が呼び出されるのか、全く分からない。
そんな仕様なので、この上級悪魔たちを送り返したら、また呼び出せるか分からなくなるから、送り返せないでいた。
「ほら、ミィスもこっちおいで」
「ぼ、僕、身体洗ってるから……」
「じゃあ洗ってあげる」
「遠慮しますっ!」
元気よく否定するミィスだが、お風呂の僕は天下無双だ。裸だから。
彼の頭からお湯をぶっ掛け、汚れを落とすと、そのまま抱え上げて湖の中に連行してみせた。
もちろんミィスにそれに抵抗する術はない。
ぶらんと猫の子のように抱え上げられた彼を見て、アルテミシアが驚愕の視線を送る……主に下半身に向けて。
「シキメちゃん……その、そのサイズは死ぬんじゃない?」
「大丈夫です、愛があればきっと平気」
「平気というか、兵器レベルよね。ハーゲンが尻尾を巻くはずだわ」
「見~な~い~で~」
それにしても後ろから抱え上げていて思うのだが、ミィスの肌は日々ツヤツヤになっている。
これは僕の作る石鹸の効果もあるのだろう。
それに目を付けたアルテミシアが、目を輝かせる。
「ねぇ、その石鹸、いくつか譲ってくれないかな」
「え。いいですけど、いくついります?」
「持てる限り!」
「いや、無茶言わないで」
僕は錬金術スキルにより、石鹸を作り出しているわけだが、ここにレベル補正が入って洗浄力とか保湿力とかが凄く上昇している。
こんなものを気安く流通させるのは、色々と問題があるはずだ。
アルテミシアにはいつも世話になっているから、譲らないという選択肢はないのだが、個数は絞らせてもらおう。
「じゃあ、十……いえ、サービスして二十個で」
「買った!」
まぁ、二十個もあれば、数か月は持つはずである。
「それにしてもシキメちゃん、色々できるのね。錬金術もだけど、魔術師系魔法も使えるし」
「まぁ、その分近接戦闘はできませんけどねー」
「…………」
僕が白々しく答えると、腕の中のミィスが胡乱な目でこっちを見上げてくる。
彼は僕が戦う姿を目にしているので、この言葉が嘘だと知っていた。
しかしそれを素直に告げてやるわけにもいかないので、この視線は無視する。
「ミィス君は弓が得意なんだよね。どっちも後方支援型だから、前衛は欲しいわよねぇ」
「そーですねー。僕たちに色目を使わない人って、なかなか居なくって」
「それは難しいわね。シキメちゃんもだけど、ミィス君も凄く可愛いし」
「こんなのぶら下げてますけどねー」
「掴まないでぇ!?」
ぎゅ、とミィスの下半身に腕を伸ばすが、驚いたことに指が回り切らない。
この太さ、まさしくオーク級。
「ミィス……ひょっとして成長した?」
「どこ見て言ってるんですかぁ!」
「ちん――」
「言わなくていいから!」
ミィスの悲鳴が響いた瞬間、男湯の方で爆発が起こった。
どうやら、漏れ聞こえてくる僕たちの会話に我慢できなくなって、男連中が蛮勇に走ったらしい。
もっとも死なない程度に手加減する知性はある悪魔たちなので、死んだりはしないだろう。
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