第70話 転嫁され続ける責任問題

 僕が掘り当ててしまった熱湯の水量は凄まじく、瞬く間にクレーターは湖へと化していく。

 しかもそれが温泉というのだから、わけが分からない。

 クレーターに収まり切らなかった熱湯はそのまま山脈の残骸に残された谷を縦横に流れ出し、新たな川を創り出していった。


「お、おお……これはさすがに……」


 上級悪魔たちと最寄りの安全地帯に避難し、その壮大な光景を目にして、僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。

 我ながら、少しばかりやり過ぎてしまったことを反省したとも言える。


「麓の村は大丈夫かな?」


 入国者の税金と鉱山からの収入が主の国境の町だが、麓に存在するだけあって標高的には高くない。

 この水が流れ込んでいたら、どエライことになってしまう。

 ゴステロ支部長に怒られたらどうしようとか考えてしまったが、麓の町が滅んだら、おそらく彼も生きてはいないかと思い直す。

 ともあれ対策を取る必要があるかと考えはしたが、幸い、水流は町を避けて流れていったらしく、ここから見る限りは無事なようだった。


「う、うぅ……」


 そこへ呻き声を上げて目を覚ましたのは、以外にもエルトンだった。

 どうやら後ろにいたことが功を奏していたのか、ダメージ自体はそれほどでもなかったっっぽい。

 もっとも一般人の彼だから、少ないダメージでも体力値の比率的には重傷に近いダメージを受けていたが、それも僕が癒しておいたので今は完治している。


「あ、目を覚ましましたか、エルトンさん」


 この状況を誤魔化すべく、僕は愛想良く……いつもよりほんの十割り増しくらいの愛想の良さで、彼に尋ねた。

 エルトンはそんな僕に視線を向け――


「ヒッ、魔王!?」


 そう叫んだ後、泡を吹いてぶっ倒れてしまった。

 こんなに可愛い僕を見て魔王と叫ぶとか、美的感覚がどうなっているんだ? と思ったのも束の間、僕は背後に控える一団に気付いて、頭を抱えてしまった。

 そこには上級悪魔が三十六体、恭しくかしずいていたのだから。


「ああ、そうだった」


 僕は慌てて悪魔たちを追い返そうとしたが、この状況を説明するには、彼らがいてくれた方がいいと思い直した。

 というか、この状況を押し付ける対象として、彼らほどの適任はいない。

 ここはいっそ、悪魔たちには悪いが泥をかぶってもらうことに決めたのだった。



 しばらくしてエルトンが再び目を覚まし、再び悪魔を見て卒倒しかけていたが、どうにか持ちこたえてくれた。

 僕は彼に、悪魔たちが召喚された使い魔であることを説明し、ひとまず落ち着いてもらう。

 そうして次々と起き出したミィスやハーゲンが揃ったところで、この状況を説明した。


「つまりシキメさんが召喚魔法を使ったら、大当たりを引いて?」

「そうなんですよォ」

「シキメ嬢ちゃんが召喚した悪魔にあの男に攻撃するように命じたら、こんなクレーターができて?」

「いやー、困ったものです」

「結果岩盤をぶち抜いて、地下から温泉が湧き出して湖になったと?」

「大変ですねぇ」


 ミィス、ハーゲン、エルトンと続けざまに悪夢を見ているかのような顔で、僕の言葉を確認していく。

 いや、実際目の前の光景は悪夢に近いかもしれない。

 山脈の一部が完全に消え去り、山の向こうが湯気に霞む。

 それほど巨大な湖が突如として目の前に現れたのだから。


「それにしても、温泉とは……」

「そう言えば、鉱山は水没しちゃったみたいですね」

「大変じゃないですか!? あ、いや、町の主要産業を採掘から観光に切り替えれば、何とかなるかもしれませんけど」


 もちろん、口で言うほど簡単なことではない。

 多くの人が困惑し、町から離れることもあるだろう。

 それでも、被害だけ与えずに済んだことは、僕としてはわずかな救いとなった。


「それにしても上級悪魔を呼び出すとは、驚いたな」

「フシュルルルルル……」

「うおっ!? いきなり唸らないでくれよ」

「ゴルルル」


 凶悪な形相の悪魔のはずなのに、ハーゲンの苦情を受けてしょんぼりと肩を落とす。

 その仕草はあまりにも威厳も威圧感も無く、子犬のような仕草をする上級悪魔に、彼らは盛大に肩透かしを受けていた。


「それにしても、呼んだもんだな」

「あー、彼らは仲間を呼ぶ能力があるもので」

「それ、放っておいたらとんでもない軍隊を作れるんじゃないか?」


 上級悪魔は、単体でも討伐に騎士団が二つは必要なほどの、凶悪なモンスターである。

 それが三十六体も整列しているのだから、ここにいる上級悪魔だけでも、国が滅ぼせるレベルだ。

 そんな彼らより攻撃能力の高い僕は、一体どんな存在なのか……


「魔王というのも、案外間違いじゃないかもなぁ」

「シキメさん、どうかした?」

「んーや、なんでも」


 実際、召喚魔法の当たりだと魔王的存在を呼び出せたりはできる。

 とにかく、この仕業を上級悪魔たちの仕業としたことで、僕への追及は避けることができた。

 しかし、この事態をどこにも説明しないというわけにはいかない。


「とりあえず町に戻って状況を説明しないとなぁ」

「そうですね。それにしてもあの男、一体何者なんです?」


 町であった時は容赦なく逃亡したので、目的が分からない。

 そんな僕の疑問に、ハーゲンが答えてくれた。


「あいつはタラリフって奴らしい」

「知っているのか、ハーゲンさん」

「町で話しかけられてな。なんか緑の石を買ってくれって言ってたから、旅の宝石商かもしれん」


 一瞬石と聞いて、ナッシュの持っていた強欲の結晶を思い出したが、緑の石ということは違うのか。

 ハーゲンも、そう判断したからゴステロに報告しなかったらしい。


「旅の宝石商ねぇ。宝石の出どころはこうした盗賊行為って落ちかな?」

「その可能性もあるな。町に戻ったら、手配書を調べてもらうか」

「そのほうがいいですね」


 ともあれ、目の前の惨状だが……これを町に報告されるのは少し困る。

 僕が上級悪魔を呼び出せることが、問題になるかもしれなかった。


「ところでハーゲンさん」

「なんだ?」

「この惨状は上級悪魔の仕業なわけですが……」

「そうだな」

「いっそのこと、これもタラリフって奴の責任にしません?」

「ふむ?」


 僕の提案に、ハーゲンは少し考えこむ。

 自分のしでかしたことでアレだけど、個人が国家戦力に匹敵する殲滅力を持っているということが、今後は問題視されるだろう。

 そうなると、僕の身柄はギルドに拘束される可能性が高い。もしくは監視がつけられることも考えられる。

 この先、旅を続ける上で、そういう監視の目は非情に煩わしいものになるはずだ。


「タラリフの奴が、それだけの強敵であると設定したとしてだ。そんな強敵をどうやって倒したって説明するつもりだ?」


 その煩わしさはハーゲンも理解しているのか、僕の提案に乗り気な返答を返してきた。

 ただし、無条件というわけにはいかなさそうだ。

 ゴステロを納得させる理屈を用意しろと、ハーゲンは言っているのだろう。

 確かに上級悪魔は強力な存在だが、使える魔法は中級上位のモノに限る。彼らの脅威は、その規格外のタフネスと増殖力なのだから、クレーターを作った存在に言及されるはずだった。

 それをタラリフになすり付けようと画策していた。


「そうですね。ハーゲンさんと悪魔たちが注意を引いている間に、僕が粘着弾で動きを止め、ミィスが牽制。そうして彼の足止めをしている間に、間欠泉に巻き込まれて焼け死に流されていった、とかどうでしょう?」

「この惨状だから、そういうことになる可能性は低くは無いだろうが……マヌケ過ぎないか?」

「敵の尊厳にまで配慮してやる気はないですよ?」


 なにせ、あの野郎はミィスを怪我させた大罪人である。情けをかける理由など一片も無かった。

 その僕の意見にはハーゲンも納得なのか、しばし考えた後、小さく頷く。


「まぁ、そうだな。その方が穏便に済んでいいかもな」

「では、そういうことで。エルトンさんも、承知してくださいますね?」

「ももも、もちろんですとも!」


 そう言って壊れたおもちゃのようにカクカクと首を振るエルトン。その視線は、僕の背後の上級悪魔たちに釘付けになっていた。

 彼からすれば、言うことを聞かなかった場合、悪魔をけしかけられると言われた気分なのだろう。

 そういうことをする気はもちろんあるので、失礼だとは思わない。


「じゃあついでに、町に戻る前にひとっ風呂浴びていきませんか?」


 そう提案し、今だ湯気を上げ続ける湖を指差す。

 噴き出した直後は熱湯だったし泥を巻き上げて、水が汚れていたが、それも今は押し流されて綺麗な状態になっている。

 しかも湖の外縁部付近になると、適度に温度が下がっており、なかなかに気持ちよさそうな景色に見えていた。

 ミィスと二人で温泉……悪くないではないか!


「いきなりそういう方向に気分を切り替えられても……まぁ、確かにこの機会ってのはあるかもしれんが?」


 ハーゲンはちらっと背後の仲間たちを振り返ると、アルテミシアさんが凄まじい勢いでコクコク頷いていた。

 鉱山の町では水が貴重だったため、宿に風呂はついていなかった。

 身体を拭くだけの生活を送ってきた彼女としては、湯に浸かれるというのは降って沸いた幸運なのだろう。

 そんな女性に刃向かえるほど、ハーゲンも無謀ではない。

 そんなわけで、僕たちの旅は唐突に温泉旅行へと変化したのだった。

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