第69話 消失
上級悪魔の厄介なところ、それは『仲間を呼ぶ』という行動がとれるところだ。
一体一体が僕基準でそこそこ強く、頑強でタフ。それなのに仲間を呼び、最高で五階位というかなり強力な魔術師系魔法を使用してくる。
殲滅力が及ばなければ延々と仲間を呼ばれ続け、増え捲った敵から高位の攻撃魔法が雨あられと降り注いでくる。
ゲームのシステム上では最大九体が四グループ。つまり三十六体まで呼べることになる。
そのゲームの枠が取り払われたこの世界では、まさに際限なく増え続ける悪夢的存在となるだろう。
彼らがゲーム内の最大数で召喚を止めたのは、やはりゲームのシステムに精神的枷がはめられているからだろうか?
「ば、ばかな! これほどの悪魔を従えるというのか!? ありえん!」
しかしそれだけでも、目の前の男にはやはり脅威に思えたのだろう。
悪夢のような光景を目にしてしまった男は、ただひたすら現実逃避するしかできなかった。
「目の前にある事実こそが真実。僕は君を逃がす気も無いし、慈悲をかける気もない」
そう宣言して彼の方に手を差し出す。ミィスを傷付けたこいつを許す道理は、僕には無い。
その先に顕現させたのは、最高位の攻撃魔法。
異界で核爆発を発生させ、その破壊エネルギーのみを召喚するという、攻撃魔法と召喚魔法の合わせ技のような、ゲーム内で最大威力を誇る魔法だ。
僕のレベル補正が入れば、これがどれほどの威力を発揮するか、想像もできない。
しかしそれを自重する自制心は、すでに僕からは失われていた。
「七、階位、魔法――」
「まずは試し打ちだ。当たらないでよ?」
そう言って彼の背後に見える山に向けて、最高位魔法――【核撃】を放つ。
轟ッという、無音の爆音が周囲に響き渡る。
一見矛盾しているように思われるかもしれないが、限界を超えた爆音はすでに音と認識されない。
衝撃波すら伴った轟音は、周囲の人間を打ち据え、再び地面に叩き付ける。
しかしダメージ自体は存在しない。彼らには僕の障壁の魔法がかかっているのだから。
そうでない男は悲惨な状態だった。
地面に叩き付けられ、荒れ狂う飛礫に打ち据えられ、地面に四つん這いになっていた。
その恰好が、彼には許せないほどの屈辱だったらしい。
「き、貴様……よくも私に膝を……」
「そんな暇あるのかな? 次は当てるから。ああ、別に逃げれるなら逃げてもいいよ?」
そう言ったのは、彼の背後の山の状況を目にしたからだ。
中腹だけが【核撃】の魔法によって抉り取られ、山がコの字型になってしまっていた。
そして自重に耐えられなくなった山頂部分が、巨人に踏み潰されたかのように崩れ落ちていく。
これほどの広範囲の魔法から逃れるのは、彼としても難しいはずだ。
そしてなにより、無駄にプライドが高そうなこの男に、逃亡という選択肢は取れないだろう。
「クッ、この私が……逃げる、だと?」
「できるモノならね」
僕は今度は、天に向かって手をかざす。
天空には唐突に二十個の魔法陣が展開されていた。
これは僕が魔法を並列起動したことによる現象である。二十の魔法を同時に展開できるのは、おそらくゲームに保存されていたキャラ数による影響だと考えられる。
「な、なんだ、これは!」
「さっきと同じ魔法。ただし二十個同時に」
「シキメ、貴様……貴様は一体――ッ!?」
その叫びは途中で中断される。なぜなら、二十個の核撃魔法と同時に、僕の背後で上級悪魔たちが魔法を展開していたからだ。
中級と上級の間くらいに位置する凍撃魔法。その数三十六発。
悪魔たちを後ろに下げた時、僕は彼らにこう指示しておいた。
できる限りの仲間を呼ぶこと。そして僕と同時に最大の攻撃魔法を放つこと。
多分、呼ぼうと思えばもっと呼べるのだろうけど、彼らは基本的にゲームの枠内の思考に囚われる傾向にある。これはインプたちも同じだった。
「じゃ、さよなら。君が何者か知らないけど、ミィスに手を出したのが運の尽きだね」
「な、貴様ではなく、あのガキだと――」
「……うん、情状酌量の余地無し」
傷付けた挙句、ミィスをガキ呼ばわりだ。もはや僕には一片の慈悲も存在しない。
「くたばれ。塵一つ残さない」
冷酷に宣言し、僕は魔法を放つ。
同時に後方の上級悪魔たちも魔法を放った。
わざと遥か上空に生成した僕の魔法は、着弾までに少し時間がかかる。
それまでの間に、彼は悪魔たちの凍撃魔法に散々打ち据えられることとなった。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!?」
彼の打たれ強さがここでは裏目に出ていた。
上級悪魔たちが使った魔法は、それこそ中級の上位くらいの魔法。だけど僕のレベル補正が効いているのか、その魔法は中級の範囲を超えた威力を発揮していた。
しかしそれでも、目の前の男は耐え切ってみせた。
それでも無事には済まなかったのか、一発で手足が凍り付き、砕け散っていく。
だが生来の打たれ強さか、即死するには至らない。
一撃で死ねないが故に、男は嬲り殺しのように撃たれ続けることとなった。
半端に回復魔法が使えるのか、瀕死になるたびに回復し、そして直後にはまた瀕死になる。
上空の僕の魔法が着弾するまでの数秒、彼は生と死の狭間を何度も往復する羽目に陥っていた。
だがそれも、僅かな悪あがきに過ぎない。
どれだけ耐え忍んだところで、僕の魔法からは逃れようがないからだ。
周囲の山が、森が、道が、根こそぎ焼き払われ、抉り取られ、蒸発し、消滅していく。
僕のかけた障壁の魔法が無ければ、エルトンやハーゲンたちも無事では済まなかっただろう。
それほどの破壊の嵐。
いや、破壊というのもおこがましい物質の消失。
視界から閃光が消えた後、そこには男はおろか、山脈の痕跡すら残されていなかったのだから。
「ちょっと……やりすぎちゃったかな?」
てへ、と舌を出してみるが、ツッコミを入れてくれる人間は一人もいない。
男はすでに跡形もなく消え去っていたし、エリンやハーゲン、ミィスたちの意識はまだ戻らない。
まぁ、ブチ切れたところを見られなかったのは、良かったかもしれなかった。
こんな破壊を見せつけられたら、彼らの僕を見る目がどう変化するか、予想もできない。
「よし。ともかく、みんなを安全な場所に……うん?」
その時僕は、ゴゴゴゴッと地面がうねる様に揺れたのを感じ取った。
あまりにも高範囲の魔法を放った影響かと最初は疑ったが、そのうねりは次第に大きくなっていき、地面に亀裂が走り始める。
「な、なに? 何が起きて……」
そんな僕の問いかけに応えたわけではないだろうが、亀裂から唐突に水柱が噴き上がった。
「水脈を掘り当てた? いや違う、これって、間欠泉!?」
噴き上がった水柱は、もうもうと湯気を立てており、その熱気がこちらまで伝わってくる。
事態はそれだけでは終わらなかった。
間欠泉は破壊の限りを尽くされて、脆くなった岩盤が崩れ、舞い上げられていく。
結果更に水量を増していき、その水嵩は僕の足元にまで届いてきた。
「ま、まず……」
このままでは、ここまで水没してしまう可能性があった。
意識を失った怪我人を大量に抱えている状況では、溺死してしまう可能性があった。
「あ、悪魔たち! 怪我人と馬、それに馬車を安全な場所まで運んで!」
「フシュー!」
「グルルルルゥ!」
僕の指示に、六本ある腕を器用に使って怪我人を担ぎ上げ、馬車や荷物を持ち上げていく。
唯一、意識を保っていたらしいイーゼルが、悪魔を見て硬直していた。
どうやらイーゼルは、僕が与えていた馬具によって男の火球のダメージをほとんどカットしていたらしい。
僕と男が戦っている間も意識はあったようだが、死んだ振りをしていたっぽいところが、なんとも言えない。
このロバ、ちょっと小狡過ぎるんじゃないですかね?
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