第68話 シキメの怒り
爆発の直後、僕は必死にミィスの身体を抱え込もうとした。
しかしミィスも僕と同じことを考えていたのか、僕に飛び掛かって押し倒そうとしてくる。
これが裏目に出た。互いに押さえ込もうとした僕たちはその場に立ち尽くすこととなり、爆炎をまともに受けてしまう。
至近で爆発した火球の魔法は、その威力を存分に発揮し、僕たちを吹き飛ばしていた。
僕やミィスはもちろん、ハーゲンやアルテミシアもそれは同様だった。
もっとも彼らは僕の警告が間に合い、伏せていたからまだマシだ。
最悪だったのは馬車に乗ったままだったエルトンと、馬たちだ。
馬車は横転し、そのまま転がされ、馬たちも日本だと殺処分を考慮されるほどの怪我を負っている。
エルトンも右半身が火傷だらけで、命すら危うい状況だった。
「ミィスッ!?」
僕はエルトンたちよりも、ミィスの状況の方が気になった。
彼は僕に覆いかぶさるようにして庇っていたため、身体の位置が高い場所にあった。
それは、より激しい火炎を背中に浴びたということでもある。
案の定、ミィスは右半身から背中に大火傷を負っていて、命にかかわる状況だった。
「待って、すぐポーションを――」
ほとんど反射的にインベントリーから回復ポーションを取り出し、彼に振り掛ける。
ミィスの火傷は、距離が近かった分、エルトンよりも酷い状況だ。
ポーションは即座に効果を発揮し、ミィスの火傷を癒し始めていた。
「……まったく。この程度防げないとは、大したことない連中じゃないか」
そこへ男から不愉快そうな声が投げかけられる。こちらの状況には、あまり頓着していない様子だった。
身動きの取れなくなった僕たちを見て、さらに二十メートルほどの距離まで近付いてきている。
その足取りには、僕たちなどいつでも殺せるという自信を感じさせた。
僕がミィスの治療に時間をかけている間、ただ眺めてるだけという、千載一遇のチャンスを棒に振るような所業。
「――悪魔召喚!」
その隙を突いて、僕は召喚魔法を起動した。
インプたちが蹂躙されてしまった以上、治療に手を取られる僕を護る存在が必要だ。
ミィスはどうやら一命を取り留めたようだが、エルトンは特に危ない状況だ。馬たちも助けないと、今後立ち往生してしまう。
そしてハーゲンたちも衝撃で皆気絶しているため、時間稼ぎを任せられない。
「ほう? また雑魚を呼び出すつもりか」
そう言う男の顔は、やはり数日前に町中で声をかけてきた、あの男で間違いなかった。
しかしその彼も、呼び出された悪魔を目にして警戒の態勢を取る。
今回僕が呼び出せたのは、最上位とはいかないまでも、上位に位置する上級悪魔だったからだ。しかもそれが六体。
「――ぬぅっ!?」
さすがに警戒の色を浮かべる男を無視して、僕は範囲系の回復魔法を飛ばす。
この魔法は七階位、つまり回復系の最高位に位置する魔法で、回復量こそ少ないが味方全員を一度に回復できるのが利点だ。
これにより、ハーゲンたちはもとより、エルトンまでも安全圏まで回復した。
エルトンは元々の体力が低かったため、ほぼ全快と言っていい状況まで回復している。
しかし、意識はまだ戻っていない。
「よかった……さて、そこのキミ?」
僕はミィスを地面に寝かせると、ゆっくりと立ち上がり振り返った。
上級悪魔たちは目の前の男を敵と認め、容赦なく殴りかかっていく。
しかし悪魔たちは、先手を取りながらもタラリフに決定打を与えられていない。予想外の頑丈さだった。
「驚いたね。上級悪魔の攻撃を跳ね返せるなんて」
「大した敵ではないが、数が多いと厄介だがな」
僕は片手を上げて悪魔たちを下がらせる。治療が済んだ今、僕本人が手を下さないと、腹の虫が治まらない。
僕の指示を受けて後退する悪魔たちに、僕は二つの指示を与えておく。
「さて、何が目的でこんな真似をしたのかな? 言っておくけど、僕はすっごく怒ってるからね」
「ちっ、やはり貴様が問題になるか。上級悪魔まで従えるとはな」
「前に町で会ったよね?」
「ああ。見事に逃げられたけどな」
彼が何を目的としているのかは、よく分からない。しかしミィスを傷付けたことだけは、理解できている。それだけで充分だった。
そんな相手に僕が手加減する必要なんて、何もない。
できる限り嘲るように、口の端だけを持ち上げるような笑みを浮かべ、こちらに来るように手招きをしてみせる。
それを挑発と正しく理解した男は、怒りの形相を浮かべ、僕に向かって魔法を放つ。
しかし、不意打ちは二度も通用したりしない。
奴が魔法を放つよりも早く、僕は障壁の魔法を構築していた。
彼我のレベル差がそのまま障壁の強度となるこの魔法を、奴は突破することができない。
僕やミィスの直前で、奴の火球は掻き消されていく。
それは図らずも、奴のレベルが僕を下回っている証である。
「バカな! この俺のレベルが貴様に劣っているというのか!?」
「そうだね。君では不意打ちで一発入れるのが関の山だ。そんな連中にミィスを傷付けられた自分自身に腹が立つ」
「ふ、ふざけるなぁ!」
ぎょろりと奴の瞳の動向が細くなり、こちらへ駆けだしてきた。
魔法が通用しない相手と見て、近接戦を挑むつもりなのだろう。
その考えはあながち間違いではない。裸になっていない今の僕は、無装備特典を得られていない。
体捌きは鈍く、攻撃力も皆無だ。
そんな僕の顔面に奴の拳が突き刺さる。続けざまに腹に向かって蹴り。これもまともに喰らってしまった。
「は、ハハ……なんだ、格闘はからっきしじゃないか、ええ?」
「準備が必要な体質なんですよ」
「軽口を叩く余裕があるのは褒めてやる。だがこれまでだ、魔術師!」
一声叫ぶと、奴の腕がさらに膨れ上がる。あからさまな筋力強化に、拳や蹴りの威力がさらに上がったのを、身をもって感じ取った。
なるほど、確かに奴の拳は言うだけあって、一撃が重い。
実際打撃を受け止めている僕の足が、足首まで地面にめり込むほどの威力がある。
おそらくそこらの岩を殴れば、塵になるまで粉砕できるだろう。
しかし、それでは足りない。
僕は二十キャラ分のステータスを統合された、いわばバケモノである。
その体力値の高さも桁外れになっている。
例えば、奴の打撃を数値に直すなら一発で百ほどのダメージがあるとしよう。
そこいらの岩はせいぜい五十程度で壊せるとすれば、奴の攻撃の威力が分かるだろう。
しかし僕の体力値は桁が違う。二千を越えるレベルのキャラが二十キャラ。体力値の合計は二十万を越える。
僕を倒すには、単純計算で二千発以上の攻撃が必要となる計算だ。
「くっ、貴様、一体――」
男の顔に焦燥が浮かぶ。岩すら砕く一撃をすでに百以上放っているというのに、僕が倒れる気配が見えないからだ。
「どうしたの? 息切れしているようだけど?」
「うるさい、痩せ我慢している分際で!」
「痩せ我慢? ああ、確かに我慢はしているね。貴様をすぐにブチのめしたいのを」
僕の大事なミィスに怪我をさせたんだ。ちょっとぶん殴る程度で済ましてやる気は、欠片もない。
こいつには、僕の持つ最大最高のダメージを与えてやると、心に決めているんだ。
「どこまでも、舐めた口を――」
「ああ、もう疲れた? じゃあ快癒」
殴り付かれてきた奴の目の前で、僕は完全回復の魔術を行使する。
これで奴の与えてきたダメージは、全て帳消しとなったわけだ。
「なん、だと!?」
「残念。ほら、君がゆっくりしてるから、こっちの準備が整っちゃったよ」
そう言って僕は背後に視線を向ける。
釣られて男も僕の背後を見てしまった。そして硬直する。
そこには、上級悪魔がなんと三十体以上も存在していたのだから。
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