第67話 不審者、再び
山道を三台の馬車がゆっくりと進んでいく。二台はエルトンの、一台は僕たちの物だ。
僕の召喚魔法により、インプたちが警戒を受け持ってくれているとはいえ、山という地形は死角が多い。
岩の陰や木々の繁みから、いつ魔獣が襲い掛かってくるか分からない。
インプたちは夜が明けても現界し続けており、戦闘終了という明確な区切りの無くなったこの世界では、ほぼ無限に呼び出し続けることが可能と判明していた。
とはいえ、別の召喚魔法や、重ね掛けをした場合は、ゲームと同じく彼らは消えてしまうだろう。
なんにせよ、彼らという『労働力』は、今の僕にとって非常にありがたい。
馬という生物は、存外に打たれ弱い面がある。
例えば足を傷付けられてしまえば、それだけで自らの巨体を支えきれず、命を落としてしまうからだ。
そんな危険が最も高くなるのが、物陰からの奇襲だ。インプたちの警戒によりその危険が大幅に減少するのだから、むしろ感謝を捧げたいくらいである。
「不意打ちには注意しろよ。狼どもは気配を消すのが上手い」
「はーい。だ、そうですよ、インプの皆さん」
「グギャッ!」
承知している、と言わんばかりの返事を返し、親指を立ててみせるインプのリーダー。
ドヤ顔も実にキマッている。ヤダ、あのインプってイケメン!?
一瞬『頼りになる』とトキメいてしまいかけたが、その外見はしょせんインプ。僕の嗜好からは大きく外れていた。
「まぁ、馬の脚が折れたところで、僕のポーションがあれば、多少の怪我は治しちゃうんだけどね」
「もちろん期待してるよ、シキメちゃん」
そう言ってくれるのは、僕の前にご褒美のおもらし醜態を晒してくださった、ハーゲンのところの女性冒険者さん。
魔術を担当している人で、その腕前は四階位魔法を使用できるレベルとか。
ちなみに召喚魔法は五階位に属しているので、彼女にはまだ使えないらしい。
魔術師としての力量も僕の方が上ではあるのだが、それでも彼女の腕前を侮ることはできない。
なぜなら僕には、レベル補正という厄介な制限が引っ付いているからだ。
僕の魔法は、正直威力が高すぎて、集団戦には一切向かない。
対して彼女は適切な威力の魔法を適切な形で行使してみせる。そういう意味では、魔術師としての腕前なら、彼女の方が上である。
「それにしても、魔力が高すぎて攻撃魔法が使えないなんて、私からすれば贅沢な悩みなんだけどね」
「下手に撃ったら、ミィスごと巻き込んじゃいますから。えっと……」
「アルテミシアよ。いい加減覚えてくれないかしら。悲しくなっちゃう」
「すみません。ミィス以外の人間には、興味が薄いもので」
「シキメさん、さすがに失礼。そんなシキメさんはキライです」
「本気ですみません。今度こそ覚えました。絶対絶対!」
最近ミィスがしっかりしまくっていて、どうも会話の主導権を奪われるケースが増えてきている。
そんな僕たちの漫才じみた会話を聞いて、アルテミシアは含み笑いを浮かべていた。
「本当に仲が良いのね、あなたたち」
「もっちろんです!」
「仲が良いのは結構だが、警戒は怠るなよ。この近辺は鉱山があって、そっから魔獣が沸きだす可能性があるんだからな」
ハーゲンが割り込んできて、僕たちの緩みっぷりを嗜める。
そう言えば、山道を少し登った今の位置は、ミィスのレベル上げに使った鉱山が近い。
だが彼が心配するようなことは起きないだろう。
なぜなら、あの鉱山の最下層に沸いたフロートボムは、僕とミィスで数を減らしてしまったのだから。
むしろ絶滅の危機に瀕して、保護が必要なくらいではなかろうか? いや、魔獣に保護なんて必要ないんだけど。
「全車、停止!」
僕が心の中でそんな感想を思い浮かべていた時、車列の一番前から停止を求める声が上がっていた。
その声に反応して、エルトンたちが馬車を停止させた。
もちろんこのままでは僕たちの荷車も衝突してしまうので、ミィスも慌ててロバのイーゼルに足を止めるよう指示を出していた。
僕はインプの一団に後方と左右の伏兵を確認するように飛ばし、問題が発生したであろう前方へと駆け出していった。
ミィスも、イーゼルをその場に待機させ、僕の後ろに付いてくる。
これは荷車に車輪止めをしておくだけでいいので、大した手間はかからない。
「なにがあったんです?」
「どうやら、不審者がこっちに近付いてきているらしい」
僕より前に位置していたハーゲンは、既に事情を端的に聞き出していたらしく、後から来た僕にそう説明してくれた。
前の方を見ると、確かに一人の男がフラフラとこちらに向かってきている。
その人影には、僕も見覚えがあった。
「あれ、前に町中で話しかけてきた不審者?」
「知っているのか? あ、いや、見えてんのか?」
確かにこの距離で視認するのは、難しい距離かもしれない。
山道はうねるように谷を縫って続いており、視界が確保しにくい。
そんな地形の中で、岩陰などから微かに姿が見えるくらいなのだから、専門の斥候でない限りは発見は難しかっただろう。
インプたちは車列の左右や後方を主に警戒させていたので、発見が遅れたみたいだった。
「僕もミィスも、目は良いので」
「で、不審者ってのは?」
「以前町中で、僕に話しかけてきた奴です。僕に取り入ろうとした冒険者かとも思ったんですけど」
「待ち伏せしてるってことは、多分違うんだろうな」
「無視されたから、逆恨みで襲撃とか?」
「普通、その程度で命を懸ける奴はいないと思うんだが……まぁ、ナッシュの例があるからな」
「厄介ですねぇ。普通の旅人の可能性もあるから、先制攻撃とかできませんし」
「まぁな」
ハーゲンはそういうと道の左右の岩陰に視線を走らせた。
おそらく正面から一人が姿を現すことで注意を引き、左右か後ろからの奇襲という危険を考えたからだ。
もちろん僕もその辺は警戒しており、すでにインプを飛ばしている。
そして戻ってきたインプたちの報告を聞いて、ハーゲンにそう伝えておいた。
「今のところ、あの男以外は発見できていないみたいです」
「そうか? なら旅人の線が濃くなってきたな」
インプたちは、そのまま僕たちの護衛を務めさせておく。今度はインプが伏兵を発見できていなかった時に備えて、数を用意しておきたかったからである。
ハーゲンたちは腕利きの冒険者で、それはデュラハン襲撃の際にも知れ渡っている。
そこにたった一人で襲撃をかけられる冒険者なんて、僕くらいのモノだろう。
次第にその距離が詰まっていき、謎の男は僕たちの前方五十メートルほどまで近付いてきていた。
ハーゲンが小さく合図を出し、他の冒険者たちも各々の武器を手に取る。
しかしまだ構えるまでにはいかない。
彼が普通の旅人であったならば、変に威嚇した場合、こちらが犯罪者にされてしまうからだ。
しかしその心配は杞憂に終わる。
距離がさらに近付き、両者の距離が三十メートルほどになった時、男は軽く手を振って一瞬で魔法を発動させた。
「な、なにっ!?」
詠唱も無ければ、魔法陣の展開もない。
完全な無詠唱。そして完全な不意打ち。これは熟練した魔術士でないとできない技だった。
男から放たれた光弾の魔法は、空から警戒していたインプたちを容赦なく攻撃し、一撃のもとに撃墜して退ける。
たった一挙動で、九体のインプが全滅である。その攻撃にハーゲンは一瞬声を失くしたが、即座に我を取り戻し、男に声をかけた。
「そこで止まれ! なぜこちらを攻撃した!?」
敵だから……と一瞬思ったけど、よく考えてみれば、インプは悪魔の一種である。
彼が『僕たちが襲撃されている』、もしくは『悪魔を従えた野盗』と判断しても、おかしくはない。
その勘違いの可能性を考えたからこその、ハーゲンの警告だろう。
しかし男はこちらの質問には一切答えず、さらに腕を振って魔法を放つ。
今度は容赦ない範囲魔法。火球を着弾させ、その爆炎で周囲を吹き飛ばす、凶悪な物だ。
「伏せて!?」
警戒の声を発し、僕は背後を振り返る。
爆炎の魔法は着弾した後の爆発で周囲を焼き払う魔法だ。伏せていれば、その威力は大幅に削ることができる。
僕は反射的にミィスをかばおうと振り返ったが、それより先にミィスが僕に抱き着き、押し倒す。
そして魔法は炸裂し、僕たちを容赦なく吹き飛ばしたのだった。
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