第66話 召喚魔法の成果

 魔法に寄って地面に魔法陣のような物が生成され、それが消えた頃には九匹のインプが出現していた。

 召喚系の魔法は、魔術師系なら悪魔系召喚、僧侶系なら不死者召喚という二系統が存在する。

 さすがに不死系のモンスターを召喚するのはいろいろ問題がありそうなので、悪魔系の召喚魔法を使用したのだが、インプはあまり当たりとは言えない。

 あと不死系は臭いそうだし……


「うわっ、悪魔!?」

「んー、インプかぁ」


 ミィスは驚いていたが、インプは迷宮でも上層、つまり序盤に出現する悪魔だ。

 僕にとっては、はっきりいって弱いモンスターである。

 特に悪魔召喚の魔法で出現する悪魔の中では、最下級に位置していた。


「し、シキメさん、本当に大丈夫なの?」

「だいじょうぶ、だいじょうぶ。もし歯向かったら、容赦なく消すから」


 僕がミィスを安心させるためにそう口にしたら、インプたちは身を寄せ合ってガタガタと震え出した。

 なんだか僕が悪逆非道な召喚主みたいじゃないか?


「そっちもだいじょうぶだよ。言うことを聞いている限りは無体な真似とかしないから!」


 僕がそう保証すると、インプたちは露骨に溜め息を吐いて安堵していた。

 僕ってそんなに横暴な人間に見えたのだろうか。実に不本意である。


「まぁいいや。君たちは三体ずつ三組に分かれて周辺の監視をしてくれるかな。あと増えると面倒だから仲間は呼ばないように」

「ギギッ!」


 金属が軋むような鳴き声を上げて、敬礼するインプたち。

 その後、ギャーギャーと騒ぎながら、組分けを始めていた。


「おい、シキメ嬢ちゃん。なんだか妙な鳴き声……うぉっ!?」


 インプたちの騒動を聞きつけたのか、ハーゲンがこちらの様子を見にやってきた。

 そこで群れているインプたちを見て、反射的に大戦斧に手をかける。


「わぁ、待って待って! 違いますよ、ハーゲンさん。この子たちは僕が呼び出したんです」

「呼び出した……? まさか召喚魔法か!」

「はい。一応魔法も使えますって言ってたでしょ?」

「そういや、そんなことを言っていたような……」


 エルトンの依頼を受ける際に、僕は魔法が使えると伝えている。

 錬金術の方が注目されていたため、忘れられていたようだが、戦力アピールの一環としてそう伝えていたのだ。


「ほら、君たちも挨拶!」

「ギィッ!」

「組分けは終わった? じゃあそっちの三体は休息、そっちの三体は待機、こっちの三体は周辺監視」

「グギッ!」


 僕の指示を受けて、三体のインプが周辺に飛び出していく。

 三体を待機としておいたのは、魔法の効果時間がいまだ不明だったからだ。

 この魔法、戦闘中に使える魔法で、戦闘が終われば召喚モンスターは自動的に送り返される仕様だった。

 しかしこの現実と化した世界では、戦闘とそうでない平時の区別が曖昧だ。

 彼らがどれだけの時間、こちらに顕現していられるのか、調べておく必要がある。


「本当に言うこと聞くんだな」

「ええ。人手不足を解消しようと思いまして」

「あのインプどもに見張りを任せようというのか。大丈夫なのか?」

「平気です。私の方が圧倒的に強者なので、サボったり逆らったりはしないはずです」

「強者? いや、それならいいんだが。気を遣わせたみたいで、悪かったな」

「今後の戦力増強にもなりますし、実験的に試してみようと思っただけですよ」


 結局のところ、僕たちはミィスと二人しかいない。

 今はハーゲンたちが一緒だからいいけど、この先、数で攻められる展開もあるかもしれない。

 数に対抗するには、やはり数を用意するのが、もっとも簡単な解決策だ。

 召喚魔法の詳細を把握し、実用できるようになれば、その数を簡単に用意することができる。


「ハーゲンさん、さっきこっちの方から下級悪魔が!」


 そこへハーゲンの仲間たちが、泡を食って駆け込んできた。

 下級悪魔といえば、正規の騎士と互角に戦える、一般人から見れば難敵に当たる。

 インプなら多少は余裕があるかもしれないが、遠目に下級悪魔としか分からなかったのなら、警戒するのも当然だろう。


「それなら落ち着け。あれは嬢ちゃんが呼び出した召喚魔だ」

「え、召喚魔法?」

「ああ。わりと高位の魔法なんだが、それを使ったらしい」

「あー、シキメちゃんなら、あるかもしれませんねぇ」


 どこか遠い目をしながら、仲間の人は虚ろな声でそう返してきた。


「なんだか、失礼な印象を持たれていません? 僕」

「錬成を五つ同時並行で行っておいて、今さら」

「いやー、あれはギリギリの状況でしたし」


 あのおかげで、錬成時に余計なことを考えることは無くなっていた。

 おかげで、一時的に劣化していた回復ポーションの性能は元に、戻っている。

 それに、ミィスは僕を心配してくれたようだけど、僕にはまだまだ余裕があったくらいだ。

 そんなやり取りをしつつ、その日の夜は更けていった。



 翌朝、僕は悲鳴を聞きつけて目を覚ました。

 僕の横にはミィスが引っ付くようにして眠っている。こういう姿を見ると、彼はまだまだ子供だと思い知らされた。


「な、なに!?」

「ん~?」


 疲れがあるためか、いつもは目覚めの良いミィスだが、なかなか目を覚まさない。

 とはいえ、さっきの悲鳴を無視するわけにはいかない。

 僕は抱き着くミィスの腕をほどき、テントの外に飛び出していった。

 身に着けている寝間着一つで、戦闘に参加するのはいささか不安ではあるが、僕の場合はむしろ素っ裸の方が強かったりする。

 そんな僕の目の前にドンと飛び込んできたのは、大量のホーンドウルフの死骸だった。


「こ、これ、なに?」

「グギッ!」


 その狼の死骸の山の上で、誇らしげにインプたちがポーズを取っていた。

 どうやら僕に褒めてもらいたいらしい。

 そしてその山のそばでは、ハーゲンの仲間の女性が一人、腰を抜かしていた。


「シキメ嬢ちゃんか。こいつは一体、どういうことだ?」

「それは僕が聞きたいですよ。一体どうした――」


 どうしたのか、と聞こうとした僕のそばに、インプが一匹舞い降りてきて、『グギッ、グギャギャッ』とパントマイムを始めていた。

 ハーゲンにはさっぱりだったようだけど、僕にはなぜか、その動きの意味が正確に伝わってくる。


「夜中に、近くにいた狼の群れを討伐しておいた? いつもより魔法が強く出てびっくりした?」

「そういや、昨夜は珍しく野獣の襲撃とか無かったな」

「頻繁にあるモノなんです?」

「結構な。こういった山道だと餌が無いから、二日に一度は襲撃を受けるんじゃないか?」

「へぇ~」


 確かにこの険しい山脈では、餌の確保は死活問題になるだろう。

 ならば山を下りればいいと思うのだが、なぜか魔獣というのは自分の縄張りに固執する傾向があるらしい。

 インプたちはその魔獣の群れの縄張りを一つ、壊滅させてきたようだった。


「ホーンドウルフなら、まぁそんなに強くないからインプでも倒せるだろうけど、それでもこの数はすげぇな」

「僕も驚きました」

「ハーゲン、驚いたわよ。うっかり漏らすところだったじゃない!」

「お前、一応女なんだから、その辺は少しボカせよ」

「男と旅してたら、多少のデリカシーなんて吹っ飛びますから」


 その女性は朝の用足しに出ようとして、この山を目撃してしまったらしい。

 まぁ、驚くのも無理はない。それに漏らしたとしても、それはそれでと思わなくもない。それくらいには、彼女は可愛い系の美人さんだった。


「まぁ、シキメ嬢ちゃんがいるから、お前程度じゃ――」

「なんかいいました?」

「いや、なんでもない」


 それなりにカワイイ女性だというのに、ハーゲンの言葉はヒドイ。

 これに関しては、女性の肩を持たざるを得ない。

 ともあれ、インプたちはしっかりと夜警の役目を果たしたのだから、褒めてあげないといけないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る