第65話 再出発
ミィスの筋肉痛が引いた頃合いになって、エルトンの出発準備が整った。
強欲の結晶という、謎のアイテムを預けっぱなしなのも気になるけど、事が解決するまで居座るわけにもいかない。
僕は逃亡中の身であり、また依頼を受けている最中でもある。
調査を依頼しているギルドとの連絡手段が無いことが難点だが、調査は続けてくれるという話なので、イルトア王国の帰りにでも寄って話を聞くことにしよう。
「それじゃ皆さん、出発しますよ」
エルトンのゆっくりと馬車を動かし始める。
ナッシュの襲撃から五日。南方の城門はすでに修復を済ませており、町はかつての平穏を取り戻しつつあった。
私たちはそんな鉱山の町を後にし、晴れて山越えに向かうことになった。
「シキメ嬢ちゃん、ここから先は山越えになる。人手が減って負担が増えると思うが、しっかりと頼むぞ」
「任せてください。ミィスもいることだし、大丈夫ですよ」
今回から風の刃が抜けてしまうため、護衛の人数が減ってしまう。
そこで鋼の盾のパーティを二つに分け、車列の側面の防御につけてもらっていた。
私たちはいつものように最後尾を護るので、負担自体は変わらない。
むしろハーゲンたちの負担だけが増している状況だった。
「むしろハーゲンさんの方がつらそうなんですけど……」
「あーいや、ははは……」
頭を掻いて誤魔化しているが、これは苦笑いの意味も含まれている。
本来ならあの鉱山の町で追加の人員を補充する予定だったが、ナッシュの襲撃で復興のために人手を持っていかれたため、補充ができなかったというのが真実である。
そのしわ寄せは人数の多い彼らに伸し掛かっている。
「一応スタミナポーションは多めに渡しておきますけど」
「ああ、そりゃありがたい。嬢ちゃんの薬は効くからな」
「それだけじゃ、足りませんよねぇ?」
「うっ、まぁ、そこは踏ん張りどころというか……」
頬に一筋の汗を流しながら痩せ我慢をしてみせるハーゲン。だがここから先、山越えが待っているというのに、無理をしては身体を壊してしまいかねない。
ここは何らかの手を打つことを、考えた方がいいだろう。
◇◆◇◆◇
町から離れていく車列。その中にシキメたちの荷車も存在した。
街壁の上からその様子を見送っていた一人の男は、血がにじむほど拳を握り締め、搾り出すように呻き声を上げていた。
「なぜだ……」
激情を持て余し、怒りのままに胸壁に拳を叩きつける。
素手であるにもかかわらず、胸壁はその衝撃に耐えかねて、ビシリと亀裂が入った。
これは決して、胸壁が劣化していたわけではない。それだけの衝撃を、彼の拳が生み出したということだ。
「シキメやハーゲンだけならまだ分かる。だがなぜ……他の連中、ミィスというガキにまで『誘惑』が効かん!」
彼らが出発するまで、男――タラリフは何度もシキメたちの商隊に接触していた。
しかしその結果はあまりにも芳しくない。
ことごとく石の誘惑に耐えきり、彼の話を断って退けた。
それがレベルの高いシキメやハーゲンたちならまだ理解もできる。
しかしこれが、ミィスやエルトンといった一般人や、それに毛が生えた程度の者にまで同じ反応となると、さすがにおかしいと感じる。
全てはシキメが用意していた呪詛耐性と精神汚染耐性の指輪のおかげなのだが、彼にそんなことが分かろうはずがない。
「この石が不良品なのか? いや、効果はしっかり確認しているはずだ」
石に触れてその効果を確認するタラリフ。その瞳孔は一瞬だけ猫のように細くなる。
それは人間ではありえない瞳だった。
「一旦奴らから離れて、別の連中を贄にしてもいいのだが……無視されたままというのも癪に障るな」
タラリフから見れば、彼らは弱者であり、喰らわれるだけの贄だ。
そんな弱者のはずの彼らが、小癪にも自分の思惑に逆らってくる。
それが大事タラリフには許せなかった。
「虚仮にされたままというのも、我らの沽券にかかわる。ここは直接手を出してみるとするか。どうやって石の力から逃れたのか、しらねばならんし」
いつもの芝居がかった態度を投げ捨て、タラリフは殺意に満ちた視線を車列に向ける。
そして十メートルはあろうかという街壁から、軽やかに飛び降りたのだった。
◇◆◇◆◇
その夜、山道には宿泊所が配置されていないので、僕たちは山道の一角を利用して野宿することとなっていた。
この山脈はレンスティ王国の北側の国境でもあり、徒歩でも越えることは不可能ではないが、かなり大きいため厳しい旅程となる。
この山脈越えの最中だけは、停留所や宿泊所の恩恵は期待できない。
なので水と食料だけはしっかりと用意してきていた。
「とはいえ、野宿でできる料理なんて、たかが知れてるんだけどねぇ」
スープ、パン、炙ったチーズ、町から近いので果物や生野菜なんかも、まだ恩恵に預かれる。
これがあと三日もすれば、質素な食事へと変化していくだろう。普通なら。
僕の場合、インベントリーがあるので、中の野菜や果物はいつまでも新鮮なままだ。
だからと言って、ハーゲンたちの前で披露するわけにはいかないのだけど。
「でもシキメさんの料理は美味しいから、ボク好きだよ」
「な、なんですと!? ミィス、今のセリフもう一度!」
「シキメさんの料理は美味しい?」
「惜しい、もうちょっと後!」
「ボク好――あ」
そこでミィスはようやく自分が殺し文句を口にしたことを悟った。
一瞬で顔が真っ赤に染まり、無言で僕をポカポカと叩いてくる。
「あははは。僕もミィス大好きだよォ」
「はーなーしーてー!」
そんなパンチごと彼を抱きすくめ、動きを封じておく。
とはいえ、今夜のうちにやらねばならないことはまだまだある。
「ゴホン。それはともかく、まずミィスには指輪の力について説明しておくね」
「え、これ? 呪詛耐性と精神耐性じゃないの?」
「もちろんそれもあるけど。ほら、精神耐性は少し下げたでしょ?」
「うん。そうだった」
「で、その下げた分に物理防御上昇をつけたんだよ」
「物理防御……あ、それでナッシュさんの攻撃が逸れたんだ!」
「そういうこと。とはいえ、万能な防御でもないし、ナッシュ程度の攻撃だったから防げたってのもあるから、過信はしないでできるだけ避けるようにしてね」
「ナッシュさん程度って、冒険者の人たちが薙ぎ払われてたんだけど……」
確かにナッシュの力は凄かったらしいけど、それだってゲーム後半の敵よりは弱いと思われた。
でないとミィスが無事だったことに説明がつかなくなる。
「ナッシュの討伐でミィスのレベルもさらに上がってるけど、やっぱり気を付けるに越したことはないでしょ。僕も心配だし」
「シキメさん、心配?」
「もちろん。だから安全第一、命大事に。わかった」
「うん、わかった」
ミィスは神妙な顔で頷いた。
本来ならこの夜は彼の守りを強化しようと思っていたのだが、別の用事ができてしまっていた。
それはハーゲンたちの負担の軽減だ。
人手不足のまま出発することになったため、護衛の手が足りなくなってきている。
その負担は確実に彼らを蝕んでおり、初日にしてかなりの疲労が顔に浮かんでいた。
「護衛の手が圧倒的に足りていないでしょ」
「うん。僕も気を張ってるけど、山は死角が多いから」
「だよね。そこで僕の出番!」
「え、また何か作るの?」
「いやいや。ちょっとした魔法ですよ」
実は魔術師系や僧侶系の魔法には、召喚魔術というモノが組み込まれている。
それでモンスターを召喚し、使役すれば、人手不足解消に役立つだろう。
僕はそう考えて、魔法を起動してみせた。
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