第64話 ゴリ押し
フロートボムの爆発で、僕の視界は一瞬にして赤い閃光と灰色の爆炎で覆われた。
埃と煤を思いっきり吸い込んで、思わず咳き込んでしまう。
「ケホッ、ケホッ」
「し、シキメさん!?」
背後でミィスの慌てた声が聞こえてくる。
もっとも、この結果は当然と言える。フロートボムを殴れば爆発するのは当然だ。
「大丈夫だよ、怪我一つないから」
「……え?」
宣言通り、僕の身体には傷一つ付いていない。
これは先ほどかけた障壁の魔法による効果のおかげだ。
この魔法は序盤で覚えることができる魔法で、熟達すれば魔法やモンスターのブレスなどを完全に無効化してしまう魔法だ。
フロートボムの自爆は、一種のブレスみたいなものだと考えていたので、この魔法が有効だと思っていた。
しかしこの魔法、効果の発動率が凄まじく低いので、序盤はあまり使い道がない。
その発動率は、なんとレベル当たり1%ほど。しかも上限は95%で頭打ちになってしまう。
あまりの効果の不安定さから、効果を実感できるのは40から50レベルほどと言われている。
ちなみにゲームのクリアレベルも、同じくらいだった。
「さっきの障壁の魔法は魔法とかブレスを完全に防ぐことができるんだ」
「え、すごい!」
「ただしレベル当たり1%くらいの確率で」
「え、ダメじゃん……」
期待に満ちた視線を向けてきたミィスだったが、一瞬で死んだような目に変化した。
それでも、僕のレベルを考えれば、この魔法は恐ろしいほどに効果的だ。
なにせ上限の95%の無効化率を誇るのだから。
「僕が使うと、九割以上の確率で無効化しちゃうんだ。でも効果時間が短いことと完全じゃないのが問題点かな」
「へぇ~すごい!」
「でしょ。もっと褒めてもいいのよ?」
「さすがシキメさん。さすシキ!」
「その略し方、どこで覚えてきたの……?」
ともあれ、これでフロートボム相手に
あとはパーティ機能で、僕とミィスは取得経験値が共有されているので、僕がフロートボムを引き受け続ければミィスもレベルが上がっていくという寸法だ。
一応ミィスにもこの障壁の魔法の効果は及んでいるので、不意を突かれても問題はあるまい。
ただし、近接攻撃は防げないので、そこは注意だ。
それに5%の失敗確率だってある。僕の場合、無駄に高い体力値のおかげで何事もなく済むだろうけど、ミィスはそうはいかない。
防御策は講じておいて損はないのだ。
「それじゃ、ガンガン行くよー」
「あ、待ってよ、シキメさん!?」
僕が先に進むと、ミィスがちょこちょこと後を付いてきた。
まるでカルガモのヒナみたいなその態度に、思わず笑みを漏らしたのだった。
暗い坑道の中で、続けざまに爆発音が響き渡る。
灯りを頼りにズンズン先に進み、ドンドンと誘爆を誘う。
そのたびに魔法をかけ直しているのだが、そろそろ使用回数が限界に達するはずだった。
「シキメさん、魔力とか大丈夫なの?」
「ん~」
その辺はミィスも気付いていたのか、僕に確認を取ってきた。
確かに僕の特定の魔力域は尽きかけているはずなのだが、不思議とその気配がない。
ひょっとすると魔力域も二十キャラ分統合されてしまったのかな?
それに、魔法の使用回数だけが戦闘力ではない。
「まだまだいけるよ。アイテムはたくさんあるからね」
インベントリーから、じゃらりと魔除けの山を取り出す。
この魔除けには、障壁の魔法が込められており、使用することで障壁の魔法を起動することができる。
あると便利なアイテムなので、大量のストックが存在していた。
「あ、これミィスにも渡しておいた方がいいかもね」
「うえぇ!?」
「大丈夫大丈夫、たいして高いアイテムじゃないから」
渡された魔除けを、おっかなびっくりな手つきで受け取るミィス。
額を尋ねられたが、その金額を正確に思い出すのに、しばらく時間がかかってしまった。
「んーと……確か一万ゴールド――いや、一万ゴルドだったかな」
「高い、高い!?」
考えてみれば、猟師時代のミィスの二か月分の月収に当たる。
そう考えれば、意外と高いアイテムなのかもしれない。
「まぁ、気にしなくてもいいよ。戦利品として拾うだけじゃなくて、錬金術でも作れるアイテムだから」
「そうなの?」
「そうそう。確かキメラの蛇の毒と――」
「だからそれ危険生物だから!」
ミィスのいつものツッコミを受けながら、僕はさらに坑道の奥へと足を踏み入れる。
そして最下層のさらに先、フロートボムが沸きだしてきたという穴に到着した。
「うーん、どうしたものかな?」
「どうかしたの?」
「うん。このままこの先まで進んでフロートボムを殲滅するのは簡単なんだけどね」
この障壁の魔法があれば、致命傷を負う可能性は限りなく少ない。
しかし、その痕跡を残してしまうと、後から討伐に来た連中が不思議に思うだろう。
フロートボムの討伐は、すでにギルドに提出されていた。
しばらくすれば、フロートボムの討伐に、別の冒険者が乗り込んでくるはずだ。
「今日のところは、この辺で帰ろうか。もうかなり経験値は稼いだはずだし」
「その、経験値って何?」
「うーん、貯めるとレベルが上がる、目に見えない不思議な力かな」
正直、僕だって正確なところは分からないのだから、答えようがない。
しかし存在することは確かなので、これを利用しない手はない。
「とにかく、元来た道を戻ろう。この先は依頼を受けた人に任せるに限る」
「う、うん。危険なことは避けないとね。正直言って、見てる方が心が痛い光景だったし」
なにせ僕が爆心地に飛び込んでいく光景を、延々と見せ続けられたのだから、ミィスにとっては意外とキツイ討伐だったかもしれない。
しかもこの戦法だと、戦利品として素材を集めることもできない。
自爆で根こそぎ爆発四散してしまうのだから、素材が手に入る方がおかしい。
そうして僕たちは、途中で煤だらけになった服を着替え、宿に戻った。
途中でギルドの様子を見てきたが、どうやら討伐の冒険者は集まっていない様子だった。
そりゃ殴れば爆発する相手なのだから、よっぽど装甲の厚い重戦士くらいじゃないと、旨味は無いだろう。
いや、それですら、装備の整備を考えると、赤字になるかもしれない。
あの敵を倒して素材を得るには、一撃必殺で仕留めるだけの攻撃力が必要になる。
ひょっとすると、今のミィスなら可能かもしれないが、無理をする必要はない。
そして翌朝――
「いた、いたたた……シキメさん、なぜか身体が!?」
翌朝、ベッドの上で悶えるミィスの姿があった。
理由は単純。急激なレベルアップにより、いわば成長痛にも似た痛みに襲われているのである。
とはいえ、肉体ではなく、中身の方が優先して成長しているようなので、急に巨漢になったり、ムキムキになったりはしていない。
ぷにぷにだった身体が、しなやかな弾力に包まれている。これは、高い運動能力を得ている証だ。
「おお、これはなかなか……いい感触」
柔軟かつ強靭な筋肉に育ったミィスの足をつつきながら、僕はその感触を堪能する。
子供らしい柔らかさを保ちつつも、それまで以上の強度を持つ肉の感触は、地球でも触れたことのないものだった。
しかしそれは、痛みに悶えるミィスにとっては、嫌がらせに近い。
「シキメさん、痛いから! 今はそっとしておいてぇ!?」
「しょうがないにゃあ。じゃあ、ご飯を持ってきてあげるね」
「うう、ありがとうございますぅぅぅ」
なかば涙目のミィスを置いて、僕は食事の軽食を部屋に持ち込んだ。
どうにか身体を起こしたミィスの口元に、僕はミルク粥を匙に掬って運んであげる。
「はぃ、あーん」
「えぇ、自分で食べれるから――」
「そうなの?」
僕の介護を拒否したミィスの腕を、指でつんつん突ついてやる。
するとミィスは激痛に悶え、再びベッドの上に倒れ込んだ。
この様子を見て、介護プレイとミィス弄りで、しばらくは楽しめそうだと含み笑いを浮かべたのだった。
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