第63話 パワーレベリング

 その日、僕たちは町の食堂で朝食をとっていた。

 いつもの町の風景に、デュラハンが起こした災害痕を復旧する非日常が混じり込んだ、朝の風景。

 その騒動も次第に落ち着きを取り戻し始めた、騒々しくも活気のある食堂。

 そこでエッグトーストを齧りながら、僕の耳に飛び込んできたのは――


「鉱山の魔獣?」

「ああ、どうやらこの先の鉱山が魔獣の巣を掘り当てちまったらしくてな」

「そりゃタイヘンだ。この町にも影響があるんだろうなぁ」

「鉱石の仕入れは、少し困るだろうな。なんせ連中、攻撃したら爆発しやがるんだ」


 聞こえてきた『爆発』という言葉に、僕の身体はピクリと動く。

 ゲームでもそういう行動を執るモンスターがいたからだ。


「それ、凄いのか?」

「周辺数メートルに爆風が撒き散らされるんだとよ」

「なんだ、たった数メートルかよ」

「バッカ、おめえ、考えても見ろよ。それだけあれば人一人吹っ飛ばすにゃ充分だろうがよ」

「あ、そうか。そりゃタイヘンだな」


 攻撃したら確実に自爆し、否応なく巻き込まれる。

 鉱石系の魔獣だから装甲が硬く、遠距離攻撃が効きにくい。そんな特徴が聞こえてきた。

 鉱山で働く人にとっては、これは災難以外の何物でもない。

 しかし僕にとって、これは天啓のように聞こえてきた。


「ミィス、このあとギルドに行こう!」

「むぐ、んぐっ? な、なんで?」

「んふふ、君のレベル上げを敢行するのだよ」

「ふぁ!?」


 ギルドに向かうのは、現在のミィスのレベルを記載させるため。

 僕の考えが正しければ、この方法でミィスはかなり強くなれるはずだ。

 もっとも、レベルはおそらく身体能力基準の強さの指標にしか過ぎない。

 実戦経験を積まないと戦い方は身に付かないと思うが、それは後でどうにかするとしよう。

 今はレベルを上げて、ミィスの基礎能力を上げることに注力しよう。



 そんなわけで、僕たちはハーゲンの護衛の下、ギルドにやってきていた。

 相変わらず視線の矢を受けるが、ハーゲンの存在と、ゴステロ支部長の通達のおかげで、直接勧誘しようとする者はいなかった。

 ただし、あの一件の礼を告げに来る者は、今も少なくない。

 むしろ数名に囲まれてしまい、ハーゲンが『後にしろ』とかき分けてくれる事態になっていた。


「悪いな。アイツらも悪気はないんだ」

「知ってますよ。ヘンな勧誘じゃない限りは、機嫌を損ねたりしません」

「そうしてくれ」


 カウンターに向かい、受付の人に登録情報の更新を告げ、レベルを測定する石板を用意してもらった。

 相変わらず二桁までしか測定できないもののようだが、ミィスの場合はこれでも充分だ。


「それじゃ、こちらに手を……ああ、知ってましたね」

「はい。測定したのはこの前ですから」


 ミィスの登録情報はまだ3レベルのままだ。

 しかし僕は、彼のレベルが10レベルまで上昇していることを知っている。

 石板に手を置いたミィスは緊張しているようだが、受付の人は手慣れた様子だった。

 その余裕の表情が、ミィスの測定結果を見た瞬間、驚愕に染まる。


「え、レベル――っと、失礼しました」


 さすがにレベルを口にするほど迂闊ではなかったようで、口に手を当てて、強引に言葉を切り、謝罪の言葉を口にする。

 周囲を見て、視線が集まっていないことを確認すると、そっとこちらにミィスの登録証を返してくれた。

 そこには僕の測定器と同じ、レベル10の文字。この間までレベル9だったが、デュラハンを倒したことで一つ上昇したらしい。

 周囲の視線も、さすがにカウンターでのやり取りの最中にまで向けるのはマナー違反のため、無理やりな様子で視線を外している者も多かった。


「すごいですね。ちょっとした騎士に匹敵する強さですよ」

「そうでしょう、そうでしょう。でもナイショですよ?」

「守秘義務がありますので、そこはご安心を。相手が支部長でも話しません」

「それを聞いて、安心しました」


 これでミィスの情報が他所に漏れることも、まず無いだろう。

 まだ十二歳にもかかわらず、このレベル。青田買いしたい者や、騙してこき使ってやろうという人間がいれば、即座に目を付けられる。

 しかし情報がここで止まっている限りは、そういう危険もない。


「それじゃ、僕たちはこれで」

「ええ、より一層のご活躍を期待しておりますね」

「アハハ、それはどうかなぁ」


 軽く手を振り、カウンターを離れる僕。その僕の姿に、ミィスは意外そうな声を上げた。


「えっ!? あの、シキメさん……?」

「ん、なぁに?」

「討伐依頼とか、受けないの? ほら、鉱山――」

「あー。殴ったら爆発する奴でしょ? 無理、無理」


 殴るとすぐ爆発する魔獣をなのに、接近戦で倒そうなんて危険すぎる。

 それに僕が目論んでいるのは、討伐証明になる魔晶石を回収できない戦い方だ。

 ぶっちゃけると僕しかできない戦い方なので、ここで情報が漏れるのはマズい。


「ほら、ミィス。今日のところは宿に帰るヨー」

「なんか棒読みっぽくない?」

「無い無い」


 そう言ってぐずるミィスをカウンターから引き剥がし、僕たちはギルドを後にしたのだった。



 そうしてやってきたのは、くだんの鉱山。

 ここの下層……情報では地下三階分くらい潜った場所にその敵がいるらしい。


 そしてここからの戦闘は企業秘密ということで、ハーゲンとロバのイーゼルには留守番をしてもらった。

 鉱山にロバを連れていけないし、ハーゲンにここから先の戦闘を見せるわけにはいかない。

 ハーゲンは渋っていたが、無理についてくる場合、ギルドを脱退して行方をくらますと宣言したら、渋々ながら了承してくれた。

 彼の仕事からすればあり得ないことなのだろうが、今回ばかりは目を瞑ってもらおう。


「あんなこと言ってて、結局来るんじゃない」

「そりゃそうでしょ。敵を倒さないとミィスのレベル上げができないからね」

「レベルって、そんな簡単に上がるモノじゃないよ?」

「ここにきて急成長してる人が言っても、説得力ないなぁ」


 ミィスの鼻先を指で押してやると、まるですっぱいものを食べたかのように顔をしかめる。

 その仕草が面白くて、つい何度も繰り返してしまった。


「もう、シキメさん、イジワルはヤメテよぉ」

「ごめんね。ミィスの仕草がまるで子猫っぽいから、つい」

「むぅぅ」


 不貞腐れるミィスだが、彼の言うことも一理ある。

 早くいかないと時間が遅くなるし、別の冒険者が討伐に来る可能性もある。

 この鉱山は町の貴重な収入源の一つだし、事態が長引けば、間違いなく討伐の依頼は入るだろう。

 それまでにできる限り、爆発する敵……おそらくはフロートボムと呼ばれる特殊な魔獣を倒してしまいたかった。


「それじゃ行くよ。明かりの準備は良い?」

「あの、本当にボクは何もしなくていいの?」

「うん。それどころか、僕もほとんど何もしないけどね」

「え?」

「私に良い考えがある」

「なんか、不安。それになんで『私』?」

「いや、つい……」


 それにこのセリフは失敗のフラグじゃないか。僕としたことが迂闊だった。

 発光する石を埋め込んだバンダナ状の魔道具を頭に着け、前振りとなる補助魔法をいくつか使用して、鉱山へと足を踏み入れる。

 地下から魔獣が沸きだし、人がいなくなった鉱山は、狭い迷宮のような場所だった。

 しかしフロートボムが出現しているため、ここを根城にしようとする他の魔獣も存在しない。

 つまり一気に最下層まで辿り着くことができた。

 細い竪穴を降り、最下層に足を踏み入れ、ほんの数分でフロートボムは姿を現す。


「早速出たね。まずは僕が様子を見るから、ミィスは少し離れていて」


 パーティ機能があるのだから、ミィスには鉱山に入ってもらう必要はなかったかもしれないが、まぁこれも僕の力を知ってもらう一環と思おう。

 まずは手始めに障壁という補助魔法を使用し、拳でフロートボムをコツリと叩く。

 もちろん無装備特典のない拳では、大したダメージを与えられない。

 しかしその攻撃にも、フロートボムはしっかりと反応し――盛大に爆発したのだった。

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