第9話 雉も鳴かずば撃たれまいに

「あつっ」


 台所で包丁を使っていると、私はうっかり指を深く切ってしまいました。

 一瞬後、赤い血液が溢れてきます。


 私はオーヴァードなので、こういう傷はすぐに治るんですが、それでも1時間は掛かります。

 1時間血が止まるまで料理を止めるわけにはいかないので。


 私は絆創膏を使用することにしました。

 絆創膏は絆創膏でも、水絆創膏です。


 今、料理中だから。

 水を使う状況が考えられるから。


 薬箱から水絆創膏を出し、傷口につける。

 これで良し。


 私は料理を続けました。


 


 今日はお花見です。

 雄二さんの研究室の。


 雄二さんの大学の研究室では、親睦を深めるためか、花見をするんですよ。


 私は今年、それに呼ばれてまして。

 ……いや、スミマセン。嘘を吐きました。


 私が参加させて貰ったんです。

 私が無理を言って。

 だって多人数の集まりに参加してみたかったんですもの。


 そのために、今日は色々作りました。

 いつもは低カロリー高たんぱくを意識しているんですけど。

 今日は茶色と黄色多めです。


 大きな重箱3個に料理を詰めて、準備完了。

 余所行きなので、白いブラウスと灰色のフレアスカートを着用。


 その頃には、私の指の傷は塞がっていました。




 お花見の会場は、近所の神社で。

 そこの大きな桜の下。


 レジャーシートがそこに敷いてあって。


「おーい」


 ……体格のいい髪の短い男性……私の夫の雄二さんがいました。


「雄二さん」


 私は彼のところに急ぎました。


「大荷物だね。言ってくれれば手伝ったのに」


 そんなことを言います。

 いや、雄二さんは場所取りで忙しかったのでは?


「大丈夫ですよ」


 今日は楽しみましょうね。

 普段、主婦業ではこういう集まりが無いんですもの。




 ……何で雄二さんが「私も花見に行ってはいけませんか?」って言葉を渋ったのかが分かりました。


「ねぇ優子ちゃん、連絡先を交換しようよ」


 ……ヘラヘラした態度の、軽薄な男。

 雄二さんの研究室の同期の男らしいんですけど。


 それがね、私に言い寄って来るんですよ。

 私がすでに雄二さんの妻であると言ってもお構いなし。


「あのさ、難波。優子と俺はすでに結婚してるって言ったよな?」


 ……雄二さんが怒りを抑えた言い方でそう言うんですけど。


「はいはい」


 ……相手にしないんですよね。

 殺してやりたいです。

 しませんが。


 この難波とかいう男、私の隣に腰を下ろして、私を口説こうとするんです。

 これがウザったくてたまらない。


「宝石のついた指輪してないけど、買ってもらえないの? 僕ならすぐにでも買ってあげられるんだけど」


 宝石がある指輪だけが指輪じゃ無いんですよ。

 買おうと思えば貯金があるからいつでも買えるけど、あえて買ってないだけです!


「スカート可愛いね」


 あなたに見せるために選んだスカートじゃないです。

 雄二さんが恥を掻かない様に、みっともなく無いものという視点で選んだんです!


「僕のパパは経営者なんだよね。しかもいっぱしの企業。優子ちゃんさぁ、きっと北條なんかには満足させて貰えて無いと思うんだよ……」


 ……ここで、雄二さんが立ち上がりそうになったので、私は慌てて彼を止めました。

 暴力事件起こすと、夫の方が悪いことにされかねませんし。


 別にUGNの闇の権力を使えば、揉み消すことはできなくもないんですけど。

 こういう私情でそんなことをすれば、査定が悪くなりますし。


 なので、私は夫を抑えつつ、面と向かって言ってあげました。


「私は私の夫を侮辱する人は嫌いです。……他人の配偶者に手を出す行為は大変醜いですよ。止めていただけますか?」


 笑顔で。

 すると彼は顏を引きつかせて


「キモ」


 そう言い残して、私の隣から去って行きました。




「雄二さん、ちょっと聞きたいんですけど」


 ある朝。

 朝ご飯を一緒に摂りながら、夫婦の会話。


「何? 優子?」


 ご飯を焼き魚と納豆で搔っ込みながら、雄二さん。

 私は問いました


「何か最近、研究室で変わったことありました?」


 すると雄二さんは


「……同期の1人が急に学校を辞めたんだよな。何でも、親の経営する会社が倒産したらしくてさ」


 普通のサラリーマン家庭だったらこうはならないんだろうな。

 怖えよな経営者。


 そう言いつつ、彼は私の作ったみそ汁を啜ります。


「そうね。会社を潰すと従業員に責任を果たさないといけないだろうしね」


 私はそう、彼に相槌を打ちました。


 ……あのクズの実家の会社にハッキングと侵入を掛けて、保有してるコア技術の機密を残らず盗み出して全部ネットに流してやったら、あっけなく潰れちゃいましたか。

 体力の無い企業だったんですね。


 私はそう頭の片隅で思いながら、彼に微笑みかけました。

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工作員系彼女が俺の家にやってきたんだが XX @yamakawauminosuke

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