こんなところで小説書いてないで穴に書けよォ!!!

ちびまるフォイ

* あなのなかにいる *

最初は誰かがマンホールのフタを開けたまま放置したのかと思っていた。

近くにそれらしいフタもないので気になって覗いてみる。


「水の音も聞こえないな……」


下水が流れる音も聞こえないし、

地下にいくためのハシゴすらない。

ただの穴。


「どこにつながってるんだ?」


スマホのフラッシュをつけて穴を覗いてみる。

穴の底は深淵に包まれていて見通すこともできない。

けれど、壁面になにか刻まれていることには気づいた。


文字だった。

穴の壁面に文字が書かれている。


昔の人が石壁に絵を残したように

なにか歴史的な発見かと思ったが文字はまさかの現代語。


重要文化財としての価値がないとわかるや、

今度は現代の誰が何のために文字を書いているのか気になった。


まして、こんな真っ暗な穴の中で。


腰をかがめながら穴の丸い壁に書かれている文字を目で追ってゆく。


「わたしは、あるひ、とある別荘をおとずれ……んん?」


穴に潜っている人の日記ではない。

それはどう読んでもミステリー小説だった。


一度読み始めるや途中で目を離せなくなるほどの文才。


穴の周囲をぐるぐる回りながら文字を読み進めてゆく。

物語は穴の壁面を螺旋状に書かれている。


あっという間に光の届かない先へと文字は進んでしまった。


「くっそ……先が気になるのに見えない!」


ホームセンターに走るとヘルメットつきのライトとロープを買った。

小説が書かれている穴に戻るとロープを垂らして下りていく。


「おおお……! これは……なんて面白いんだ……!!」


垂らしたロープにぶら下がりながら、穴の壁を読みすすめる。

読めば読むほど中毒のように先の展開が気になってたまらない。


あっという間にロープの最果てへと下りてしまった。


「ああもう!!! この先が一番いいところなのに!!!」


どうしてロープを大量に買い込まなかったのかと自分を呪う。

ホームセンターの店員が怪しむほど大量のロープを買い込み穴へと戻った。


これでもっと奥底へと読みすすめることができる。


「あっ……!? ロープが!?」


穴へと戻った時、最初に垂らしていたロープが切られていた。

悪意ある誰かのイタズラか、鳥にでもついばまれたのか。


残っていたのは重しに巻かれたロープの残骸だった。


ロープならいましがた大量に買い込んだので巻き直せばいいが、

この現状を見て自分の作戦の欠陥に気がついた。


「どうしよう……途中でロープ切られたら終わりじゃん……」


穴で読書していなかったからよかったものの、

もしロープが切られるタイミングで穴にいたらどうなっていたか。


水の音も光すら届かない深淵にぶち落ちたら命はない。

もう一度ロープを結び直しても、命綱を垂らし続けるのは同じこと。


「どうしよう……どうすれば安全に穴に潜れるんだ」


頭の中では脳が「早く先を読ませろ」と急かしてくる。


ふと思い出したのは登山家が切り立った崖を登るときに、

小さなツルハシのようなものを崖に刺していた映像だった。


名前をも知らないその道具を登山品店で買い込むと、

ふたたび穴へと戻る。


多くの回り道をしていたせいで読書への飢餓感がすさまじい。


「ああ、はやく! 早く読みたい!!」


穴に入ると、すでに読んだ部分の文章に道具をぶっ刺す。


幸いにも壁は柔らかめの素材で深々と突き刺すことができた。

刺した部分の周りには亀裂が入って、欠片が穴の底へとバラバラ落ちてゆく。


「……まあ、このあたりは読み終わったからいいか」


虫食い状になった小説には目もくれず、

かつて読んでいた部分まで下りていった。


ようやっと到着したころには上の部分は穴だらけ。


穴から出るときの取っ手としても使えるように、

指が引っ掛けられるほど深く壁面を削ってきたので読んだ部分の穴小説はズタズタだ。


「よし、やっと続きが読めるぞ! むむ! そうなったのか!!」


穴に書かれた小説を読み進めてゆく。

読めば読むほど気になる内容に穴の外へ出るのもまどろっこしい。


穴の中で休んで、起きてはまた読み、また休みを繰り返した。


坂を転げ落ちるように進んでいく物語に目が離せない。

だんだんと下りるための横穴掘りも雑になってゆく。


早く次を。早く先を読みたくてたまらない。


ついに物語も終盤にさしかかったとき。

穴の奥からなにか音が聞こえた。


「カンカン音がするぞ……? おーーい! 誰かいるのか!?」


ライトで穴の底を照らした。

穴の底にはひとりの男がこちらを見上げていた。


「まさか……あなたがこの穴へ小説を書いていたんですか!?」


男の手に握られていた道具を見て思わず訪ねた。


「ああ、そうだ」


予感は的中した。


「どうしてこんな穴の中で小説を?」


「邪魔が入らない最高の環境で仕事ができ、

 読みてもあらゆる外界から遮断されて私の作品に没頭できるからな」


思えば穴に入ってから頭の中は小説のことばかりだった。

邪魔者も音も光も届かない。小説と向き合える場所だった。


作者はまた穴の壁面に小説を書き進めていった。

今つむがれている内容にはどんなものが書かれているのか。


あっという間に読みすすめると穴の底へとたどり着いてしまった。


「あの、もっと早く書けないんですか?

 誰が犯人なのか気になって気になってたまらないんですよ」


「今書いてる。静かにしてくれ」


空腹なのにいつまでも料理が出てこないもどかしさ。

読む速度よりも書く速度のほうがずっと遅いうえ、

穴に書くためにますます時間がかかる。


「まだですか!? 早く書いてくださいよ!?」


「今日はここで終わりだ」


「はぁ!? 全然書いてないじゃないですか!

 僕に対する嫌がらせですか!!」


「物書きにはコンディションが一番重要なんだ。

 しっかり睡眠を取り、最高のコンディションで最高のものが書ける。

 私はこの穴に生涯最高の遺作を残すんだ」


最初、この穴には現実へ戻ってくるためのものは何もなかった。

穴の中で命尽きるのを前提として書き進めていたのだろう。


「あんたのコンディションなんかどうでもいい!

 60%くらいの出来でもあとで校正すればいいでしょう!」


「壁面なんだぞ。そんなことできるか」


「だったら先の展開だけでも教えて下さいよ!

 こんなおあずけ状態じゃ発狂してしまう!」


「できるわけないだろう。そんなことしたら

 この先の話が見えて一気につまらなくなる」


「僕はこの先に待っている最高の展開よりも、

 今の状態をなんとかするほうが大事なんですよ!!」


「作者は私だ。私が書きたいときに書く!」


「ふざけるな!! 教えろ!!」


気がついたときには作者の首を手で締め上げていた。


「がっ……!」


「教えろ……! 先の展開を教えろ……!!」


ギリギリと首に回した手の力を強めてゆく。

べきっ、と枝が折れるような感触がした。


作者は力なく腕を下げて、首はがくんと後ろにたれた。

その拍子にポケットに入っていた紙が穴の底に落ちた。


「これは……? ……ぷ、プロットだ!!」


この物語がどうなっていくのかを書いたプロットメモ。

すぐに拾い上げて先の展開を読みすすめる。


誰よりも穴の小説にひたむきだったからこそ、

最後の大どんでん返しにしたをまいた。


「うそだろ。こいつが犯人だったのか!

 それじゃ、今までの言動はそういうことだったのか!?」


これまでの展開を振り返るように穴を見上げた。



壁面はボコボコに穴が掘られて欠落し、もはや読める状態ではなくなっていた。

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