終わりの始まり
終わりの始まりは、翌朝来た。いつでも、運命が動き出す時は唐突で、残酷な現実は目の前に差し迫って現れる。煮え滾った油で満たされた大鍋が目の前に見える時には、そこへ放り出されるスライダーに自分が既に載せられて、落ちている最中なのだ。そこから逃げ出すことも、留まることも出来やしない。ただ流されるままに、高温の油で煮られ絶命する他為す術は無いのだ。
朝の目覚めは、冷たい水の鋭い痛みの感覚から始まった。ばしゃっばちゃっと音がして、顔や体に痛みに近い感覚が走った。半分眠った私の脳味噌は、驚いて懸命に目を開ける。薄ぼんやりとした視界に父と母らしき男女が映った。体が思うように動かなくて驚いたが、どうやら椅子に縛り付けられているということが、少しの間を置いてわかった。頭の中がぐわんぐわんと揺れている。一体、何が起きたのだろうか、あるいはこれは夢だろうか?なんの脈絡もない唐突すぎる展開に、思い描いていたイメージとはあまりにも違うシーンに、私の思考は全く対応できなかった。吐き気と揺れる視界の中で父が口を開く。こいつをどうやって殺そうか。それに、母が答える。どこに埋めるのが良いかしら。・・・なぜ私はこの2人に殺されなければならないのか?疑問符が100個以上出ても何も納得は無かった。とにもかくにも、理不尽にも私は殺されようとしていて、それを行おうとしているのは目の前の両親だということが、確定してしまった事実として目の前に横たわっていた。茫然とする私と父の目が合った。その男は薄ら笑いを浮かべながら話し始めた。
「死に行くオメエの、せめてもの手向けってヤツで、記憶を失ったオメエが何故殺されるのか教えてやる。まず、俺たちはオメエの親じゃねえ。オメエの両親は、この家の地下で眠ってるよ。あはは。ま、ここまで至るまでにはそれはそれは長い苦労が・・・本2冊分くらいはあるかもしれねえな。とにかく苦労があったんだよ・・・。オメエみたいな
男は薄ら笑いを浮かべている。このままでは殺される。死にたくない。私は必死に男と女に訴えかけた。
「えっと、そうね・・・。どこから話すべきか・・・真実を言うわ。出来るだけ簡潔にね。私・・・リリィじゃないわ・・・。あの時死んだ方がリリィよ・・・。私は都合よくリリィに成り済ましただけ・・・あなた達のことなんか知らないわ・・・。あなたたちは私を殺す必要なんて、これっぽっちも無いのよ・・・。私はあの日、あの小屋に忍び込んでいただけ・・・飢えと、寒さに苦しんで、その日の雨風を凌ぐために小屋を借りただけ・・・それまでの苦労は、そうね・・・きっと本3冊分くらいにはなるわね。あなたたちと同じように・・・。だから、リリィなんて子、顔と名前以外知らないし、好き嫌いの話だって、ちょっと作り話をしただけなのよ・・・。私は今日あなた達に家を出るという話をするつもりだったわ。資産なんか要らないから、あなたたちは私を外に出し、行方不明の届け出を出すだけで済む。その後私が何をしようとしたって、リリィとは何の接点も無い別人である私の言葉など誰も信じるわけがないわ。あなたたちは今日、私を家から追い出して、それでお互いwin-winというわけよ・・・。だから・・・」
男と女は私の話を聞きながら、薄ら笑いを浮かべていた。こんなこと、こんな告白なんて、私は用意していない。どんな風にしたのか、周到に用意された計画によって、この男と女はこの家の夫婦とすり替わった。そしてこの家の娘を殺したのだ。私はたまたま事件に巻き込まれ、きっとおそらくは、初めて会った瞬間から、いつ殺すか見定められていたに違いなかった。他人に成り済ますなんて、一体何が楽しいんだろうか。私はただ、人生をやり直したかっただけ・・・この2人の極悪人とは違う。コイツラのように、薄汚れた動機などでは決して無かった。こんなことになるなんて・・・こんなことって・・・。ぐるぐると同じ思考が巡る。認めたくないあらゆる答えが目の前にあることを、私の脳が拒絶しているのだ。
男と女が、私を殺してどこに埋めようか話し合っている。顔を潰してしまえば、私はどこの誰とも知らない全く無関係な死体となり、
・・・おもむろに女が立ち上がり、キッチンからミートマレットを持ってきた。そして男が女からそれを受け取って立ち上がった。
死出虫の娘 QAZ @QAZ1122121
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