第5話 その後
魔王は結婚した途端、めんどくさくなった。そもそもリスからしたら騙し討ちなのに、まるでリスが結婚したがったように言う。
私が離れがたかったのは、魔王ではなくて、お菓子だ。何をどう解釈したら、そうなるの?
しかも、リスが歩くたび、ついてくる。
「どこまでついてくるの?」
トイレだよ、ここ。
「どこまでも。僕らは夫婦なんだよ。」
無駄にキラキラして言われても。
リスが拒否を示すと、夫婦だから、と押し切りたいようで、腹が立つ。
これ、夫婦なら当たり前なのだろうか。
自信がない。
前はリスの尻尾を触るのは、少しだけだったのに、今はずっと触っている。尻尾を下にして寝るぐらいの遠慮の無さだ。
夫婦は一緒に寝るのが、普通らしい。普通ってなんだ。そもそも魔王が普通を気にするとは思えない。
魔王は手を広げている。こちらに来い、と言うことか。座ると魔王に抱きしめられる。もふもふが気持ちいいらしい。私は大して気持ち良くない。
離してもらおうと、腕の中でもがいたら、魔王に首を噛まれた。
「痛い、何するの?」
「ああ、すまない。なんかいい匂いがして。」お菓子を食べ続けたから甘い香りがするのか。
「私は、お菓子じゃないよ。」
「そうだな、メインディッシュだな。」
ん?そう言うことでもない。
「食べる気?」
まさか。ここで食べるために私をお菓子で釣っていたのか。
「ああ、美味しそうだな。」
ニヤリと魔王が笑う。
リスは血の気が引いた。
すでに魔王にガッチリと捕まっている。
うわぁ、もう私はここで死ぬのね。
涙が出てくる。
魔王は優しく、痛くしない、と約束してくれる。苦しまずに殺してくれるのね。
リスは目を閉じた。
覚悟を決めた。来世があるとしたら、今度こそ幸せになりたい、と願いながら。
服を剥ぎ取られる。
血がついちゃうものね。
リスは唇に何かが侵入してくるのがわかった。何?恐怖に震える。同時に誰かに優しくナデナデされていることがわかった。魔王かなぁ。優しいなぁ。
今からリスを殺そうとしている男に、情が湧いているのがわかって、また涙が出た。涙を舐められる。
リスは目を開けた。
魔王と目が合う。魔王は優しく微笑んでいる。
「泣くな。」うぅ、無理です。
もういっそ「ひとおもいに、やってください。」恐怖に耐えられない。
お願いすると、魔王は困った顔をした。
やっぱり優しい。
「それだと、多分痛くなる。」
リスは頷く。勿論わかっている。
フーと息を吐いて、魔王は服を脱いだ。
ようやく、本気になった。
「痛かったら、やめるから」
リスは首を振る。痛くても最後までして下さい、とお願いする。
魔王は心配そうにリスを見たあと、
「わかった。」と言った。
リスは今新作のお菓子を死ぬほど食べている。リスの恥ずかしい勘違いを正さなかった罰として、魔王は強制労働中だった。
リスは独り立ちしてすぐのお子様で、相手は魔王で、食べるという単語に別の意味があるなんて思いもしない。
魔王はわざと、ではないのだが、勘違いして震えているリスに対して、説明せずに放置したのを咎められていた。
リスは、正直なところ、はじめこそ、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだったが、そんなに怒りは感じなかった。
ただ、凄く恥ずかしい思いをしたのは事実で、その憤りをぶつけるため、罰としたに過ぎない。
リスは、魔王がそうまでして、自分とそういうことをしたいと思っていたことが、不思議でならなかったし、行為の後、気遣ってくれたり、幸せそうな顔を見せてくれるところも、よくわからなかった。
そんなに、私のことが好きなのか、と。
好きと言われて嬉しくないわけもなく。
ただただ自分の気持ちを整理することも出来ずに戸惑うばかりだった。
難しいことを考えると、甘いものが食べたくなる。
リスには父親がいなかった。どういう経緯かはわからないが、物心ついた時にはすでに母親しかいなかった。そのことを寂しいと思ったことはない。
全て母親がしてくれていたから。
自分も独り立ちしたら、子供を産んで
育てて、と想像していた。だけど、そこに相手の姿はなかった。リスは一人では子供を産めないことを知っていたのに、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
もし今のリスが、子供を産むとしたら、相手は、と想像して、魔王の顔が出てくる。私は魔王の子を生みたいのかな。
不本意ながら結婚してしまったし、それが自然だよね。
魔王城の外には出られないのだから、魔王の子を産んで、魔王と一緒に過ごすことが私の生きる道なのかも。
新作のお菓子を次々と持ってきては、手ずから食べさせてくれる魔王を見て考える。
「まだ怒ってるのか?」
魔王にはリスのような尻尾はないものの、わかりやすい表情から、尻尾のようなものが見える。今は何かシュンとしてる。
怒ってはいない。
けれど少しぐらい意地悪しても構わないよね、とリスはほくそ笑む。
プイと目をそらすと、より魔王の尻尾が、シュンとする。
何か、わかってきたぞ。
これ、面白いな。
リスは味をしめていく。
魔王の操縦方法がようやく分かった。
私に嫌われたくないのね。
ニンマリと、リスは笑ってしまう。
魔王はそれをみて驚いたものの、さっきの態度が演技だとバレてしまった。
魔王の弱点について、リスはわかった気になっていたが、すでに魔王にはリスに関して、知らなくていいことまで、知られてしまっている。
しかも魔王はいつも嬉しそうに、膝の上にリスを乗せ、お菓子を食べさせてくれるから、ドキドキもするし、美味しいし、幸せなのである。
すでに逃げ出したい、など思わなくなっている。野性の勘など、リスには最初からない。
ピアを見た時だけ、若干後悔するのだが、魔王が守ってくれる。
一つ、思いがけず、面倒なことはあった。
勇者とのクエストで、リスを姫役にして、結婚したことで、来年以降の姫役がリスになって、毎年勇者がこの生活を壊しにやって来るようになったのだった。
リスは、この生活を続けるために、勇者の敵にならなくてはならない。
元より勇者に何の思い入れもないので、魔王側につくのは抵抗はないが、毎年邪魔されるのは流石に迷惑である。
姫役を誰かに渡したいが、正直、魔王がリスよりそちらがいい、と捨てられてしまうのは避けたいので、どうしたものかと悶々としていた。
姫役は誰でもよいのだ。
誰かいないだろうか。
魔王は毎年自分が相手しなくても、ピアがいるから大丈夫だと言う。
うん、確かに。
ピアさえいれば大丈夫。
リスは妙に納得した。
ピアさえ良ければ、ピアを姫にしたいぐらい。
ん?これいいんじゃない?
「ねぇ、ピアを姫にするのは?」
「まあ、ピアは女の子だしな。いつかは家庭も持ちたいだろうし。いいな、それ。」
とりあえず、姫の変更を国に伝える。
勇者は毎年変わるらしいので、初見でピアの相手は無理だから、きっと大丈夫。
ピアなら嬉々として勇者と追いかけっこしてくれるだろう。
自分の思いつきにリスはホクホクしていたが、不意に魔王が言った。
「でも、姫を変更してしまったから、もう俺から逃れることは出来ないけど、いいのか?」
今更、何を言っているのか。
振り返ってみれば、最初に魔王城に入ってから随分と日が過ぎたが、一度も外に出ていない。出る気もないのだから、当然だ。
それに、魔王城で暮らすなら、魔王が一緒の方が楽だし、楽しい。
いきなりは難しいけれど、一種の決意表明として、リスは魔王のほっぺにキスをした。
魔王がニンマリと笑って、リスもニンマリと笑い返す。
どちらかというと、共犯者みたいな笑みだが、そのうち違う顔になっていくのだろう。
今はこの辺りで、精一杯だ。
何を思ったか、魔王がリスを抱えあげる。
リスは抵抗したが、意味はなかった。
ベッドに降ろされ、魔王の目つきが変わる。リスはまたもや、身の危険を感じずにはいられなかった。
おわり
もふもふは魔王城から逃げられない mios @mios
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