第4話 結婚しました
魔王にドキドキするようになって、リスはお菓子が食べられなくなった。
厳密には結構食べているのだが、本人比として、食べてない、と言い張っている。
リスがお菓子を頬張るのをみるのが好きな魔王は、お菓子を持って行くのだが、リスがいらないと言うので、日に日に心配になっていった。
魔王は気付かなくても、使用人は気がついていたのだが、面白いから誰も指摘しなかった。魅了の花の効果はリスにしか効かない。魔王も、ピアも、使用人もすでに慣れきっているからだ。
リスもそのうち慣れて、また食べ始めると使用人たちは思っていた。
使用人の中にウサギの獣人がいた。
ウサギの獣人は、リスをはじめて見た日から可愛いと思っていた。
リスは魔王様のお気に入りだから、近づくことは出来なかったが、リスが庭の木に住まいを移したと聞いて、様子を見に行った。
どうやら、リスが魅了の花の影響を受けていることを知った。
ウサギにもまだチャンスはあるのではないかと思った。幸いなことに、まだ魔王は自分にリスが、ドキドキしてることに気づいていない。今なら、自分が魔王の代わりになれるのでは、と、
ウサギは肝心なことを忘れていた。
魅了の花自体には、大した力はない。せいぜい、少しある好意に手助けするぐらいだ。そもそも、リスと積極的に関わっていないウサギは、好意も何もない。
リスの考えは単純だ。
リスはお菓子をくれるのは、いい人だと思い込んでいる。母の教えなのか、経験に沿ったものかはわからないが、そう思い込んでいる。だから、お菓子をくれたことのないウサギにはなびくはずもない。
お菓子くれたからと言って、知らない人について行っちゃダメよ、とか知らない人から貰ったものは食べちゃだめとか、子どもでも知っていること。
だけど、リスは知らなかった。
と言うより、学習能力がないのだった。
こういったことから、リスがドキドキする相手とは、美味しいお菓子をくれて、リスに積極的に絡んでくる魔王以外にいない。
リスに言い寄るのに、今ほど最適な時期はない。言質さえ取ってしまえばいいのだ。けれど、魔王もまたお子様で、まだリスを可愛がりたい、一緒に遊びたい盛りだったため、絶好のチャンスを逃した。
しばらくして、魅了の花の効果にリスが慣れたとき、ドキドキする気持ちも消えてしまった。
魔王と勇者によるクエストは年一回ある非常に面倒なイベントだ。要は勇者がちゃんと仕事をしてますよ、と全国民に伝えるもので、あまり意味をなしていない。魔王がそもそも悪さをしていない昨今、特に皆気にしていないのだが、伝統なので、毎年行われている。結果は、決まり次第、大々的に国中に知らされる。
年一回、イベントをこなすことで、勇者は勝っても負けても褒賞を受けることができる。勝ったらお金と副賞。負けたら副賞のみ。ここ最近、負け続きで、お金がキャリーオーバーされ、凄い金額に膨れあがっている。
姫は、最初は文字通りどこかの姫だったが、魔王自身が高飛車な姫を嫌い、その時々の手頃な女をかけて、戦うように様変わりしていった。
いつの時だったか、せっかく魔王が勝ったのに、姫のわがままが酷すぎて送り返されたこともあった。
だからいつも、クエストの報告書の姫の欄と、結果の欄は空白で、書込み式だった。
去年も魔王が勝った。勝って手に入れた姫役は魔王城で働く侍女となり、結果的に魔王が養っている。
だから魔王城の使用人は女性が多い。
クエストの報告書は、国に提出するため、嘘はつけない。法的拘束力もある。
魔王の元へ勇者から手紙が届いた。めんどくさいな、と魔王は思ったがとりあえず読んでみる。
どうせクエストのことだろう。今はリスに構っていて、そんな時間はないので断わろうと思っていた。
勇者からは提案が書かれていた。
どうやらこの前起きたことをクエストとして処理したいとのことだった。
勇者が魔王に戦いを申し込み、魔王の下僕にやられ、姫を助けられなかったと言うクエストにしてくれ、と言うのだ。
現実は、まあ、その通りだった。
勇者が魔王に会いにきたものの門前払いで、ピアに追いかけられ、倒れ、敗れた。
姫をどうするか。
ま、リスでいっか。
結末を考えて、侍女にしようと思ったがやめた。
妻にすれば良いのでは?
悪役ぽいし、法的拘束力が働くからリスが嫌がっても逃げられない。
強引だが、良い考えだと思う。
横暴で良いのだ。だって魔王だから。
リスの同意を取り付けないまま、魔王は記載する。
もし怒られたら、来年の戦いで、勇者に勝ってお菓子を何年分かもらえばよい。
新作のお菓子も作って食わせてやろう。
こうして、クエストは成り立つのだった。
リスは知らぬ間に結婚していた。魔王は自分の思いつきに満足していた。本人にはすでに首輪を渡してある。あの首輪とお揃いの指輪を自分がすればよい。
リスは今のところ、魔王城の中で住むことに慣れてきているし、このまま手懐けられれば良い。
魔王は、リスのために、魔王城の外壁の強化をした。着々とリスを逃がさない為の要塞ができていっている。勿論、リスは何も知らない。
最近日当たり悪くなったな、ぐらいにしか思っていない。魔王城の中とはいえ、リスは自立して過ごしていたので、洗濯は自分でする。そんなに服は持っていないものの、干していて日当たりが悪いのは困る。
魔王に聞くと、小さな太陽をくれた。
小さな太陽は、携帯版太陽で、日当たりが悪い時、もしくは闇に取り残された時に使えるアイテムらしい。
さすが魔王を名乗るだけある。闇に取り残された時、ってどんな時?
リスの想像が追いつかない。
ふと、自分よりも長いこと生きている魔王がこれまでどんな生き方をしてきたかに興味が湧いた。
これまでの魔王との会話といえば、新作のお菓子とかだったので、今度聞いてみたらいいか、と思った。
魔王から結婚した、と聞いた時はびっくりした。
「おめでとう?」
「ありがとう。お前も、おめでとう」
「…ありがとう?」
リスはどうして、自分がおめでとうなんだ?と訝しく思った。
魔王が結婚したことと何か関係があるのかな?もしかして、魔王が結婚したら、魔王城も進化して、より良い環境で暮らせるようになる、とか?
魔王はリスの首輪に触れた。光がたくさん出て、眩しいと目を瞑る。目を開けると、首輪とお揃いの形の指輪が二つ現れた。
魔王がリスの手を掴んで、指輪をはめる。リスは思考が追いつかずされるがままになっている。魔王はもう一つを自分の指に嵌める。
首輪を嵌めた時の経緯をリスが覚えていたなら全力で指輪を嵌めるのを拒否しなければいけなかった。が、しなかった。案の定、指輪は一度嵌めたらもう外れない仕様だった。
どちらかが、死ぬまで外れないそうだ。普通に考えて、魔王の寿命の方が長いよね。リスは自分の考えなしを呪った。
リスは考え方を変えた。違う見方をすれば魔王城にずっと住めるということだ。
難しいことは後で考えよう。
リスはずっと行き当たりばったりで生きてきたのだ。今更考えても仕方がない。
魔王は楽しそうだ。そんなに私と結婚したかったのだろうか。
リスの頭には疑問符がたくさん浮かんでいた。
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