第3話 独り立ちします

リスは檻の中で一人考えていた。

いつまでここにいようか。

リスは今までの経緯を思い出す。


独り立ちしなさい、と家から放り出され、お腹を空かせて歩いていたら、甘い匂いがしてきた。匂いに釣られてふらふらと魔王城に入り、檻に入り飼われることになったのだ。


このまま、飼われるのは楽ではある。

でも、親の意図とは異なる。親は独り立ちして、家庭を持ちなさい、幸せになりなさい、と送り出してくれたのだから、そうならないとおかしい。


魔王に、行って、出してもらおう。とりあえず、檻からは出してもらえるようになったし、会いに行こう。


リスは広い城の中を魔王に会いに歩き始めた。城の中には魔王のほかに使用人がたくさんいるはずだったのだが、全く会わない。今は忙しい時間帯なんだろう。自分にそう言い聞かせ、先をいそぐ。


魔王の部屋は知らなかったが、何となく匂いがするようで、その匂いのする方向へ歩いて行った。


匂いの先は、騒がしかった。

魔王は窓の近くにいて、下を楽しそうな顔をして見ていた。

「面白いものが見れるぞ。」

窓の下に何かあるらしい。

近くに寄ると、魔王城にいる使用人達が全ているかのような沢山の人が、ピアちゃんと見たことの無い男を取り囲んでいた。


誰?


聞く前に魔王がピアちゃんに号令をかける。

「ピア、行け!」

待ってました、とばかり一目散に男に体当たりする。男は真っ青な顔になって、逃げまわっている。


周りから笑いが漏れる。

リスは、以前の記憶が呼び起こされ、気持ち悪くなって、目を逸らした。


「お前から来るなんて、珍しいな。」

魔王は長い髪をいつもみたいにまとめてなくて、随分印象がかわるな、とリスは思った。


「あの、魔王城から出たいのだけど。」

「ダメだ、危ない。」

「危なくても、今のままではダメなの。独り立ちしなくちゃいけないの。」

すごーく、変な顔をした魔王は、リスの顔をじっと見た。

「お前の言う独り立ちが、どう言うことかわからないが、魔王城の中には沢山の木があるから、そこに巣を作れば、独り立ちになるんじゃないか?

お前が出て行ってしまったら、俺とはもう会えなくなる。寂しいだろ?」


リスはない頭で考える。

そう言われてみれば、魔王城の外は危ないらしいし、城の中なら魔王に会えるし、お菓子は食べられるし、巣は作れるし、いい事づくしなのでは?


さすが、魔王。頭いいな。


「うん。それで良い。木はこっちで選んでいい?」

魔王はほっとした顔で、笑った。

「うん。どれでもいいぞ。決まったら教えてくれ。お菓子を持って行こう。」






勇者は焦っていた。魔王が魔王城に篭っているためにクエストが進まないのだ。

毎年この時期になると、魔王が何処からか現れ、勇者と戦い、その勝敗に寄ってクエストが進んでいくのだが、今年はまだ進んでいない。


魔王が外に出てこないのだ。

ここ何年か魔王が勝ち続けているだけに、今年こそは、と期待も大きく、

冒険者としても経験値の多い自分が勇者として、選出された。


だが、肝心の魔王が現れない。

噂によると、ペットに夢中で、城から出たがらない、とのこと。


そんな理由?


俺だって、実家に残した猫ちゃんと遊びたいのに!


とりあえず、王様がうるさいから、魔王城に旅立つ。魔王は、話せばわかるタイプだといいな。


森を奥に進んでいくと、魔王城が見えてくるはずなのに、進んでも進んでも見えてこない。また迷わせてる?自身は方向音痴ではないと思うも、森に入ると必ず同じところをぐるぐる回る羽目になることから、魔王が幻惑魔法か何かで、城を察知できないようにしているのだろう。


今日はあきらめよう、とした時、軽い悲鳴みたいな高い声が聞こえた。

こんな森に誰がいるのか。


恐る恐る声のする方へ歩みを進める。

罠かもしれない。


だが、勇者は漸くたどり着いた。

顔を上げると魔王城があった。


やったー!

やっとたどり着いたぞ!


たどり着いたものの、もう相当疲れてるし出直そう、と思いつつさっきの悲鳴の主を探す。


女の子が巨大な猫に追いかけられていた。女の子は少し小さくて、可愛らしい。獣人だろうか。


猫は追いつきそうになれば減速し、女の子が止まりそうになれば追いかけ、女の子を悲壮な顔にしていた。


たしかに、猫ちゃんと遊びたいとは言ったけど。でかすぎるし、何よりあれは猫なのか?勇者なら助けるべきだし、助けたい気持ちはあるのだが。


勇者は葛藤の末、見なかったことにした。


今の自分の体力では持つまい。

また明日ここに来て、もしあの子がまだ生きてたら助けてあげよう。


それまでしばし待たれよ!


そう言い訳をして、勇者は帰って行った。


魔王がその様子を見ているとも知らずに。


その後、3日ほどしてから勇者は魔王城へ向かった。今度は迷わずに来ることができ、安堵したのも束の間、魔王に面会を求めたものの断られ、変わりに出てきたピアちゃんの前になす術もなく、倒れたのだった。


ピアちゃんの安眠は勇者のおかげだった。


勇者はリスの救助を断念せざるを得なかった。







魔王からの提案をすんなり受けてリスは魔王城の中にある木を物色し始めた。

リスは手頃な木を見つけた。木と木の間にハンモックをつける。

今日はここでのんびりしよう。


魔王の飼い猫?ピアちゃんはここまでは入って来られない。体が大きすぎて、狭い所には入って来られないのだ。


ちょうど、魔王の部屋からはよく見えるところにリスの新しい家は出来ていた。


ハンモックでのんびりとしていると新作のお菓子を手に魔王が現れる。

ハンモックに興味があるようなので、重量オーバーだけ気になったが、貸してあげる。


手を広げて、乗れという。

断る。多分重量オーバーだし。


いいから、と乗せられる。

多分魔法で何かしてるのだろう。

二人が、ハンモックに入って寝そべることができる。


魔王の大きな体に乗っかる状態でいたが、密着しているため、無駄にドキドキする。魔王の体から鼓動が聞こえてくる。


リスはお子様で、男性に免疫がない。

魔王は無駄に美形だし。


ハンモックは、ゆらゆら揺れて、リスの落ち着きをなくした。


魔王はいつも通り手ずからリスにお菓子を食べさせる。それが今までなら、何の感情もなかったのだが、急に恥ずかしく感じた。


食べるのが、遅くなるリスに不思議そうに問いかける。

「あんまり美味しくないか?」

ブンブンと首を横に振る。

「おいひい」

「じゃあ、遠慮せず食え。」

美味しいお菓子を食べさせてもらいながら、恥ずかしく思う自分の心を不思議に感じた。


リスは今まで、魔王を特別意識したことはなかった。綺麗な顔ではあるが、それだけ。


でも、さっきハンモックに乗せてくれた時の胸板の厚さとか、力の強さとか、食べさせてくれるときの嬉しそうな顔とか見れば、意識はしてしまう。


リスだって年頃の女の子なのだ。


とはいえ、何で急にドキドキするようになったかは、わからない。


魔王の庭についてリスは知らないことが多すぎたのだった。


魔王の庭には魅了の花が咲いている。黄色い小さい花で、近くにいる人の魅力を少し上げてくれる。とはいえ、そんなに強い効果はない。


リスが、選んだ木の周りにはたくさんこの花が咲いていて、リスの思考に影響をもたらせた、というのが正解であったが、知る由もないリスは、そこで過ごしながら魔王に対してドキドキを膨らませていた。


魔王はリスの変化に気づかなかった。

割とポンコツである。


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