第2話 食べすぎました

魔王と名乗る男に捕まって何日経ったろう。毎日食べては寝てを繰り返していると、日にちの感覚はなくなる。


あの男は自分のことを、魔王だと思わせたいみたいだから、そこは、尊重するフリをして、油断を誘おうと思う。


なんせ、たぶんここらで有名な菓子職人なのだ。身柄を狙われているのか、身分を隠したいのだ。


リスは、あの男を魔王と言う名前だと言うことにした。



リスは最近、息苦しさを感じていた。何故か空気が薄い。本物の魔王様が何かしたのだろうか。お菓子は知らぬ間に補充され、やっぱり美味しい。


いつもの男の人が来たので、聞いてみたが、魔王様は何もしていないと言う。

貴方じゃなくて、本物の方よ?


「じゃあ何でこんなに苦しいの?」

「どこが苦しいんだ?」

「…お腹?」

「……」

「あと胸かな。」

「…凄くいいにくいけど、それお菓子の食い過ぎだと思う。」





………………はあ?


やっぱり、偽物は本物が何をしたかは、わからないってことね。


それにしても、失礼ね。食べ過ぎなんて。とても、女の子に言う言葉じゃないわ。



リスの反応に魔王は苦笑する。やっぱり自覚はなかったか。捕まえてから何日経っていると思ってるんだ。2週間毎日食っちゃ寝したら、元々体の小さいリスなのだから、太るに決まっているだろう。


まぁ、逃げなくするために太らせたのもあるが、ちょっと太らせすぎたか。

病気で死んだら困るし、痩せさせるか。


運動させるしかないか。

あと、お菓子を少し減らそう。


魔王の沈黙をどう受け取ったのか、リスは怒り狂っていた。


失礼すぎる!私のどこが太ってるのよ!


ふと、手にお菓子を掴んでいることに気づいた。そういえば、朝からずっとここにいる。そして、食べてる。


これか。これのことか。


「お前、家ではどう過ごしてたんだ?」

もう、覚えていない。どうしてただろう?


お菓子は、こんなに与えられてなかった。あと、割と動いてた気がする。



でもそれを正直に告白すると、走らされたりするのでは?


どうしよう。


「覚えてないのか。」


リスが話さないので、仕方ない、と言った様子で、魔王は居なくなって、そのうち戻ってきた。


とんでもない大きさの、あるものを持って。


あるものとは、回し車だった。


これ、家の前の公園にあった!

凄く人気で、列に並んでたけど、希望人数が多くて、結局できるまで、5日ぐらいかかった、あの回し車!


リスは、羨望の眼差しで、魔王を見る。


これ、いくらぐらいするの?

お菓子職人って儲かるのね。


たしかに、これならすぐ痩せられる!

楽しく痩せなくちゃ、美味しいお菓子もお腹が空いている方が、より美味しく感じるものね。



回し車が楽しいと思うのも、2、3回やれば、もういーかと思ってきた。だって、しんどい。しんどくて、お腹すいて、ストレスで、食べる。


太った体を急に動かしたからか、あちこち痛いし。


そして、これ。これが一番大事なことだけど、お菓子が減ったのだ。目に見えて、少なくなった。

お菓子職人に目で訴えても、気づかないフリをしている。


そもそも、私がここにいるのは、美味しいお菓子をたくさん食べて、フワッフワのベッドに寝るためだ。


お菓子がなくなってしまったら、意味がないのでは?


そうよ、そう!肝心なことをわすれていた。ここには囚われたのだったわ。私の意思じゃないの。


リスは檻から出ようとして、またも気がついた。


ああ、そうか。私、今太りすぎて、外に出られなかったのだった…


どう転んでも痩せなくちゃならない。


はぁ、とリスは何回目かのため息をついた。


リスは檻の中にいるのが、漸く飽きてきた。お菓子も前ほど美味しいと思わない。


自称魔王の男は尻尾をもふもふしにくるだろう。回し車以外の何か面白いものが欲しいなー、と言えば持ってきてくれるかも。


何か、何がいいかな。


うーん、とうなっていると、自称魔王が来た。


「なんだ、檻からでたいのか。」

じっと扉とリスを見比べる。

「扉からは無理そうだな。」

うんうん。

「魔王城から外に出ない、と約束するなら、檻からだしてやる。」

リスは期待の目をして大きく頷いた。


魔王は何でもないように、指を鳴らすと、檻の扉が大きくなった。


「これなら今のお前でも出られるだろう。」

リスは驚いて、後ろに倒れそうになった。危ない危ない。後ろに倒れたら最後、だれも起き上がらせられないから。


リスは最近は眠るときも、起き上がりにくいから、完全には寝る態勢を取らないようにしていた。

いわば、座るような格好で、寝ていたのだ。


2週間ぶりに、檻の外に出ると、魔王が横にいて、魔王城案内ツアーが始まった。


広い城内を歩くだけで、ダイエットできそうである。回し車みたいに景色がかわらないのよりも、景色が変わる方が楽しい。


リスは最終的にキッチンに行くことと、途中で本物の魔王様に関する情報を手に入れようと決意した。


そして、キッチンに、新作のお菓子があればそれも貰ってこようとしていた。


情報はあまり集められなかったが、

キッチンで新しいお菓子を持ってくることができた。


案内をしている魔王に見つからないように持ってきたので、気づかないうちに食べなければ。


直接は言わないが、ダイエットの必要を仄めかされている身として、新作のお菓子を盗んで食べた、と知れたら…


リスがお菓子にかぶりついた瞬間、ドアが開き、ニンマリ笑った魔王と目が合った。




無理は禁物である。

ダイエットにはよく言われる言葉だが、

時には無理をしなければ痩せないのも、事実。


今リスは命がけでダイエットに励んでいる。魔王様の飼い猫、ピアちゃんに追いかけ回されている。


飼い猫と言っても、普通の猫より少し大きい、1Mぐらいのサイズで、足もまあまあ早い。タテガミと言うものがあり、まあまあワイルドな感じの猫だ。


それに、昼夜問わず追いかけられて、疲れるけれど、止まれば死ぬ、と言う恐怖体験をしている。本当に危ない時は、魔王様の待てがかかり、ピアちゃんは賢いから大丈夫なのだが、リスはその頃には虫の息だ。


こうなってくると、あんな風に、簡単に盗めそうなところにお菓子があったのは、魔王の仕業かと、思ってしまう。




命がけで走ってると、お腹が空いてたくさん食べそうだが、死への恐怖を感じると、あまり食欲は沸かなくなるらしく、

食は細くなっていく一方だった。


この頃、リスは頬袋の重要性に気づいた。漸くリスとして独り立ちしたのである。


その甲斐あってか、だんだんとリスの見た目にも変化が現れた。


お菓子は食べられなくなって、木の実を食べたからなのか、リスは意外にも、均整の取れた体つきになっていった。



魔王は安堵した。

尻尾のもふもふは、細くならなかった。

このもふもふが少しでも影響を受ければ、止めようと思っていた。

ピアの興味も、飼い主と同じ尻尾だった。


ピアはリスが来てからいつも遊びたそうにしていたが、リスがいつも檻の中にいたので、遊べなかった。


魔王城に来るものには、必ずピアの洗礼がある。ピアは人にじゃれつくのが大好きだった。


その日も、魔王を訪ねて人が来たのだが、魔王がリスと遊んでいて気がつかなかったため、その間、ピアが相手をしていた。相手が、驚いて走り回るのに、興奮して全力で追いかけようとした。しかし、ピアが本気を出すとすぐ、楽しい時間が終わってしまうため、ピアはちゃんと計算して、追いつきそうで、追いつかない一定の速度で追いかけ回した。


ピアはとても楽しい時間をすごした。

だが、相手はそうではなかったようで、

何かを大声で喚きつつ、魔王が来る前なのに帰ってしまった。


ピアは悲しかったが、魔王が褒めてくれたからまあ、良かった。

魔王にナデナデされながら、またあの人来ないかな、と思っていた。

今日来た人は、人間にしては、体力があったから、いつもより長い時間、ピアの遊びに付き合ってくれたのだ。


ピアは今日たくさん遊んだので、ゆっくり眠ることができた。今日の追いかけっこの夢を見ながら。



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