もふもふは魔王城から逃げられない

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第1話 魔王城に入りました

リスの獣人は途方にくれていた。

森の中を歩いていたら、やたらと良い匂いがして、そっちにフラフラと流れていけば、魔王城の中に入っていたのである。


お母さんから、魔王城の中には、それはそれは怖い魔王様がいて、あなたなんかすぐ食べられちゃうわよ、と聞いていたから逃げたいのだけれど、さっきから同じところを走ってる気がする。


出口がわからない。


あと、それとは別に甘い良い匂いが、奥の方から漂ってくる。

まるで、こちらにおいでと誘っているように。


リスの獣人は、甘い匂いにどうしても釣られてしまう。お母さんからそろそろ独り立ちしなさい、と追い出され、行くところがなかったと言うのもある。


魔王様が実はいい人で置いてくれる、とかないかなぁ。


どうしても、お腹が空いているせいか、単純な思考になってしまう。


甘い匂いはこの先も続いている。

ドアを開けて、中の様子を伺う。

テーブルの上に、甘い匂いの正体であるお菓子が、あった。


クンクンと匂いを嗅いで確認する。

「やっぱりこれだ!」

リスは興奮して、大声をあげると同時にお菓子にかぶりついた。

「美味ひ~い」

リスは一心不乱にサクサク音をさせて、食べ進んでいく。

これは彼女がお腹を空かせているせいだ。お腹が空いてさえいなかったら、この状況の異様さに真っ先に気づいたはずである。


リスが正気に戻ったのは、全て食べ尽くした後。

「あ~、美味しかった~。」

お腹をさすって満足気なリスは、ふと、そこにどうしてお菓子があったのか、気になった。

そして、さっきまで、そこになかった影にも気になった。

まるで、リスの真後ろに馬鹿でかい何かが立っているような、暗い影が、リスには気になった。


ゆっくりと後ろを振り向くと、背の高い

見たこともない綺麗な男の人が、含みのある笑顔で立っていた。


「何をしている。」

低い、地の底が震えるような、恐ろしい声。

リスはびくっとして、周りを見渡すが、自分の他に声を発することができそうな人は1人しか見当たらない。


「え。今のあなたの声?」

男の人は不機嫌になったのか顔を歪める。


「違うの。びっくりしただけなの。」

リスは焦る。


「それで、何をしている。」

もう一度、男の人は聞いた。


「お菓子を…食べ終わったところです。」

リスはそう言い、部屋を出ようとする。


「おい、どこへ行く。」

「家に帰ります。御馳走様でした。」

リスの目の前で開いていたドアが閉まる。


「お前を返すわけに行かない。」

男の人はそう言って、リスに

「よくも全部たべてくれたな。」

と言って、睨んだ。

そこで、リスはこのお菓子は、この男の人のものであることに気がついた。


「申し訳ありませんでした。」

「…どうだった。味は。」

「美味しかったです。あまりに美味しかったので、とまらなくて…」

「そうか。」

話が終わったので、リスはドアを開けようとするが、開かない。


「あの、開けてください。」

「なんで。」

「帰りたいので。」

「なんで。」


いや、だってここ、魔王城だし。魔王につかまりたくないでしょ、誰も。


「だって、ここは…」

ふっと、意識が遠のいた。

ああ、お菓子に何か入っていたのね。


リスは、夢の中に落ちていった。



起きたら、フワッフワのベッドの上に、さっきの男の人と一緒に…寝ている?


リスが飛び起きると、男の人も眠そうに目を擦りながら起きてきた。


リスは自分の状態に気がついた。


「ちょっとー、何してるんですかー!」

男の人は、リスの尻尾を抱きしめて、ナデナデスリスリしている。


ゾゾゾッと全身に寒気が。



「いいだろう。少しくらい。」

何故かムッとして、尻尾を抱きしめる手に力が入る。

尻尾を離す気配はない。くっ、尻尾を人質に取るなんて!


「これ、食べるか?」

そう言って、これまた美味しそうな甘い匂いのお菓子をちらつかせる。

「もう騙されないですよ!」

ぷん、と顔を背けるリスの顔を無理やり向かせ、口にお菓子を突っ込む。


「うぅ、やめろー、……美味しい」

サクサクと音を立てて、食べる。

なくなる頃に、男の人が、口へあたらしいのを運んでくれるので、なくなるまで食べ続ける。


「あー、美味しかったー。」

にこにこして、満足していると、リスの首に何かがカチッと嵌められた。


「は?何これ。」

外そうとするも、外れない。


「首輪だ。」

「何で?」

「お前を飼うからだ。」

はあ?

「ここに入れ。お菓子を用意しているぞ。」

リスは、言われたまま、そこに入る。

カチッとまた音がする。


男の人は、ふふっと笑って

「お前がアホでよかった。今日からここがお前の家だ。」と、失礼なことを言った。



どうやら檻に入れられたらしい。

檻の中は広い。ふわふわのベッドもある。

あれ?なんか快適…かも…


お腹がいっぱいでウトウトしてしまう。

こんな状況で寝てしまうリスはある意味凄いやつであった。

男の人は苦笑し、また檻の外から、リスのもふもふを堪能した。


起きたら、たくさんお菓子をあげて、逃げるのを阻止しなければ。あたらしいお菓子を用意しよう。喜んでくれるだろう。


男の人は魔王であった。魔王城の中には、魔王と使用人しか住んでいない。


魔王は城の自分の部屋から、リスが甘い匂いに釣られてくるのをしっかりと見ていた。


魔王は小さな頃からお菓子が好きだったが、一緒に食べてくれる人がいなかった。いないなら、捕まえよう、と思ったのだが、アホのリス以外はこんなあからさまな罠に引っ掛からなかったのである。


すやすやと、眠るリスに危機感というものはなく、自分がそこにつけ込んだとはいえ、心配になる魔王であった。


「こいつは何も変わってないな。」

リスを魔王城から出す気はないにしろ、

何が危ないのかきちんと教えてやらなければ、と使命感に燃えたのだった。


檻に入れられた生活は案外快適で、リス自身逃げなくてもいいかも、と思い始めていた。


お菓子はたくさん出されるし、話し相手はいるし、何よりフワッフワのベッドがあるし、たまに誰かに尻尾をもふもふされてる気配はあるのだけど、それ以外は不審なことはない。


あの男の人は暇なのか、毎日様子を見にくる。毎日、新作のお菓子を味見させてくれて、話し相手になってくれて、外にいる怖い動物や、魔物の話をしてくれる。お母さんに昔聞いた御伽噺のような物語はとても面白い。


魔王城の周辺の話も聞いた。魔王城を出て右にずっと行くとキツネの獣人の集落があるらしい。危ないから右には行くなよ、と言われた。リスにとってキツネは天敵だもの。行かないよ。


また魔王城の左手には、猫の集落もあるらしい。危ないからこれも行かない。


まっすぐは何があるのだろう。

人間の集落か…捕まると、奴隷にされるらしいから行かない。


リスは、この時、魔王城の外にはもう出られないな、と思った。それこそが、魔王の思う壺なのに。


魔王は、キツネも猫も、人間の集落さえどこにあるか知らない。


物凄くまっすぐ行けば、たどり着けるのではないか、と言うざっくりした推測だったが、リスは信じたから、良しとした。


それにしても、本当に危機管理がなっていない。あんなに人の言うことを何でも信じて、この先大丈夫なのか?

あれでも一応独り立ちしなければいけない年頃だろう。


やっぱり一人にするのはまだ早いな、と魔王は考えていた。

昔もっと彼女が幼い頃、魔王がまだ少年で魔王の称号を持たなかった頃、魔王城に迷い込んだリスを助けたのは、ここにいる魔王であった。


あの時も、こちらが悪意を持っているか、わからぬうちに、帰り道を素直に聞いていた。勿論、意地悪はせず、きちんと帰したが。


野生のリスの獣人として、警戒心とかちゃんと持ち合わせていないと、いつか騙されて、陥れられてしまう。


後、野生のリスなのに、頬袋を全く使っていない。リスの可愛さなぞ、頬袋に集約してあると言っても過言ではない。


リスであることを言い聞かせるために、洗脳でもしてやればいいのだろうか。


アホなリスに引っ張られるかのように、魔王もまた単純な思考に落ち着いていく。


リスは魔王を恐れるあまり、男が何を言っても、男自身が魔王であることを認めない。威厳がないのか。らしくないと、あしらわれている。では男は何にみえるのだろう。恐る恐る尋ねると、

「お菓子屋さん?」


「違う。」魔王の不機嫌そうな声が魔王城に響いた。














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