アンモビウム
さわさわという音と共に冷たい風が頬を撫でる。
風の冷ややかさにもう外はとっくに暗くなってしまっている事を悟った。
まるで、まるで……。
「長い夢を見ていたようだ。」
俺はポツリと声を漏らし、薄い電子機器に手を伸ばす
手に取れば体温がそれに溶けていくのが分かった。
そう言えば長いこと手に取っていなかったな、と、画面を起動させれば幸せそうに笑う二人が写った
顔認証を済ませ手探りでカメラロールを探す。
まるで他人のものの様なこれは、顔認証が無ければ開くことさえ出来なかっただろう。
文明の理に感謝しながら操作をすれば、目的のそれは【大切】というフォルダに入っていた。
開いて写真に目を通す。
やっと懐かしさを取り戻したこれをトントン、と軽い音を立てて写真を消す作業に移る。
写真を選択しゴミ箱のマークを押そうとしたとき、ふと、手が止まった。
手を止め今まで二人で撮った写真や、結衣を隠し撮りした写真を眺める。
一番新しい写真が目に映った時、俺は固まってしまった。
その画像を軽くトン、と叩けば旅のしおりを片手に満面の笑みを浮かべる結衣が大きく写った。
その写真に目を奪われ心臓が大きな音を立てる
まるで耳元にあるように感じるほど大きな音で、まるで走った後かのような速さで、鼓動が高まる。
その後に一枚も写真がないことで、俺の瞳から涙が関を切ったかのように溢れ出した。
結衣が居なくなってしまったこと、もう二度とあの鈴のような声を聞けなくなってしまったこと、あの熱と溶け合うことがなくなってしまったということ。
全ての実感が纏めて湧き上がり、胸につっかえていた苦しさが声と共に漏れ出る
「うっ、あ、」
どうして、俺はこんなに愚鈍なんだろう。
知らなければ、気づかなければ、醒めてしまわなければ。
こんな思いはしなくてよかったのに。
好奇心が殺したのは、猫でもなく、生きたいと願う結衣でも無く、縋って守って大事に大事にしがみついた自分だった。
いや、いっそ本当に俺が死んで仕舞えば良かったのかもしれない。
これから結衣のいないただただ白いだけの世界で、生きていくなんて考えただけで嘔吐しそうになる。
つらい、苦しい。
ふわりと風が吹きバニラアイスの様な甘い香りが病室を満たした。
つられて窓に目をやれば、彼女が丁寧に書き綴っていたしおりだけが、明るく目に映った。
手に取り、パラパラと目を通せば彼女のかわいい字でデカデカと【たのしみ!】と書かれていた。
しおりをぎゅうっと抱きしめ目を閉じる。
かぜの音と共に結衣の笑い声が耳に響く。
リン、リン、と、鈴の様な声が鳴る。
『さっくん!』
『楽しいね!』
『ずっと笑って普通の幸せと共に生きて。』
『あなたが枯れてしまう前に。』
鳴る声にはっ、と、目を開く。
「い、きて……か」
最後の言葉を咀嚼する様に口にする。
俺は彼女のために、生きなければいけない。
彼女の分まで、なんてとても思えないけど。
彼女の声と面影を背負って生きてみようと思う。
もしまた、彼女が俺を見つけたときに綺麗に凛と咲いていられる様に。
fin.
あなたが枯れてしまう前に。 ゆゆ @yuyu08167
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