第5話:大事なのは一つだけ

遥香はかれこれ一時間以上、何も映し出されていないモニターを見つめていた。

ヘッドマイクからも音は一切流れてこない。

三人からの通信は完全に途絶えてしまっていた。

遥香は流れ落ちた涙を拭うと、自分と黒子、そして、さくらたちの情報を全て消去し始めた。

もう何もかも終わりにしようと、自暴自棄になっていたそのときだった。

三人の黒子が息を切らしながら、部屋に入ってきた。

見覚えのある七人の少女たちを引き連れて。


早川「ふぅ、やっと追いついたわ。ん?ここどこや?」


賀喜「あなたたち、何しに戻ってきたの?私はもう・・・」


パーン!!!


賀喜「え?」


遥香が何か言いかけようとしたとき、部屋中にクラッカーの音が鳴り響いた。


三人「お誕生日おめでとう!!!」


掛橋「今日は8月8日。ボス・・・いや、かっきーの誕生日でしょ?」


かっきーと呼ばれたのは何年ぶりだっただろうか。

遥香はわけも分からず呆然としていた。


賀喜「あなたたち、覚えてたの?」


筒井「驚かせちゃってごめんね。私たち、かっきーに喜んでもらおうと思って」


田村「この様子だと、ちょっとやりすぎちゃったみたいだけど」


遥香と同じく、三人も普通の『人生』に憧れを持っていた。

しかし、遥香の覚悟を知っていた三人は誰もそのことを口には出さなかった。

その内、誰も遥香のことを『ボス』としか呼ばなくなり、何の違和感もなく黒子としての日々を過ごしていたのだ。

最初にその違和感に気がついたのは真佑だった。

モニター越しにさくらを見ていた遥香がふと涙を流しているのに気がつき、自分たちの『人生』について考え直してみた。

そして、遥香の気持ちにいち早く気がついた真佑は今回の計画を思いつき、遥香の誕生日をお祝いしようとシナリオを無視して行動したのだった。


田村「もう、素直になってもいいんだよ?」


真佑は遥香をぎゅっと抱きしめた。


賀喜「で、でも・・・私たちは黒子で・・・どうしよう、大事なデータを、私が、私が・・・」


一度は自暴自棄になっていた遥香も冷静さを取り戻しつつあり、自分のしてしまった事の重大さに気がついた。

もう遥香たちの情報はどこにも残されていなかった。

真佑は再び遥香を強く抱きしめた。

そんなやり取りを黙ってみていたさくらが遥香の元へと近づく。

そして、遥香のヘッドマイクを奪い取ると、そのまま遠くに投げ捨てた。


遥香「ちょっと、何するの!?」


遠藤「私はあなたたちのことなんてこれっぽっちも知らないけど、こんなものがあるからいけないのよ!意地なんか張ってちゃ、もったいないわよ」


清宮「自分の気持ちに素直になろうよ」


早川「我慢なんかしてたってなんも意味ないで」


賀喜「あなたたち・・・」


大事なのは一つだけ。

沙耶香、あやめ、真佑のことが好きだということ。

これからも三人と一緒に居たい。

それだけで十分だった。


賀喜「みんな、ありがとう」


遥香はこれまで以上に覚悟を決めた表情を浮かべると、こう言い放った。


賀喜「チーム黒子は本日をもって解散します」


掛橋「ちょっと、どういうこと!?」


筒井「解散って・・・かっきー、私たちのこと嫌いになっちゃったの?」


田村「ちゃんと説明してちょうだい!」


賀喜「さぁちゃん、あやめん、まゆたん。今までありがとう。もう私はあなたたちのボスじゃないわ。みんな、これからの『人生』を自分のために生きてほしいの。それでもね、こんな私と一緒に居てくれるって言うのなら、これからはボスではなく、一人の友達として仲良くしてほしい。駄目かな?」


三人は一斉に遥香を抱きしめた。


真佑「駄目なわけないじゃん。馬鹿ね」


こうして、チーム黒子はその活動に終止符を打ったのだった。


早川「それで?うちらのことは放ったらかし?」


賀喜「あ、ごめんなさい。あなたたちにもちゃんと謝らないと。私たちのことに巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。もう、あなたたちの『人生』に関わったりしないと誓うわ」


遠藤「こんなところまで連れてきておいて何言ってるのよ。こらからも関わってもらうわよ。友達としてね」


賀喜「え?」


清宮「なんだかよく分からないけど、みんな仲直りしたってことだよね?だったら、このままかっきーちゃんのお誕生日をお祝いしようよ!」


早川「仕方ないからうちらも参加してあげる。美味しそうなケーキも準備してあるみたいやしな」


田村「では、改めて・・・」


一同「かっきー!お誕生日おめでとう!!!」


人は誰しも、自らの選択次第で主人公になれる。


『人生』は自分自身で切り開くもので、誰かに決められて進むものじゃない。

これまで他人の『人生』の選択肢ばかり用意してきた賀喜遥香は自らの選択で、黒子のボスではなく普通の少女として主人公になったのだ。


と、賀喜遥香は思っている。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


弓木奈於は腕を組みながらモニターに映し出された十一人の少女たちを見つめていた。

奈於の背後には白づくめの衣装を身に纏った四人の少女がいた。


黒見「掛橋沙耶香、本日もシナリオ通りです」


佐藤「筒井あやめも進行に異常ありません」


林「田村真佑も同じく異常なしです、ボス」


松尾「そして、賀喜遥香。8月8日に19歳の誕生日を迎え、黒子のボスから普通の少女に。全てシナリオ通りです」


弓木「みんな、ありがとう。ご苦労だったわ」


奈於はニヤリと不適な笑みを浮かべると、右手を掲げ指をパチンと鳴らした。


弓木「さあ、第2章の幕開けよ」



完。

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