最終話 勇者と魔王

 イマジナリーフレンドが大きく関係している、とユカが犯人として捕まった通り魔事件を考察している専門家がいた。


 日本家屋で、アヤノ、オットイ、ニオが、テレビに目を向けている。


 ……あれから、数日が経っていた。



 和歌の怪我は順調に回復していると、お見舞いにいった時に伝えられた。

 ユカの方は……、こうしてテレビで情報を得るしかなかった。

 警察署を訪ねても、まだ面会はできないと追い返されたためである。


「イマジナリー……って、なんですか?」

 とニオ。


「自分が勝手に作った、もう一つの人格……そうだなぁ……空想の友達だね。ゆかちの変貌を説明するには最適だ。さすが、科学でなんでも説明できちゃう日本って国って感じ」


 聞いて、へえ、とニオが感心していた。


「……でも、あれは空想なんかじゃないですよ……」


「うん、ゆかちの場合はね。ただ、この国の人間にそれが分かるわけがないから、近い現象を当てはめて考えてるだけなんだと思うよ」


「――空想なんかじゃないんだ! ちゃんと存在していたし、ユカ様はあいつのことを親友だって言った! 今だって、その親友が起こした罪の責任を取って、ユカ様は牢獄に入ってるじゃないかっ! なのに、それを空想だなんて……ッ! このテレビの向こうの人たちは、ユカ様が罪から逃げるために、作った別人格に罪を擦り付けてるだなんて言ってる! どうして誰もちゃんと見ないんだッ!!」


 がたんっ、と拳がテーブルを叩いた。乗っていた茶飲みが跳ね上がる。


「ちゃんと見た結果、そういう判断に至ったんだと思うよ。でも、それは仕方ないんだ。だって、あたしたちは別世界の住人で、考え方がまるっきり違うんだから」


 それに。

 オットイはまんまと踊らされているのだと、アヤノがアドバイスをした。


「テレビの報道なんて、虚実入り交じってるから、聞き流した方がいいよ?」



 事実しか報道されないオットイが親しんだ世界では、考えられないことだった。

 茶飲みの中身を口に含むアヤノは、落ち着いた様子だ。


「少し時間はかかるかもしれないけど、ゆかちは戻ってくるよ」

「……本当ですか?」


「多分ね。未成年だし、被害者は和歌先輩だけだし……もし、それでも酷い目に遭うっていうなら、あたしたちで連れ出して、元の世界に逃げちゃえばいいだけだよ」


 そうすれば、決して誰も追ってはこれないのだから。


 でしょ? 


 と見せられたアヤノの笑顔に、オットイの焦りもなくなった。


「……そうですね、また、助ければいいんですもんね!」

「おっ、自信がついたなー?」


 誰かが困っていたら自然と後ろへ下がっていた足が今では当然のように前へ出ていた。

 彼女がいたら頼っていただろう……彼女がいなくなって、初めての成長だった。


 矛盾するかもしれないけど、今の成長を、彼女に見てもらいたかった……。




『オットイくん、頑張ったね』




「え?」

「? だから、お兄ちゃん。その時は頑張ってねって言ったんだよ?」


 重なった彼女の姿と、聞こえた言葉を、噛みしめる。


「――うん!」

「っていうか、ニオは手伝わないんだね」


「わたしはお兄ちゃんの後ろにいますよ! 守られるのが仕事です!!」

「うわ、嫌なお姫様……」


「ぼくに任せて! ニオを守れるならぼくは満足だから!」

「ほらぁ! ウィンウィンですよ!」


 早くも異世界の知識を仕入れつつあるニオは、まずは楽をする方法を覚えたようだ。




 勇者がどうして魔王を滅ぼさなくてはならないのか、ずっと疑問だった。


 魔族は人間を襲う。

 でも、人間だって魔族を襲ったりしている。


 純粋でまだ幼い、後に勇者ニオと呼ばれる少女は、感じていたのだ。

 どっちもどっちではないか、と。


 先に手を出したのがどっちなのかはさすがに分からない。

 何百年、何千年前まで遡らなければ分からないことだし、伝承に残っていてもそれが事実か分からない。

 できることなら実際に過去へいってみなければ、答えが出せないのだ。


 先に手を出した方がもちろん悪いけど、やり返した方も同じく悪いのではないかと、幼いニオは常々、疑問に思っていた。


 だから、勇者候補の中では浮いていた。異端だったのだ。


 勇者とは魔王を滅ぼすものだと代々伝わっており、決まっているルールなのだと言われてもニオは納得できなかった。


 人の言いなりになって思考停止し、他者を傷つけるなんてそれは本当に勇者なのか、正義なのかと、勇者の素質があるからこそ彼女は悩んだ。


 そんな彼女を、大人たちは矯正し、子供たちは仲間の輪から外した。


 彼女は一人ぼっちだった。


 それでも諦めなかったのは、蔓延している異常さを、なんとかしなければと思ったからだった。


 孤独の戦いだった――間違いを正すというだけのモチベーションでは、限界が訪れていただろう。

 彼女の身内との戦いもそう長くは続かず、息が切れる時があった。


 ある時、森の中で塞ぎ込んでいる彼女に、近づく足音があった。

 たとえば、それが魔族であっても彼女は逃げなかっただろう。


 楽になりたいという欲求は、仕方なく死ぬならそれでもいいと思っていたのだから。



 大丈夫? 


 と手を差し伸べてくれた年上の少女だった。



 彼女はニオの言葉を聞いてくれた、相槌を打ってくれた、そして――。


 間違ってないんじゃない? と言ってくれた。


 君の方が正しいよ、とも。


 日が暮れるまで、彼女はニオに付き合ってくれた。

 それきり、彼女と出会うことはなかったが――、意外な形で再会することになる。


 彼女こそが、滅ぼすべき魔王だったのだ。


 ……その時がきっかけだった。


 ニオの中に迷いが消え、彼女を守り、救うために勇者になることを決意した。


 勇者だから、魔王を滅ぼす――魔王だから、滅ぼす。


 結局、人物ではなく、存在そのものの否定だ。


 彼女――アヤノ自身を見ていない。

 きっと、彼女と触れ合えば、魔王って思っていたよりも違うんだなと誰もが感じるはずだ。


 勇者の中で異端だったニオは、異端のまま、だが以前と違って勇者になるという強い意志を持ち、修練に励んだ。


 他の勇者には任せられない。

 たとえ彼女を救うために立ち上がった勇者であっても。


 救うのは自分だと、拳を握り締めた。

 そして――彼女は勇者になった。




「今いくよ、お姉ちゃん」




 彼女の想いは、たとえこの身が滅ぼされようとも、決して消えないだろう。

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ランド 渡貫とゐち @josho

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