4.二人の場合

そうして勝負を挑んだ結果、宗助は美咲に完敗を喫した。

そもそもゲームに弱い宗助が、飲酒により判断力を欠いた状態で挑んだのだ。

奇跡が起きようはずもなく、不思議でも何でもなかった。

ずうん、と絶望の淵に沈む宗助を憮然とした表情で見つめながら、美咲は自身の名が彫られた酒瓶をなぞる。

宗助が覚えていたのかどうか、それは以前、美咲が好きだと告げた銘柄だった。

何を考えているのか、既に泣きそうになっている宗助に向けて、美咲は冷たい声音で言い放った。


「言ってよ」

「……え?」

「何か、言いたいことがあるんでしょ。言ってよ、私が勝ったんだから、何か賞品があるべきでしょ。……宗助の言いたいこと、言いなさいよ」


聡明な美咲は、宗助が一大決心をしてこの場に臨んでいるらしいことくらい、お見通しだった。

その一大決心の内容すら、おおよそのところは推測している。

なにせ、二十年以上の付き合いなのだ。

その程度の推察ができないわけがない。

これが、他の何か、例えばいつもの相談事であれば、適当に水を向けて誘導したり、選択肢を提示して確認したりしてやることもやぶさかではないのだが、この件についてだけは、宗助本人の口から、本人の意思で、言ってもらいたいのだ。

美咲は待った。

ずいぶん待った。

飲みかけの熱燗が冷やになるまで待った。

それでもなお、ぐずぐずと口を開かないでいる宗助に、いい加減、美咲が痺れを切らした頃、ようやく小さな声が聞こえた。

蚊の鳴き声でもこんなに小さくない、というくらい小さな声で、宗助は言った。


「俺と、結婚して欲しいんですが」


両肩を縮こまらせて俯いたままの宗助に、美咲は盛大な溜め息を一つ。

断られた、と、がっくりうなだれる宗助に、美咲は冷たく言った。


「何回目だと思ってんの」

「……え?」

「百回目なのよ、今日でちょうど。いくらなんでも遅すぎるでしょ。……もっと早く言いなさいよね、馬鹿」


美咲の発言が理解できず、おそるおそる顔を上げた宗助は、美咲の顔をそっと窺い見る。

怒ったような、拗ねたような表情を浮かべている美咲は、宗助から目を逸らしながらも、頬のみならず耳までも赤く染めていた。

目の前の光景が信じられず、「お、オーケーってこと……?」と尋ねた宗助に、美咲は素っ気なく、「そのくらい察してよ」とだけ返すと、照れ隠しのためか、ぐいっと猪口に残った酒をあおった。

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100度目の正直 一白 @ninomae99

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