3.彼の場合

俺はいま、人生で最高に緊張している。

なぜなら、俺の目の前にはミサキチがいて、俺の手元にはサプライズで用意したお酒があるからだ。

酒には、美咲の名前が刻印されている。

とても恥ずかしかったが、ネットで注文したのだ。

美味しいお酒を、と考えたら、意外に高くなって、焦った。

友人からのアドバイスで、今日は、会うための口実用の相談はしないことにした。

口実用の相談をしているうちに、俺がやるべきことを忘れるからだ、と友人は言っていたが、そんなことはない!

……ない、はずだ。いままでもなかった、と思う。

まあ、過去は振り返るべきじゃあない。

いまは、これまでずっと言えなかった相談を、きちんとしないと。


「で、今日は?また誤発注したの?それともシュレッダーした?もしくは契約書に印鑑押し忘れたとか」

「そ、そんなんじゃあないよぉ」

「……もしかして酒飲んでる?」

「え?ううん、飲んでないよぉ」


ミサキチに会う前に、友人に会ってコーヒーを奢って貰っただけで、お酒は口にしていない。

カルーアとかいう豆の、やたら甘いミルクコーヒーで困ったけど、残すのも悪いから頑張って飲んだ。

ちょっと頭がふわふわする気がするけど、それはきっと、これからミサキチに言う言葉に緊張しているせいだと思う。

ドキドキと高鳴る心臓の音をごまかすために、俺は紙袋からお酒を取り出した。

何か、気の利いたことを言いたかったけど、うまく思い浮かばない。

ずい、と押し出すようにしてミサキチに渡すと、ミサキチは珍しく、少し驚いたようだった。

……うん。驚いた顔も、可愛い。


「これ、どうしたの」

「えへへ」

「笑ってるだけじゃ分からないでしょ。やっぱり、酒飲んでるでしょ」

「飲んでないってば」


へらへら笑うとミサキチは怒ってしまうので、できるだけ真面目な顔になるよう口元にぎゅっと力を入れる。

それでもやっぱり笑ってしまっているようで、ミサキチはムッとした表情を浮かべていた。

ああ、どうしよう、ミサキチは怒ると怖い。

……じゃなくて、これでは、ミサキチが帰ってしまうかもしれない。それは、困る。


「お、俺が勝ったら、一つだけ話聞いて!」


ああ、ミサキチを引き留めるために慌てたとはいえ、とうとう言ってしまった。

この勝負、何がなんでも勝たないと!

……これまでたくさん勝負してきて、一度もミサキチに勝ったことはないけど。

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