第4話 流れ星
彼がいなくなって三年経った。彼のお母さまは体調を崩されたままだ。
あの日、彼は私と映画を見にいくと言って家を出たと言う。胸に流れ星の縫い取りがある濃いグリーンのサマーセーターを着ていたそうだ。いつもの朝で、特に変わった様子はなかったと言う。
ところが、彼は待ち合わせ場所に現れなかった。スマホは圏外、連絡がつかない。
捜索願を出したら警察から連絡が来た。彼の車が見つかったと。ショッピングセンターの駐車場にあったという。スマホはバッテリーが上がっていた。
警察がショッピングセンターで聞き込みをした結果、彼は買い物をした後、駐車場に戻り買った物を車に入れた。その後、駐車場を出て国道沿いに歩いて行く姿が監視カメラに写っていたと言う。
彼は一体どこに行ったのだろう。
警察で彼の荷物を受け取った時、お母様は泣き崩れたと後できいた。彼が買ったのは、お母様が以前から欲しがっていた有田焼の花瓶だった。誕生日プレゼントだったのだ。
「何か事件に巻き込まれたのかもしれません。引き続き捜査しますので、お力を落とさず」と警察官から言われたという。
だが、その後、捜査に進展は全くなかった。警察にどうなったか聞きに行くと、成人の行方不明は死体が上がらない限り捜査は難しいと言われた。自ら姿を隠している場合があるからだ。
「そんな筈はありません。結婚だって決まっていたのに」
彼のお母様は側にいた私の腕を取り、
「こんなに素敵なお嬢さんと結婚が決まっていたんですよ。失踪するなんてありえません」
と熱っぽく語った。
警察官はとにかく進展があったら連絡しますからの一点張りだった。
私の両親は早くから婚約を解消して、新しい人を見つけなさいと言っていた。三年経った今、彼のご両親も同じ事を言い始めた。
「でも、私、待っていたいんです。どうか、お願いです、このまま、彼の婚約者でいさせて下さい」
私は頭を下げた。
彼は今、どうしているのだろう。生きているなら連絡がある筈。
もう死んでしまったのだろうか?
生きていて欲しい。帰ってきて欲しい。あの笑顔をもう一度見せて欲しい。
願わない日はない。
「息子が生きていたのよ。これから病院に行くの」
彼のお母様からの連絡に私は飛び上がる思いで病院に駆けつけた。
まさか、彼が生きていたなんて!
生きて戻ってくれたなんて!
神様、ありがとうございます!
彼は行方不明になっていた間の記憶を全て無くしていた。いなくなった時の服装のまま海岸に倒れていたのだと言う。あのショッピングセンターから歩いて二十分程の場所だった。
あの日、彼はショッピングセンター近くの海岸に私に贈る桜貝を探しに行ったのだと言う。警察によると恐らくその時、何かの事件に巻き込まれたのだろうという話だった。
衰弱していた彼は病院に入院、最近になってやっと名前と住所を思い出したのだそうだ。病院は警察に連絡、行方不明者リストから彼の家族に連絡が行ったのだという。
以来、彼は順調に回復して、時々頭が痛む以外は元どおりの体になった。職場にも復帰した。彼のお母様の体調もすっかりよくなって、私との結婚の準備も進んでいる。
式場は雑誌に紹介されていた小さなホテルにしようと思っている。大正時代に華族の別荘として建てられた館を改装したとてもおしゃれなホテルだ。写真を見て一目で気に入り彼と見学に来た。
玄関ホールに入ると正面に赤い絨毯の敷かれた大きな階段があった。まるで劇場のようだ。
ホールの隅に別荘の持ち主だった華族の写真が掛けられていた。彼がぼんやりと写真を見ている。私もつられて写真を眺めた。セピア色のとても古い写真だ。
並んでいる写真の中に綺麗な女の人の写真があった。女の人が持っているバッグを見て驚いた。彼のサマーセーターの流れ星と同じデザインの刺繍があった。
「ねえ、見て! これ、あなたのサマーセーターの流れ星と同じデザインじゃない?」
見上げると彼の目に涙が浮かんでいる。
「ああ、そうだね。彼女はとても……、とても刺繍が上手な人だった」
と言って、彼は静かに涙を流した。
(了)
原稿用紙五枚程のショートストーリーズ 青樹加奈 @kana_aoki_01
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