第3話 記憶の底のピンクトルマリン
地面にポツンと黒い染みができたと思ったら、あっという間に雨が降り出してきた。慌てて軒先に飛び込んだ。ゲリラ豪雨というのだろうか、物凄い勢いだ。
家から駅まで徒歩二十分。スーツケースにはキャスターが付いているから二十分くらい大したことないと思って歩いて駅に向かったのだけれど。まさかこんな凄い雨に遭うとは思わなかった。雨粒の一つ一つが大きい。地面に跳ね返る雨で足元が濡れ始めた。
建物に身を寄せると店先のショーウィンドウの中が見えた。宝石が並んでいる。そういえば、質屋の看板が出ていたっけ。私の大好きなピンク色が目に飛び込んできた。金色のチェーンの先にピンク色の石がついたネックレスだ。かわいい。これはなんという石なのだろう。じっとみていると光の加減なのか奥からキラキラと輝いて見える。きれい。石じゃないみたい。ピンク色の滴だ。
「そのペンダントトップ、きれいでしょ」
質屋の扉がカラカラと開いて中から店主らしいおばさんが顔を出した。
「ピンクトルマリンって石なんですよ。若い人にぴったり。中に入ってゆっくり見ない? まだまだ雨は止みそうにないし」
「いえ、私、その、これから旅行なんです。初めての海外なんで、今、買うわけには」
「何時の飛行機なの?」
「成田発二十二時です」
「だったらまだ間に合うわ。雨は止みそうにないし。ね、見てらっしゃい。買わなくてもいいから」
どうしよう。雨はどんどんひどくなるし、風も出てきた。これ以上濡れたくないし。それに質屋さんてどんな所なんだろう。買取ショップは友達と一緒に入った事があるけれど質屋さんは初めてだ。海外で買ったブランド物って質屋さんの方が高く売れると聞いたことがある。
「じゃあ、ちょっとだけ」
どうぞどうぞとおばさんがドアを大きく開けてくれた。
「さあ、こちらにどうぞ」
店の奥にカウンターがある。そこで接客をするのだろう、椅子が置いてある。勧められるままに腰掛けた。おばさんが出してくれたタオルで体にかかった水滴を拭う。
お土産やブランド物をデューティーフリーで買う予定だから、今、お金を使えないんですと言ったら
「いいのいいの。見るだけ見ていって。石と人の出会いはね、ある日突然起きるのよ」
ショーウィンドウからおばさんが取り出したペンダントトップ。今はビロードのお盆の上に乗っている。おばさんがペンライトで光を当てた。幻想的なピンク色の光が石の奥からぱあっと広がった。
「つけてみない?」
いいえと断ったのだけれど。
「肌の上にのせたらとても映えると思うの。ね、つけてみて」
おばさんは私の後ろに回ってネックレスを首にかけてくれた。カウンターの上にある鏡にネックレスをした私の姿が映る。ピンク色が胸元で光って、めちゃかわいい!
あれっ?
このネックレス、どこかで見た。ああ、そうだ、彼が私にプレゼントしてくれた物にそっくり。
ペンダントトップをひっくり返した。サイドに私と彼のイニシャルが。
あの、これって、誰が、質屋に? だってこれ私のなのに。
「え! そうなの? えーっと、ちょっと待ってね。あなたのお名前は?」
名前をいうと、おばさんはパソコンを叩いて、
「あなたのお父様のお名前は?」
私は父の名前を告げた。
「じゃあ、お父様ね、これを持ってこられたのは。娘さんの形見だけれど、見るのが辛いって、列車事故の集団訴訟の足しにするんだって言ってたわ。一年前の事故、酷かったものねぇ。亡くなられたのはあなたのお姉様? それとも妹さんかしら? きっとお父様が間違えられたのね」
いいえ、私のです。私の乗った列車、事故ったんです。
だって、私……、もう死んでる……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます