浅瀬
フラワー
浅瀬
窓の外は青い風に照らされた葉を許している。涼し気な静脈に振れた景色がこちらを向 いていた。春先に忘れられていた寒さは、身体の内へ入り込むと結晶のようになって重くな って。心を溶かして眠りにつくには白い錠剤が必要で、瓶に溜まる悲しい香りの在りかが自 分にあることを認めなければならない。手のひらに乗せる小さな錠剤が暗い管を通と、熱を真似た液体の味がした。
その日の青空が欠片となって向かいの屋根に砕ける。この窓からは、病院は遠い土地の暮 方の風景に閉ざされている。蛇口からの冷たい水は白く光ったままの薬に混ざり、寂しい心 を引き揚げた。街へと沈む空の色を、深い藍色に捉えた幼いころの瞳。甘い目の粘液を思い出しながら、瞼を開けば鳥の息する浅瀬の雲が伸びる。一つの優しさが落とす雨は、季節の宝石で作られていたから。身体の匂いが綺麗な服に薄れるのは、肺が赤く染まる時間までの幻だった。
軽くなった瓶を手に転がすと、蓋に当たった錠剤が指先へ振動を伝える。刻まれた線で分かれる形が、小さく詰め込まれた薬品の音。雲から落ちてきた鳥の死骸。浅い青空のガラスが擦り減ると雪になる。風の駆動音が紫の古代魚を蘇らせた。月の無い夜に食らいつく魚は、街の外気圏で見つかる生きた古代魚だ。
星の見えた五分前の空模様は、吐息に滲む紫陽花の毒みたいな色をしている。残された陽が散り落ちて、明日の酸素を維持しながら繊維を紡ぐ。古代魚の餌が作られて、夜は人を離した明りの下で回りだす。目に悪い伸ばされた風景は、肌色にまで進む夢の反対側にある。声が聞こえる悪い明り。きっと古代魚たちが話している。
そう、夜に塗られた雰囲気が、街灯のポツリと浮かぶ明りのことを、浜辺の砂のように細かく砕いて呑み込んだ。壁の時刻に目が向かう。揺れる草木の音が心臓に刺さると、きまって身体は壊れていった。古代魚の骨が差し込まれた部屋の窓は、星の水深200M で消え てしまう。暗い海底で砂は凍って、古代魚だけの悲しい歴史が流れている。冷えた身体、温かい薬、その二つがクジラの心臓に似ていることは理解していた。
我が家はクジラになっていた。浅瀬から海底へ、肺を潰して沈む大きな身体。病的巨体は 蝕まれて。あの骨は時計の針より脆くて、心臓はゼンマイより薄いまま。月に爛れる屋根と同じ、遠くへと腐乱した臭いの在りかを教えている。入り込んだ月明りだけは、青い水の色をしていた。
浅瀬 フラワー @garo5
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