ただの夢と愛、そして目覚め
視界が広がった時、最初に認識したのはぼろぼろの天井だった。
起き上がると白い何かが自分の体の上から落ちていくのがちらりと映ったが、そんなことはすぐにどうでもよくなる。。視線を落とすと薄明かりの中でも自分の体の色が悪いのが分かった。
自身の両手を見つめながら開いたり、閉じたりを繰り返す。
不思議だった。
自分が見ている手は意図したとおりに動いている。
ふと顔を上げると女がすぐ傍に立っているのに気付いた。じっとこちらを見つめる女を見つめ返す。いつの間にそこにいたのだろうか?
女の暗い瞳と目が合った瞬間、女はゆっくりと俺に笑顔を向けた。
そこから俺はアマランサスと名乗った女と共に時を過ごした。
何の前触れもなく、月のない深い夜に火が女を焼いた。
女はもう生きる気力がないのかその目は虚ろで、苦しいはずなのに苦しむ様子はなかった。
それは不気味で村人達は苦しまない女にさらに怒り狂い、石を何度も投げつけた。
石の一つが額に当たり、赤いものが流れる。
痛々しいその中でも俺は目を離すことができなかった。
女が笑う。
村人達にそれは見えているのだろうか?
我を忘れた彼らは一心不乱に石と暴言を女に投げつける。
「死体」 「墓」
「厄災」
「人殺し」
「子供」
人々の叫びは断片的に聞こえてきた。
それは処刑というよりは"私刑"と言った方が正しかっただろう。
ここには役人も処刑人もいない。
「何で笑っていられるんだ」
思わずそう口にしていた。だが、村人達の声にそれはかき消されたことだろう。
女の口が動いた。
声は聞こえずとも俺には何を言っているか分かった。
それは奇妙な会話で、女には俺の言葉が聞こえているかのようだった。
最後に交わした言葉で女の口許が歪に笑う。
"それが私の愛のカタチだもの"
その言葉は女の異常性を理解するには十分すぎる言葉だった。
ああ、この女は本物の"魔女"なのかもしれない。
都合がよく、身勝手なその単語はこの女にはぴったりだと俺は村人と同じように思ってしまった。
それから気づけば俺はあの家に戻っていた。あの後あの女がどうなったのか思い出そうにも、思い出せなかった。かろうじて雨が降り始めたのは覚えていたが、そもそも見てすらいないのかもしれないと思いなおす。
いつの間にか日は昇っていた。どのくらい経っただろうかと疑問に思ったのは、何かが動く様子を視界に捉えたからだったのだろう。
俺は無意識にぎこちないながらも顔を少し動かす。
開いた扉から光と共に身をかがめながら男が中に入ってきた。
その右にある灰色の瞳と俺は目が合う。男はすると穏やかな笑みを浮かべた。左目は髪で隠れて見えなかった。
鼻筋の通った顔立ちと白い肌、明るい栗毛でその容姿はあまり見慣れないものだった。
男は微笑んだまま迷うことなくこちらに歩いてくる。そこに敵意は見られず何もせずにぼーっと一連の動きを見ていると男は僕の前で膝を付いた。
奇妙な光景だった。
「初めまして、君はこの家のご主人かな?」
首を横に振ると男はそうかと呟き考えるような仕草をする。
「君の名前は?」
「・・・A」
自分の声が随分と掠れていることに少し驚いた。
「エー?随分変わった名前だね」
「あの女がそう名付けた。始まりに相応しいそうだ」
「始まり?・・・ああ、"α"ね。なるほどじゃあ僕はZとでも名乗ろうか」
なにがじゃあ、なのか。恐らくというか当然偽名だろう。だがそんなことはどうでもよかった。
そうして俺は"Z"と出会い、結果として行動を共にすることになった。
隠れ家の一つで俺は茶色い塊を前に懐かしさを覚えていた。
前々から気になってはいたが、ゆっくりと
慎重に蓋を開けると黒と白の物が整列している。
「ピアノ、弾きたいのかい?」
いつの間にかZが扉の入り口の所から俺を見ていた。
「いや」
「何か思い出した?」
「・・・いや」
思い出すことなどなかった。だがこの懐かしさは昔の自分に関係しているのだろう。それに、でなければこれがピアノで音を鳴らすための道具だと俺が理解しているはずがない。
それを本当に慎重に押すと、本当に微かに音が鳴った。
この身体では弾くという行為は、非常に難易度が高いものだ。そう考えるとなぜか寂しい気持ちがあった。どうしてかは分からない。
「お前は弾けるのか?」
「うん、一応は弾けるね」
「そうか」
「聴いてみるかい?」
「ああ」
そう返すとZが大きく目を見開きじっとこちらを見つめている。首を傾げていると目を細め、こちらに向かってきた。
俺は場所を譲り、近くの壁に背中を預ける。
音が鳴る。
それは聞いたことのない曲だったが、久しぶりの音楽は落ち着くものだった。
楽し気な音で視界が開ける。
そこはいつもの場所だった。
柔らかい光が天から降り注いでいる。随分といい日だった。俺はゆっくりと椅子から立ち上がると、音の鳴るほうへ誘われるように歩き出した。
ホールへ行くとグランマと周りに寄り添う子供達の後姿が壁越しに見えた。音はその奥から聞こえてくる。
誰もかれもが音楽に夢中で俺に気付く様子はなかった。奥へ少し進むと同時に曲は切ないものへと移り、それを奏でる者の姿が視界に映る。
それは"Z"だった。
俺はホールからそっと離れ、誰にも見つからないよう隠れ壁に背中を預けた。
ゆっくりと目を閉じると、自然とあの駒鳥の姿がぼんやりと浮かんだ。。
駒鳥はもういない。その物語は随分と昔に終わりを迎え俺はその結末を見届けた。
駒鳥は夢の中で謳い続ける。夢の中でならロバートも駒鳥の傍にいることができた。
夢の中でなら自分の願いが叶うというのはなんという皮肉なのか。
それは果たして幸せなことだったのだろうか?
しかし、俺が答えを出すことはない。
フランケンの怪物と聖人 あわい しき @awai_siki
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