お着換えの時間です
目の前で仁王立ちするZはいつになく真剣な様子に見えた。
グランマは苦笑いをしている。
子供達はというと遠巻きに俺達の様子を覗いていた。
「あんたさ」
「ああ」
そう答えるとZの細腕が伸びてきて俺の胸倉を掴む。そのまま引っ張られ俺は素直に身をかがめた。なんだか「わあ」という子供達の声が聞こえた気がする。
それにしても一体何なのだろうか。大人しくZの言葉を待つ。
「もしかしてずっと同じ服着てない?」
今更ながらの言葉だった。
Zの言う通り、財団から最初に支給された服を着続けている。それで何の問題もないはずだった。
にも拘らず、それがお気に召さなかったようで俺は無理やり服を脱がされてしまった。俺は抵抗するわけにもいかずされるがまま、そんな状況をなんだかZは楽しんでいるようにも見えた。
ところで脱がされはしたが、新しい服のない俺はどうしたらいいのか。
「じゃあ行きましょうか」
Zはそういうと下着姿の俺を連れてどこかへと向かった。俺の服はというとグランマに持っていかれてしまった。
白いシーツを羽織らされ素直についていくとそこは院の最奥で立ち寄ったことのない場所だった。
Zはどこからか鍵を取り出し扉を開ける。
中に入るとそこは綺麗に整頓された部屋のようだった。扉付きの本棚には本がびっしりと並んでいる。遠目でどんな本かは分からないが、それらが貴重な本であることは分かった。
書斎にも見えるそこはしかベッドもあるということはやはり誰かの部屋なのだろう。ただ現在は誰もそこで生活していないように見えた。
Zは慣れた様子で別の扉を開き中に入っていった。後を追おうとしたがすぐにZは出てくる。
「これ着てみてよ」
そう言って渡されたのは一着の服だった。
慎重に広げてみてみると俺の体格にぴったりそうなものだった。だが着ることはできない。
「ちょっと?」
そのまま止まっているとZが苛立った様子で声を掛けてくる。その手にはいつの間にか別の服があった。
「着られない」
「はぁ?大きさはそんなに変わんないと思うけど」
「いや、そうじゃない」
そう返せば、Zは首を傾げる。
「自分で服を着ることができない」
Zの表情が固まり、頭を押さえた。
「確かに、そりゃあそうだよね」
普通一般の人間が当たり前のように行えることを俺は行うことができない。
原因はこの特殊な体のせいだった。
第一に問題は怪力だ。慎重に行えばある程度は行うことはできるがそれでも細心の注意を払わねばまず、服を破りかねない。
そして、俺の体は細かい動作をうまく行えない。つまりは釦を掛けたりなどの行いも怪力がなくても非常に時間がかかるのだ。
つまり服を着るという行為は自分の体で岩を砕くよりも難易度の高いものだった。
今まで服を着替えてこなかった理由もそれが理由と言っても過言ではない。
そういうわけで、Zが俺の着替えを手伝うことになった。
財団から支給された服はただ被って袖を通すだけなど、細かい動作を必要としないものだったのが、Zの選んできたものは釦の多いものばかりだ。
Zの手を借り袖を通したものの、今度は首にネクタイまでし始めた。椅子に座らされた俺はされるがまま待つ。上からZの顔をみると実に真剣な様子だったが、その瞬間手のひらで有無を言わさず顎を上げさせられる。文句の言葉はなかった。
「うん、いい感じ。大きさもいいみたいじゃん」
Zは顎に手を当て舐めるように俺の体を眺めると、そう感想を漏らす。俺自身は見えていないので何とも言えなかった。
「・・・これだと仕事がしずらいが」
「仕事の時は別。外に行くときはこういうちゃんとした格好じゃないと」
「・・・そうか」
恰好など気にしないしもう自由に外を出歩けない身の上で、外の話をされてもあまり納得はできなかった。ただそういうと面倒なので返事はしておく。
そして、その後ぶつぶつと呟いていたZは今度は俺のネクタイを外し始める。
「・・・なぜ外す」
「はぁ?まだ着るものあるんだから当たり前でしょ」
ああ、なんとなくそんな気はしていたがやはりまだこれは続くのか。
俺は椅子の上に重ねられた服の山を見ながら、諦めることにした。
散々Zに弄ばれた俺はようやく普通の服を着させられ、いつもの場所に戻ってきていた。
「何もあそこで脱ぐ必要はなかったんじゃないか」
よくよく考えればおかしな話だ。ある種の公開処刑ではなかったのか。
「あんたの服をさっさと洗濯したかったから仕方ないでしょ」
「・・・別に汚れてなかったと思うが」
「外のほこりとか泥とか付いてるでしょ。寧ろ臭いがしないのは奇跡だったんじゃないの」
そう言われても分かるわけがない。
「それに今の方が、ちゃんと顔も見えるし、いいと思うけど」
Zはそう言って自身の額を指を差す。どうやら常に被っていた外套がないことを言っているらしい。フードを深くかぶれば、すぐに顔を隠せるので便利だと考えていたのだが、Zはそう思っていなかったようだ。
「そういえばこの服は誰の物なんだ」
色々と着せ替えをさせられていたため忘れていたが、あの部屋といい俺の体格にあう服が合ったことも疑問だ。
「ああ、あそこは先生の部屋だよ」
「・・・あいつの?」
そう言われてすぐに納得した。整頓された部屋といい貴重そうな本はあいつが持っていそうなものだ。
ここ十年程度顔を合わせていない男の顔を思い浮かべる。俺と同じくらい背は高く、灰色の瞳、Zと同じように色素の薄い栗色の柔らかそうな髪。今は名を持たない白い男は体格に似合わずそのタレ目も相まって人懐っこい顔をしていた。口調は穏やかで"聖人"という名に相応しい寛容さを持ち合わせるあいつ誰からも好かれている。もちろんこの
「部屋を残しているんだな」
「いつでも帰ってこられるようにってグランマがね。ここは先生の生家だから」
その話は初耳だった。あいつはこんなところで生まれたというのか。
「なら、グランマはあいつの親を知っているのか?」
少しだけ興味がある。ああいった人間はどんな両親のもとで育てばああなるのだろうか。
「グランマが先生の親を知っているってのはあり得ないと思うけど」
Zは不思議そうに首を傾げながらそう言った。
「どういうことだ?」
「先生はグランマのマザーだから」
言葉の意味が分からない。何かの比喩表現なのだろうか?
「それはど・・・」
「あ、せっかくだしグランマにその恰好見せに行こうか!」
言葉は遮られ、思いついたようにそう言ったZ立ち上がり俺の腕を掴む。ぐいぐいと引っ張る様子を見て、俺は大人しく立ち上がりZの後を着いていった。
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