ただの人間の、ただの夢

桃色羊

第1話 あの夜空を思い描いて

 パタパタパタ。

 屋根に打ち付ける雨の音が、家の中にいる私の耳にまで響く。

 夜中の2時。何かすることがあるわけでもなく、だらだらと布団の上で、スマホを見ている。

 もう深夜と呼べる時間なのだから、寝てしまえばいいのに、終わりが近く休日が名残り惜しいのか、なんとなく寝れずにいる。

 趣味のネットサーフィンもする気にはなれず、目当てがあるわけでもないが、SNSのアイコンをタップする。

「……雨、うるさいな」

 することさえあれば気にも留めない、些細な音がただただ煩わしい。

 SNSが開くと、タイムラインに少しの情報が更新されていた。

 しかし、そのどれもが私の暇を潰してくれるようなものではなく、ただただ時間を無駄にしただけだった。

「もう寝てしまおうかな……」

 とりあえず、更新された情報の全てを見るために、指をスライドさせ、寝返りをうつ。

 決して滑りがいい、とは言いにくい液晶にイライラしていると、一つの言葉が目に飛び込んできた。

「七夕……」

 そうか、数時間前までは七夕だったのか、なんてことを考える。

「七夕って、星見ながら、三回願いごと言うんだっけ?」

 そこまで口に出して、呟いたことの可笑しさに気がつく。

「あれ、これは流れ星か」

 七夕ってなにするんだっけ。

 何か表しようのない、焦りを感じながら、私は去年は何をしていたのか思い出す。


 そうだ、去年はショッピングモールの入り口に笹があったのだ。

 19歳なんて子供とは言いにくい年齢だったのだが、そこは友達といた、ということもあったのだろう。

 キャイキャイと短冊に願いごとを書き、笹にぶら下げたのだ。


「そっか、七夕は笹か」

 思い出せたことによって得られたのは、少しの安心感。それと同時に感じた、子供心の薄れ。

 まだ社会に出て、半年も経っていないのに、子供と大人の狭間を見たような気がした。

「マジか……」

 変わらないと思っていた自分。

 変わっていないと思っていた自分。

 けれど時間は流れるのだ、不変なものはない。

 たった一年。されど一年なのだ。


 布団の中から抜け出し、立ち上がるとカーテンを開ける。

 当たり前だが、雨が降っているのだから、空には雲が広がり、星なんて一つも見えやしない。

 小さい頃は、雨が降ると織姫と彦星が会えないのではないだろうか、と可愛らしい心配をしていたものだ。

 しかし、もう学生も卒業している年齢の私は、星が雲なんかのせいで消えないことを知っている。

 地上にいる私からは見えないが、星たちは今日も変わらず、輝いていることだろう。

 もう織姫と彦星なんか、信じるような年齢でないことは先ほども言った通りだが、子供心がなくなったことを理解した今、それを取り戻すために、柄にもないことを願ってみてもいいだろうか。

 いつか見た夏の夜空を背景に、織姫と彦星の逢瀬を思い描こう。

 そして、願おう。

 来年は雨でないことを。

 子供と大人の狭間という、貴重な時間を思い出すために。

 不変なものはないとはいえ、私が私であるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ただの人間の、ただの夢 桃色羊 @peach26

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ