人喰い鮫の置手紙

カゲユー

本文

 私は鮫です。ただの鮫ではありません、人喰い鮫です。

私が初めて人を食べたのは十四の夏の日でした。

あの日、私は仲間と喧嘩をしてしまい住処から飛び出しました。もう住処には帰りたくない、どこか遠くへ、だれもいない場所へ行きたい。その一心でとにかく泳ぎ続けました。

気がつくとあたりには何もなく、ただ私を包む暗黒の水があるだけでした。

それは私が望んだものでした。しかし実際に目の当たりにして思い知らされました。孤独とは想像以上に寂しく、恐ろしいものだと。

 私は住処に戻ろうとしました。しかし周りには何も目印になるような物もなく、どこから来たかも分からない。それでも私はこの孤独から脱するためにも泳ぎました。

 どれくらい泳いだのでしょうか。とりあえず空腹で視界が朧げになるくらい泳ぎました。何か食べないと死ぬ。でも何もない。

意識が消えかけたとき、何かが水の中で動くのを感じました。考えるよりも先に体が動き、私はそれに喰らいつきました。

 空腹ということもありましたが、私は口の中で抵抗をする何かの今まで食べたことのない、とても美味しい味に感動しました。

胃が満たされ視界もハッキリし、目の前に浮かぶ食べ残しを見て私は何を食べたのか悟りました。そうです、私は人を食べたのです。

その後、私はなんとか住処に戻れました。仲間と仲直りもし、またいつも通りの日々が始まりました。

ですが、私はあの美味なる人の味を知ってしまったのです。知ってしまった以上、もう前のように小魚程度じゃ満足できません。

それからです。私が人のいるところに行き、人を食べるようになったのは。

ときに浅瀬で海水浴を楽しむ人を食べ、ときに遠洋で船に体当たりをし落水した人を食べ、たまに深海に来た人を丸呑み。そんな楽しい人喰いライフを送っていました。

ですが人だってただ食べられてるわけじゃありません。私を警戒してか、最近さっぱり人を見ませんし、この前浅瀬の方にいったら私に向けてモリやら弾丸やら打ちこんできましたし、船も体当たりをしてもびくともしない頑丈なものばかり。

これ以上人喰いを続けたら、遠からず私は人に殺されるでしょう。

ここらが人喰いの潮時なのでしょうか…。

いや、潮時だからって止められるようなものじゃないのです。私にとって人喰いは。

たとえ死ぬのであろうとも、私のこの衝動は抑えられません。仮に抑えられたとしても、あるのは満たされることのない欲求を抱えた日々のみ。それなら私は人喰いを続けます。

人喰いはとても素晴らしいものです。ですがこの通り、一匹の壊れた鮫を生み出してしまいました。

この手紙を読んだあなたはどうか人を食べないでください。壊れるのは、私だけで十分ですから。

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人喰い鮫の置手紙 カゲユー @shimotsuru

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