エピローグ
エピローグ 僕はこれからも、大切な人達と生きていく
エピローグ
・・Φ・・
1853年5の月18の日
午後3時過ぎ
アルネシア連合王国東方直轄領・ジトゥーミラ特別市
連合王国軍東方方面軍総司令部
第二次妖魔大戦が終結してから約六年が経過した。
理性なき総力戦をギリギリのところで回避出来たといえるあの戦争が終わってから、世界は平和を取り戻したわけだけど、戦争が終わってから僕の周りでは色々な事が変化していた。
まずは僕達の国である連合王国。
この戦争で国内に最も大きな打撃を受けたのは連合王国だった。王都アルネセイラに落とされた戦略兵器『煉獄の太陽』を研究開発、起爆を命じたのはリシュカだった。というのが終戦後判明した一つであるけれど、『煉獄の太陽』の被害は一年で回復出来るものでは無かった。終戦後の凱旋は再建途上のアルネセイラでは行えず、僕の故郷で正式に連合王国の経済中心地となったノイシュランデで行われたくらいだったんだ。
それでも連合王国は王都をアルネセイラから変えること無く、四年をかけて先進的かつ近代的な都市として生まれ変わらせた上で復興を果たした。人口は今現在で約一三〇万人と首都機能分散――経済をノイシュランデ、軍統合本部以外の軍事機能を近郊のブルーメルへ――させた事で人口は減ったけれど、これからの連合王国を見据えたような姿となって王都として相応しい姿に変貌しつつあった。
王都が復興すると、復活を見届けるかのように国王陛下は崩御され壮大な国葬が行われた。今思うと、当時に陛下がいたからこそ今の僕があったんだと思う。
跡を継いだ王太子殿下が国王陛下となられると、陛下は、
「余は父上程の才は無い。だが、余には優秀な貴君等がいる。かつて父上が考えられておられた第二次国内改革を緩やかに行っていこう。これからは民も積極的に政治を行う時代である」
と、終戦後五年を機に第二次国内改革を発表した。
改革内容は色々あるけれど、最も特徴的なのは国内の体制変化。これまで貴族領の名になっていた各地の自治単位が〇〇州というような州制度へと変えられることになった。例えばノイシュランデはノースロード州というような感じ。そこから各市町村単位へと下りていく。
ただ、急速な改革は貴族利権を大幅に削ることになり反対が多くなることが予想されたので州制度への移行は一〇カ年から二〇カ年かけてゆっくりと行っていくらしい。州知事も今の領主が初代州知事となるんだって。それでもある程度長い期間をかけてこの辺は変わっていくだろう。僕がお爺さんになる頃には既に進んでいた段階的な民主主義の導入はさらに進むだろうね。
さて、僕はというと五三年には三五歳となり今年中には遂に前世じゃアラフォーと呼ばれる三六歳になるわけだ。時が流れるのは早いもんだね。
もちろん、ただ年齢を重ねた訳じゃない。六年を経て僕の立場は変化していた。
それが今いる場所。僕がいるのは王都でもなく故郷のノイシュランデででもなく、一番早く州制度へ移行される連合王国東方直轄領の領都、人口約一八万人の都市となったジトゥーミラ特別市だ。
ここは連合王国になって一一年になったことと一からの開拓も同然だったからか、かなり先進的な都市になっている。具体的にいえば駅と行政機能を中心地に置いた上で碁盤の目のように整備された市街地だね。王都復興の際にも参考にされている箇所があるくらいで、王都にはない高さ約六〇メートルを越える高層ビルも存在している。前世で言えば二〇世紀初頭に随分と近いイメージの都市とも言っていいかも。
そのジトゥーミラ特別市の中でも中心街行政街区にあるのが僕の今の職場、連合王国軍東方方面軍総司令部。駐屯地は郊外に配置しているから純粋な司令部機能のみの司令部だ。その八階に僕はいた。
「ふぅ、やっと書類の山が片付いた……」
「お疲れ様、旦那様。来月の予定も考えるとこれくらいは片付けないといけないけれど、ちょっと疲れたわね」
「休息を推奨。コーヒーを入れましょうか、マスター。リイナ様」
「ええ、そうね。お願いしていいかしら」
「よろしくエイジス」
「サー」
あれから六年を経て半日程度なら人間大サイズでいることが余裕になったエイジスは微笑んでコーヒーを作り始めた。エイジスも六年という歳月を経てさらにその性能と学習能力が向上していた。今やエイジスの戦力は過剰とも言えるけれど、やっぱり僕の頼れる召喚武器だ。だから今もこうして僕やリイナのサポートを日々してくれている。
リイナはというと、六年経ってその美貌はさらに磨きがかかっていたし年相応の魅力も備わるようになっていた。あと四年もすれば四〇になるというのに、まるでそんな風には見えない。本人曰く「そろそろ小じわが気になってきたわ……」と言っていたけれど、全くそう見えないのが凄いよね。
「アカツキ大将閣下、リイナ少将閣下、エイジス特務官。アレンです」
「おっ、アレン准将だね。どうぞどうぞ」
「はっ。失礼致します。おや、コーヒーで休憩でしたか」
「アレン准将も時間があればどう?」
「ようやく一息つけそうな状況ですから、御一緒してもよろしいですか?」
「もちろん」
「貴方ならいつでも歓迎よ」
「同意。アレン准将の分も用意します」
「ありがとうございます!」
変わったのは外見や住所だけじゃない。階級もだ。
入室してきたのは、アレン准将。あれから階級が上がり今や准将になっていた。本人曰く、まさか自分が将官になるとは……。と言っていたけど、なって然るべき人材だと僕は思っている。
まあ、変わったのは彼だけじゃない。リイナも少将になったけれど、かなり変わったのは僕かもしれない。
終戦後、僕は帰国してからは数々の勲章を授与されることになった。どれくらいかっていうと、略綬じゃないと勲章で軍服がとんでもない量になるくらいだろうか。ぶっちゃけこれだけでももう十分と言えるんだけど、当然マーチス侯爵や国王陛下はこれだけで終わらせる気は無かったらしい。
終戦から二年後、マーチス侯爵からこう言われた。
「アカツキ、来年度より軍の再編成が行われる。戦争も一息ついて、数重視より質重視に移行するからだ。無論、これには大きく変化が生じるし方面軍単位を変える。そこで、だ。俺はお前を大将へと昇格させた上で新設の東方方面軍総司令部総司令官に任命したい。東方方面軍は広大な管轄地という理由だけでなく地理的な関係もあるから最精鋭を配備。さらには、ようやく全軍に浸透しつつある一部機械化編成を東方方面軍に限っては能力者化師団と機械化師団を半数とする特別編成方面軍にする予定だ。戦闘機も重点配備する。このような先進方面軍だ。お前以上の適任はおらんだろ。任せたぞ?」
戦争が終わってから連合王国軍は編成を変えることは既定路線だったけれど、その中でも東方方面軍をマーチス侯爵は僕に任せるつもりだったらしく僕はこれを承った。いつかはこうなるかもと思っていたのもあったからだ。
だから僕の今の立場は東方方面軍総司令部総司令官。遂に一方面軍を任されることになった。国の東を守護する立場だから重責だけれど、戦争を乗り越えた今では数々の優秀な参謀や部下達に支えられてそれなりにこなせていると思う。
「皆様、コーヒーの準備が出来ました。クッキーもありますよ」
「ありがとう、エイジス」
「ありがとうね」
「エイジス特務官のコーヒーは逸品ですからね。美味しく頂きます」
午前中から忙しくしていた僕達はつかの間のコーヒーブレイクを楽しむ。そこで話題に出したのは、いくつかの手紙だった。
「アレン准将、これは任務にも関わるんだけど来月の出張日程が分かったよ。まずは帝国の慰霊地。その後は皇国だ。一昨年から恒例になった演習だね」
「おお、そうでしたか。ということは、帝国現皇帝からの手紙と、ココノエ陛下から手紙が届きましたか」
「そういうこと。まあ、慰霊地は表では戦争に対するものだけどね。やっぱり僕は、あそこに毎年行きたいんだ」
「そうですね……。アレについては……」
帝国現皇帝ルシュカ・ヨマニエフからの手紙。そこには四年前から毎年六の月に行っているごく小規模かつその日のみ滞在するというもので、終戦の地であり、あの人リシュカ・フィブラ最期の地でもあるホルソフだ。
帝国はあれから少しずつ変わっている。皇帝だったレオニードは当然ながら戦後に開かれた軍事裁判で数々の罪に問われた。ただ、人類諸国と帝国の取引と途中からリシュカ・フィブラがいくつかの計画を主導していた――これは本当の事らしい。レオニードは一部計画の提案を止めていたくらいという公文書も発見されている――こともあって死刑にまではならなかった。
とはいえ、人類諸国は納得出来ない部分も多くあったから極刑に近いものになった。具体的には皇帝位の剥奪。あらゆる財産の没収。帝都からの永久追放。行動の自由の剥奪。人類諸国による永久監視。そして、終の住処は帝国辺境の地である帝国極東地方の田舎も田舎への監禁。極東地方が選ばれたのは人類諸国が皇国と安全保障条約を結んでいて、皇国から極東地方が近いからだね。彼が変な気を起こせばいつでもひねり潰せるからだ。
唯一許されているのは、四半期に一度だけルシュカ・ヨマニエフが彼と会えることだろうか。
とまあこのように皇帝レオニードには戦争犯罪が決められた。
だけど。
今でも僕は、あの終わり方だけは全てを受け入れられていなかった。リシュカ・フィブラは確かに大罪人だ。未だに連合王国では帝国の悪といえば下手すればレオニードより先に出されるくらいで、きっと五〇年経っても中々認識が変わらない位の戦争犯罪者でもある。
けれど、僕はそれでも引き金を引いた責任があるし、自分勝手甚だしいけれど叶うならば死刑でもいいから裁判で結末を迎えるべきだったと心の隅では思っている。しかしそれが叶わないのが国と国の戦争で、国と国の裏取引だ。沢山言いたいことはある。でもそれは僕の立場では口が裂けても言えない。だから僕が選んだ手段は兵士達の慰霊を理由にしつつもあの人を忘れないことだった。
あまりにも身勝手な贖罪だとは思う。だけど、それでも僕は毎年行うと決めたんだ。許されない罪は、背負わないといけないから。
「ルシュカ・ヨマニエフ陛下からはなんと?」
「必ず公務を終わらせて予定をねじ込んでも来るって。後々知ったけど、ルシュカ陛下が戦争を終える決心が着いたのは、ある意味ではリシュカ・フィブラが授けてくれた知恵だから。と。昨年初めて知ったことだよ」
「皮肉な話よね。総力戦の狂気に塗れた人物が教えた知識が終戦に役に立つなんてね」
「なるほど……」
「ささ、しんみりとした話はやめよう。皇国の話だ。今年も六の月末から二週間かけて行う演習だけど、準備は順調?」
「はっ。既に派遣予定の第一能力者化師団第一旅団は海軍との打ち合わせも終えて来月上旬には出発。南方大陸東部とパキスタニアを経由してから十日程度で皇国西方諸島へ到着。そこから本島に行きますのでスケジュールにゆとりはあるかと」
「了解。僕は慰霊を終えてからだから、パキスタニアで合流するからよろしく」
「去年と同じですね。承知致しました」
「龍皇陛下は随分と楽しみにされているからねえ。お土産とか決めなきゃ」
「ココノエ陛下はお立場もありますからね。あちらが来られるのとこちらが行くので年二回しかありませんから」
「はは、そうだね」
僕は微笑んで言う。
変わったのは人類諸国や、ルシュカの国内改革によって一〇年後には立憲君主制になってルシュカは象徴的存在――理由を聞いたら、早くレオニードと二人になれる時間を増やしたいからなんだとか。裏のある理由じゃなくて、単純に愛してるのは彼だけだからなんだって――になる帝国だけじゃない。
皇国もまた変わりつつあった。
帝国によって搾取されていた皇国は戦争が終わってから再び独立を果たした。光龍族はほぼ居なくなってしまったものの、龍皇たるココノエ陛下が戦場で活躍していた事は抵抗組織にどこからともなく伝わっていたらしく、終戦後にココノエ陛下が凱旋してからは大歓迎を持って受け入れられた。皇国再興が始まったわけだ。
ココノエ陛下はそれからずっと大忙しだった。連合王国を中心とした人類諸国駐屯軍と外務省皇国大使館など、僕達人類諸国の力を借りつつもココノエ陛下がご自身で考えられた復興を進めていった。
帰国から二年間は帝国にボロボロにされていた皇国だったけれど、元々『流れ人』たる転生者がいた国だ。伝えられた技術だとか考え方だとかでポテンシャルはあったようで、今では復興は七割方まで進んだみたい。完全復興にはあと三、四年はかかるみたいだけど、陛下からは多忙だけど充実した日を送れていると感謝の言葉と共に定期的に手紙が届けられている。
大戦をきっかけに皇国と人類諸国は海路を中心に交易も開けたし、言語の差も少しずつ互いの言語を学ぶことで解消が少しずつ進んでいる。円滑な交流にはあと一〇年はいるだろうけど、これからが楽しみだ。
楽しみなのは、前世の異世界モノの小説ではありがちな日本にそっくりの食材を楽しめることもあるけどね! 今年も山の幸や海の幸を味わえるのが楽しみだ。早く人類諸国でも広まって欲しいとも思う。こっちも浸透に一〇年どころか二〇年はかかりそうだけど。
帝国の慰霊と皇国への訪問の話で雑談もそこそこに終えると、僕は仕事を再開させる。アレン准将も皇国での演習準備の件もあるから休憩を終えると駐屯地に戻っていった。
時刻は五時半。軍務もそろそろ終わりの時間だ。
「よし、終わり! 帰ろうか」
「ええ、帰りましょ。今日も愛しの我が子が待っているわ」
「そうだね」
「マスター、リイナ様。車の準備は出来ているそうです」
「了解。片付けたらすぐ帰ろう」
軍務を終えればここからはプライベートだ。
僕とリイナにエイジスは総司令官用の蒸気自動車に乗ると、住居にしているノースロード東方別邸に向かう。ここから車で一〇分程度だからそんなにかからない場所だ。
ノースロード別邸に到着すると、メイドや執事達の出迎えを受けた。
『おかえりなさいませ、ご主人様。奥方様』
「おかえりなさいませ、ご主人様。奥方様」
「今日もリオ様はお元気でしたぞ」
「ただいまレーナ、クラウド」
『煉獄の太陽』起爆の時、爆心地からやや離れていたノースロード別邸にいたレーナやクラウドは軽傷を負ったものの助かっていた。この報告を聞いた時は心底安心したものだ。
そのレーナも今やこの別邸のメイド達を率いる美人メイド長に。クラウドは老齢になっているもののまだまだ現役で執事長を果たしてくれている。
「リオ様がお待ちです。鞄をお預かり致しますね」
「うん、ありがとう」
メイド達に荷物を預けると、僕とリイナは自動車の運転手である兵士にいつもの礼を伝えて別邸玄関に。
屋敷の中に入ると、そこにいたのは愛しい愛しい息子、リオだった。
「おかえりなさい、父上! 母上!」
「ただいまリオ」
「今日もお勉強はしたかしら?」
「もちろん! 来年から幼年士官学校に行きますから! 父上や母上のような軍人になる為です!」
「いつも言ってくれているけれど、やっぱり嬉しいねえ」
「あらあら、旦那様の顔は緩みきってるわよ?」
「リイナこそ」
ニコニコ顔のリオに、僕とリイナはついつい顔が緩んでしまう。
終戦後、やっとリオと過ごせるようにやった僕とリイナは寂しがっていた我が息子との時間を取り戻すかのごとくリオに愛情を注いでいった。
そのリオも今年で一〇歳。母親のリイナの遺伝が少し強いのかな、可愛らしさは残しながらも既に整った顔立ちが覗かせている。これは将来イケメン決定だよ。
え? 親バカ?
当たり前だろ。息子だぞ。
さて、そのリオだけど来年からはこの子の希望で幼年士官学校へ進む予定だ。僕の次にノースロードを次ぐとはいえ、軍人を目指す必要は無いんだけど、息子が目指したいと言っているんだ。止められるわけがなかった。
「父上、母上。今日はポトゥフが出るそうです! レーナが言っていました!」
「お、いいねえ。着替え終わったら夕食にしようか」
「旦那様と同じように、リオもポトゥフが大好きだものね」
「はい! 大好きです!」
「ははは、息子は親に似るってね」
「ふふふ。リオ、今日も沢山話を聞かせてちょうだい」
「はーい!!」
幸福に満ちた家族の一幕。
僕はこの光景を見ていつも思う。
この幸せを続ける為に。
この平和を続ける為に。
そして、大切な人を守る為ならば。
僕は軍人として、親として、この世界を守ろうと。
前世からの転生という物語みたいな出来事が始まりだったけれど、僕は今この世界を生きている。大切な人達と生きている。
世界はずっと平和ではいてくれないだろう。また戦争は起きるかもしれない。
だとしても。
僕は今日も、大切な人とこの世界を生きていく。
異世界妖魔大戦 金華高乃 @takano11021
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