ここは本当に一部はなかった話です
「やばっ!」
煙草を咥えたまま喫煙室に入った。
俺の声にビクッと佐藤が顔を上げる。
「いやー、やべえな。やべえじゃん久しぶりに見たぜガチじゃん」
「……やばいっすよね」
「やばいな。うん。まあADの子は平気だろうけど」
「え?」
ポケットからSDカードを取り出す。
煙草に火をつけて、そのライターの火をそのままにSDカードにためらわずに火を点けた。
「ちょっと、田中さん!」
「いや、待て待て今から昔話してやる」
慌ててこちらに寄ってきた佐藤を手で制する。
「俺も昔、こういうロケ行ってさ。俺の時は自殺の名所の崖だったかな」
半分以上火に包まれたSDカードを煙缶に落とした。メラメラと小さな火を見つめる。
「やっぱカメラ幾つか回してな。こういうの写ったんだよな。俺の時は斜めからのカメラだったからかな、崖の下から腕が何本も伸びてきてた」
自分の記憶の中から嫌な思い出を引っ張り出す、そのためにタバコを吸う。
少しは気分を支えてくれるかもしれないと期待して。
「まあ、そん時はな。俺の先輩もいてスッゲーはしゃいでたぜ。『何年も回してるけどこんなんマジで映るんだ』ってな」
「その、映ってた人はどうなったんですか」
「あ?今お前と話してんじゃん」
駆け出しのころの俺だよ、CA時代の俺だと答えを結んだ。
虚を突かれた顔をする佐藤を一瞬見やってからSDカードに目を落とした。でろでろと溶けたプラスチックと黒く焦げた端子を見て、ようやく一息をつく気持ちになった。
「俺の先輩でさ。まあ、ソレを撮った人、何年も回して初めて撮ったって言っただろ?実際ほぼすべてのカメラマンがそんなん撮らずにこの仕事辞めるわけだよ。何十年撮ったって写らない人の方が圧倒的に多い」
煙草を捨てる。新しい煙草を取り出し、ライターを出したついで、煙缶のなかの燃え尽きたSDカードをジッポのケツで叩いた。溶けて焦げて脆くなったSDカードの残骸はボロッと崩れ落ちた。
「で、先輩はそれ撮ってはしゃいだ。ネタみたいに俺達に見せたり、怖いの好きっていう子に合コンで見せたりしてたんだけどよ。三か月くらい経ってからかなまた見せられたんだよ、俺も映って怖いしもう見たかあないんだけど見てくれ見てくれって何度も言われてな」
「……見たんですか?」
「見たよ。まあ先輩が絶対なんてお前は思わなくて良い。でもまあ昔は先輩は絶対だったから。三か月前の俺が映っててまた腕が何本も伸びてきてた。何度見ても怖いって伝えたら先輩がこう言ったんだよ。『腕の数が減ってるんだ』って」
腹の底にある嫌な気持ちを消すのにタバコを吸った。
「減ってるかなんて分からないくらいの無数の腕が俺には見えたよ。でも先輩は『腕が減ってる、もう半分くらいしかないんだ』って。そんな訳ないじゃん?ビッシリ映ってますとしか言えないじゃん」
「……」
「それから半年くらいだったかな。屋上での撮影中に先輩は飛び降りた。っていうか急に何かに突き飛ばされたみたいに屋上から吹っ飛んだらしい」
「……え」
「事故って事になったよ。他にスタッフもいたし、別に何の変哲もなく何の前触れもなく突然他の奴らの見てる前で屋上から吹っ飛ばされるみたいに落ちた」
らしい、と言葉を結ぶ。
青褪めた佐藤をじっと見つめる。
「いいか。忘れろ。今日の今日じゃなくて明日、来週、来月、来年。いつか思い出さなきゃ思い出せなくなるから。だからお前にもう一度見せなかったんだ」
――何度も再生したことが問題なら俺にも何か起こっているはずで、俺には何も起こってなかった。
「撮影したから。撮られた事でソレは気付いたんだと思う。撮った奴に。映った奴じゃなくて」
――撮影されていた俺は何も気づいていなかった。
――気付いてなかった、知らなかったことが原因。
「だから忘れろ。忘れようとして忘れられないかも知れないけど。生きている間には仕事の間には忘れちまうよ。俺も今日久々に思い出し位だ」
そう言って肩をすくめた。
フッテージ 味付きゾンビ @aki777343
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